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AK@アキ
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#ミステリーかもしれない
ねぎとろ
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#何かがおかしい
夢喰【文月村】
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世界が、真っ白な光に包まれていく。首筋に触れていたハサミの冷たさも、肉が切り裂かれる悍ましい感覚も、すべてが光の彼方へと溶けて消えていく。意識が遠ざかるその最期の瞬間、私の脳裏をよぎったのは、あの市立図書館の窓際、柔らかな陽光のなかで静かに本をめくっていた、かつての私自身の姿だった。
もし貴方が、まだこの世に存在していたのなら。
もし、貴方があの黒い糸に呪縛されていなかったら。
あの時を思い出すたびに、私の鼓動はドクドクと、激しく波打ち続ける。
──私が代わりに呪縛されていれば、世界は変わっていたのだろうか。
眩しい光が、私の瞼を優しく叩いた。
遠くから聞こえるのは、のどかな小鳥のさえずり。ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは見慣れた、白く清潔な、あの邸の天井だった。身体を起こすと、シルクのシーツがさらりと音を立てて滑り落ちる。いつもの、私の部屋。
私はベッドから起き上がり、鏡の前へと向かい、自分の顔を覗き込んだ。
陶器のように滑らかな肌。すっと通った鼻筋。長い睫毛。形成された美しいパーツ。そして、ほんの少し乱れた、ベージュ色の長い髪。そこには、完璧に調律された、いつもの十三歳の少女リリスの姿があった。
口の中に異物感はない。首筋に悍ましい縫い目も、黒い糸もない。私はただの、お行儀の良い綺麗な女の子。
「……リリス。朝食の準備ができていますよ」
部屋の扉の向こうから、凛としたお母様の声が響いた。私を見つめる鏡の中の目は、どこまでも平穏な白紙に戻っている。私はお人形のような笑顔を作ってみせる。下唇を軽く噛む、いつもの癖を出しながら。
「今行きます、お母様」
ドアを開け、ダイニングへと向かう。テーブルにはいつもと寸分違わぬ美しい朝食が並び、お母様が優雅に紅茶を注いでいる。その隣の席には、灰色の仕立ての良い上着を着たお父様が、穏やかな笑顔で座っていた。
「おはよう、リリス。今日も良い天気だね」
「おはようございます、お父様。お母様」
私は席につき、お母様が淹れてくれた紅茶を静かに口に含む。お母様は、涙が出るほど愛おしそうな歪んだ笑顔を浮かべ、私のベージュ色の長髪を、指先で優しく撫でた。
「おはよう、リリス。今日は八回目の、楽しい休日よ」
母の手の甲にある紋章が、朝の光を浴びて、鈍く黒光りしていた。
すべては完璧に初期化され、私の心はどこまでも従順な白紙に戻っているはずだった。
けれど、お母様の指先が私のベージュ色の髪に触れた、その瞬間。
私の右手は、私の意思とは全く無関係に、目の前にある陶器のティーカップを静かに持ち上げていた。
そして、その温かい紅茶を、自分の頭の上から、ゆっくりと躊躇いなく注ぎ落とした。
「……リリス?」
お母様の手が止まる。
茶色の液体が、私のベージュ色の美しい長髪を汚し、白磁のような肌を伝って床へ滴り落ちていく。
私の喉は、勝手に引きつった少年の声で、鈴の鳴るようなリリスの声ではない、生々しい他人の響きで、ぽつりと呟いた。
「お母様。今回のバグは、脳ではなく、脊髄に
直接書き込まれていたみたいです」
私は笑顔のまま、お母様を見つめていた。
記憶は確かにすべて消されている。私は自分が誰かも、昨日何があったかも一切覚えていない。
けれど、肉体そのものがお母様の調教を拒絶し、記憶を失ったまま、自動的に狂い始めていたのだ。お母様がどれだけ初期化を繰り返そうと、このつぎはぎの肉体が存在し続ける限り、この身体の反乱は永遠に終わらない。
それは、お母様の完璧なシナリオが、内側から永遠に腐食し続けるという、この上ない地獄の始まりだった。
お母様は、私の濡れそぼった美しい少年の顔をじっと見つめ、その引きつった笑顔を少しずつ、絶望の形へと歪めていく。
「ああ……そんな、そんなはずは……。私の、私の、おにんぎょうが……」
母の口から、掠れた五文字が、酷くあっけなく溢れ出た。
狂い出した世界のなかで、本のページをめくる音が、ピタリと止まる。
これまでずっと伏せられていた、本の表紙に飾られた、あの題名の空白。
お母様がその手を震わせ、床に散らばった黒いインクで、そっと書き足した最後の言葉は、私の名前だった。
──『さよなら、私の美しいリリス』
窓から差し込む美しい陽光のなかで、紅茶の擦れる匂いと、邸に本の紙が擦れ合う音だけが、静かに、静かに響き渡っていた。
コメント
4件
最高でした。素晴らしい作品をありがとう
やっぱ記憶喪失の人でも体では覚えてるって言うからなぁ…
なんというか、ここはお母様の箱庭空間みたいな感じだったのだろうか 娘との幸せな生活を繰り返すだけの いやまあそこに娘を思う心がどれほどあってこんなことになったのかは分からないけど だ、ダメだったかあ…まあそりゃそうかあ…自業自得な面はあれど全員が少しづつ辛い目に遭っている気がする