午後の陽射しが体育館の窓から差し込み、床に細長い影を落としていた。
楽器の金属が光を反射し、木管の柔らかい音色が混ざる。
その音の間を縫うように、僕は呼吸を整える。
「息を揃えて!列の幅も意識して!」
体育館にまた、顧問の声が響く。全国大会で金賞を取るために、まずは県大会に向けて厳しく練習していく。
そんな緊張感の中、僕はサックスを肩にかけて指先を確かめながら列の後ろに立った。
数メートル先に彼女がいるーークラリネットを抱えて前を見据える姿は、いつも通りほとんど表情を変えない。
……前にも言ったが、別に気になっているわけじゃない。
そして列の隅では仲のいい男子が、ふざけながらも楽しそうにトロンボーンの友達と話している。
その姿を見ながら僕は、視線を列の全体に戻す。
僕の所属するクラブは今年、最上級生である3年生が一人しかいない。だから、必然的に僕ら2年生が3年生の代わりとなって、部活を引っ張っていく必要がある。
…ほんとにどうしたら、去年卒業した3年生のように、的確な指示を出してみんなから信頼され、頼られるような存在になれるのだろうか。
そんなことを考えていると、いつの間にか昼の休憩時間。になっていた。
僕は、ら体育館の隅で昼食を取る部員たちの間を抜けて歩いていた。
そして彼女の僅かな笑顔を見た瞬間、思わず目を奪われる。
今は彼女の周りには誰もいない。
でも、近くに寄れたら話せるのに、先に声をかける勇気が出ない。
そして午後の合奏は、午前中と比べるとさらに細かい音や動きの調整に入る。
音程、チューニングの微妙なズレを感じ取りながら息を揃え、指先の動きを意識する。
そして音が完全に重なった瞬間、列全体が小さく息を吐くように揃い、空気が震える。
その感覚が、僕にとっては何よりも気持ちを落ち着かせた。
そして練習が終わると、部員たちは楽器を片付け始める。
木管のケースを閉める音、金属の軽くぶつかりあう音、鍵のかかる音が体育館に響く。
ふと横を見ると、彼女がこちらをちらりと見た。
……話したい。
でも、今は周りに人がいる。
僕はそのまま何も言えず、ケースを抱えて下を向いた。
そして帰りの自転車の上で、今日の練習を反芻する。
少しだけ、ほんの少しだけ、去年とは違う感覚が心の中に芽生えていることに気づく。
でも、まだ形にはなっていない、小さな予感だけを胸にしまったままだ。
――翌日
僕はいつも通りの時間に音楽室へ向かう。
そして扉を開けると、昨日とは違う空気が漂っていた。
……なんだ、この空気感。
「サックス、息!」
顧問の声が聞こえ、息を深く吸い込む。
音が列全体に重なり、少しずつ合っていく瞬間、心が少し軽くなる。
そして合奏が進む中。僕は、ふと彼女の方を見てしまった。
すると、他の男子と楽しそうに笑っている姿が目に入った。
心臓がぎゅっとなる。…嫉妬、なのだろうか。
でも、それを自分は認めたくない。嫉妬なんて、してない…。
そして休憩時間、体育館の隅で水を飲む僕の耳に、その男子の笑い声が響く。
彼女も一緒に笑っている。
僕はその場で視線を逸らし、深呼吸をした。
「……なんで、気になるんだろう」
僕の心の中で小さく呟く声は、誰にも届かない。
――合奏後の小さな事件
午後の合奏が終わると、部員たちは片付けに入る。
木管のケースを閉める音が響き、椅子が整理されていく。
そんな中、ふと駐輪場の方を見ると、彼女がその男子と話している。
その距離が、とても近い――。
心の奥がざわつく。
話しかけたい。…でも、話しかけられない。
そして帰り道、自転車をこぎながら思い返す。
今日は少しだけ、去年とも昨日とも違う感覚を胸にしまった。
――合宿・県大会前の練習
夏休み後半、県大会直前の集中練習が始まる。
体育館は朝から夕方まで音が響き渡る。
息を揃え、列のバランスを意識し、音程を微調整する。
練習の中で、彼女と目が合う瞬間が増えた気がした。
でも、いつもすぐに逸らされる。
その度に胸がぎゅっとなる。
でも、顧問は厳しい指導を続ける。
「音は気持ちで変わる。ただ楽器を吹くだけじゃだめ!」
その言葉に、僕たちは身を引き締める。
……気持ち、か。
合奏の合間、僕は仲のいい男子が彼女と話す様子に嫉妬する。
でも、その感情を認めることもできず、ただ心の中で苦しむだけ。
――県大会直前、期待と不安
県大会前日、体育館で最後の通し練習。
全員の息が揃い、音が一つになる瞬間、胸が熱くなる。
彼女の視線がふと僕に向く。
その瞬間、心が跳ねるーー。
でも、やっぱりすぐに逸らされる。
…明日は本番なのに、僕は夏休みの最初から何も変わってない。変われていなかった。
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