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[ 2085年12月24日 現地時刻20時59分 ]
[ 旧ジャパン-ニイガタ 西部海域 ]
[ 記録視点: DICE 2-1 ないこ ]
『東昇ブロードキャスト カナザワ支局が、21時をお知らせします__』
ぴっ…ぴっ…ぴっ…ポーン…!
『UTC+9、午後 21 時を、お知らせしました__。』
腕に巻いた携帯端末で付けっぱなしにしていた広域放送が、ただ波音だけが響く広大な空間に無機質な時報カウントを告げる。
極寒の潮風に吹かれながら、僕はホットコーヒーを片手に夜を眺めていた。
『続いては、クリスマス・イヴの天気予報です!旧ジャパン諸島、カナザワからアオモリにかけては、今夜から明日未明にかけて偏西風による放射性降灰が見られるでしょう。外出の際はレベル3以上の防護服を着用し__』
僕が今立っているのは、僕たち6人の拠点となる輸送母艦…今は亡きアメリカ海軍からたったの数百万円で払い下げた旧式の原子力空母「エンタープライズ」を、その何十倍もの金をかけて改装したデカブツの最上甲板。
落下防止柵もなく、あと数歩前に歩けば僕はそのまま日本海の底に食われるだろう。
かつて数千人の海軍軍人が行っていた各種業務はほとんどAI任せ、今やこの全長300mの船に乗っているのは本当に6人だけである。数百機の戦闘機を搭載した母艦は、6人の人間で独り占めすぎるにはいささか巨大すぎる。
不気味なほどに穏やかな波音に心を乗せ、暗い夜空を見上げる。ドス黒い雲の隙間から、紅い三日月がわずかに甲板を照らしていた。
風情も何も、あったものじゃない。
「花鳥風月」__。
花は枯れ、鳥は死に絶え、風は死の灰を巻いて人々に牙を剥いた。人類を唯一の希望として照らす月も、放射能を含んだ真っ黒で分厚い雲に覆われ、顔を見せることも少ない。
「月白風清」。「清風明月」__。
海の向こう、ニイガタの街を眺める。かつてあの対岸にあった国に暮らしていた人々は、そんな言葉で風流を感じたと記録にあった。「賽投げ」以来大気圏を埋め尽くした灰は大気の屈折を変え、月は純潔の白さを失い真紅に光る。
そのあたりなら、初兎が詳しいか__など考えつつ。
突然、雲の上から閃光が僕を照らす。__無人輸送ヘリの着陸灯だ。昨今の輸送網はありがたいもので、何かを頼めばこうして一日 数回、輸送ヘリが勝手に荷物を届けてくれる。
『1不明機体の接近を確認__』
『IFF照合確認:中立。Mi-67型輸送ヘリ』
『進路コース:着艦進路』
『着艦を許可します』
艦内放送に、艦橋AIの照合結果が流れる。暗い海と甲板の上に、音声が不気味に響いた。
輸送ヘリ、味方ヴァリアント、敵の襲撃機__この船にナニカが近づくたびにレーダーで識別が行われ、結果は全て艦内放送で共有される。その全てを、オリジナルにプログラムされたAIが担っている。
ババババババ…と輸送ヘリの着艦する音が響いた。無人の機体が貨物を大事そうに抱えて甲板にゆっくりと着陸し、そのまま巨大エレベータで艦内に吸い込まれていく。搬入作業には悠佑が向かっている、らしい。
6:『ないこー!!届いたでー!!』
スピーカー越しに、悠佑の声が大声で呼ぶ声が聞こえる。艦内放送の権限は全員に与えているが__と言うかそうでもしないと艦内で散り散りに迷った時など地獄を見るのだが__いささか威勢が良すぎる。「届いた」__今夜のサプライズメニューだ。
6:『うえぇ天然チキンなんて高級品買ったのかァ!?』
バレたか。今日は奮発して、いつもの合成食品ではなく本物のチキン。本物の野菜、本物の肉、本物の卵。今や全て超高級品、100gあたり数十万円と根が張る。1ミッションの成功報酬は丸ごと使い切る勢いだが、まぁそんな日があってもいいだろう。
傭兵稼業でそれなりに稼いでいる俺たちでも、普段の食事はパッサパサのレーションに合成栄養ドリンク、そんな感じだ。
天然チキンに関してはこっそりサプラ〜イズ!の予定だったのだが。コンテナに宛名とともに内容物が何から何まで全部書かれているのを忘れていた。
俺は海の向こうで水面に反射する街の明かりから視線を変えず、艦内放送に空返事を返す。
『3不明機体の接近を確認__』
『IFF照合確認:DICE 1小隊。ヴァリアント型』
『進路コース:着艦進路』
『着艦を許可します』
遠くに、光の筋が見える。「彼ら」も、ちょうど帰ってきた。
甲板横の階段から、キャットウォークへ下る。
『企業連合機構からのお知らせです』
『封鎖区域への侵入は、厳重に禁止されています』
未だ付けっぱなしにしていた端末が、文面に似つかわしくない明るい声で告げた。
『以下の周辺封鎖区域では、今も非常に強力な放射線が確認されています。東京 / 大阪 / ソウル / 北京 / 香港 / 上海__』
メリークリスマス!と6人で歓声をあげてから、もう2時間。仲間との晩餐__現実を忘れられる一瞬である。
そう、今回はただのクリスマスではない。この独立傭兵集団”DICE”中隊、1番小隊の小隊長であり全体の中隊長であった僕は、一昨日付でその座を2番小隊の小隊長りうらに譲った。
つまり、りうらの昇進パーティーというわけだ。
まぁ私はひっそりと降格したわけだが__戦いを止めるわけではない。僕はこれからは、彼と入れ替わり2番小隊の小隊長として生きていく。
いくつかの部屋の壁をぶち抜いて改装した広大な生活スペースに、皆の歓声が響いていた。
5:「どーや?席譲った気分は」
パーティーも佳境。部屋の端で壁にもたれかかりはしゃぎ回っている3人を横目に、物思いに耽っていたところに声をかけてきたのはまろだった。
4:「気楽なもんだよ。一気に肩の荷が降りた感じ。」
4:「まぁやることは何も変わらないけどね__りうちゃんだってきっとそうよ」
5:「お前は生真面目すぎるんや、ないこ」
合成即席コーヒーの湯気が、僕とまろの間を立ち上る。
ズズズっ…とそれを啜りながら、青髪の彼は続けた。
5:「ま、今日からはもうちょい力抜いて生きてきや?」
5:「俺みたいにな」
4:「あぁ…これからは」
4:「__彼らの時代さ」
3人が例の天然チキンを頬張りキャッキャとはしゃいでいる悠祐、初兎、いむくん…悠佑はともかく、あと2人はたった数時間前までヴァリアントに乗ってミッションをやっていたとは思えないほどの元気さだ。小規模なミッションとはいえ、ヴァリアントの搭乗はそれだけで心身に莫大なストレスをかける。
りうらは……格納庫か。
僕はそっと部屋を出、ヴァリアントの格納庫へ向かう。こうやって艦内を巡回し様子を見るのも中隊長の務め__いや、あぁ……僕はもうそうではないのか。
歪んだ先輩ヅラになる前に辞めるべきか、と思いつつ、シューっと自動ドアが開いた。
4:「っ、ぅ…」
開いたドアの向こうからは一気に冷えた空気が流れ込んで来る。暖房の効いた室内と比べれば、格納庫は構造上ほとんど外と言ってもいい。もちろん、一応冷暖房は完備されているのだが。
6つ整然として並んだヴァリアント機体を見下ろす形で、僕は巨大な格納庫のキャットウォークに入り込んだ。
鉄板剥き出しの壁に乱反射して響く、ガチャガチャという雑然とした音。
やはりりうらだ。
4:「もう食べなくていいのか?」
1:「まぁ中隊長にもなったことだし、これくらいのことはね……やっとかないと」
そういうと彼は、“DANGER: Activated Prism”と刻まれた燃料密閉カートリッジを仕分けていた。お前は生真面目すぎる__というまろの言葉を、そのまま送ってやりたいところだ。
4:「気合い入ってるのはいいけど、たまには休むんだぞ…」
僕はそのままキャットウォークから階段を下る。かん、かんという金属音が、一歩進むたびに格納庫に響いた。
4:「どうだった?初戦は」
1:「いつも通りだったさ、あんまり変わったこともなく」
りうらは顔を上げることなく答える。そういえば__この傭兵団を結成した初戦のあの日、自分も似たようなことをぼそっと口走った覚えがないでもない。
そう__ただ足元の古びたレストア品の原子力エンジンの低く唸る音だけが響く空間に、突然ドン、ドンという爆発音が鳴り始める。敵襲か、と身構えるが……にしては音が遠すぎる。
1:「まーたトウキョウかオオサカの封鎖区域だろ、頭の悪い傭兵かなんかがプリズム求めて突っ込むのも日常になっちまった」
『2不明機体の接近を確認__』
『IFF照合確認:東昇正規軍部隊。ヴァリアント型』
『進路コース:方位2-9-0、通過進路』
直後、ヒュぅぅぅん…という不気味なプリズムエンジンの音が夜空を横切るのが聞こえる。りうらは風除けの布をすっ、とずらしながら、極寒の夜を眺めた。
ヴァリアントはクリスマスの寒空を切り裂くように、白い閃光とそれに照らされた光跡をそこに残しながら飛び去っていく。
4:「物騒なサンタクロースだな」
1:「東昇の軍警機動部隊かね」
4:「ご苦労様だねぇ…」
僕は特にこれといった理由もなく、階段とも梯子とも取れない垂直に近いステップに手をかける。昇ろうかとも一瞬よぎるが、円形のベアリングジョイントに接続された油圧ダンパー__脚部関節についた機械油汚れを一瞥し、隅の水道管まで向かう。
空のバケツの取手を掴み、蛇口を捻って冷たい真水をその中に半分程貯める。乾いた雑巾をその縁に乗せ、空いた手で洗剤を手に取った。
濡れ雑巾に洗剤__実際ヴァリアント用の巨大洗浄装置はあるのだが、あれはあくまで汚染物質を洗い流すためにある。高圧洗浄機だって持っているが、高圧の水流はやはり機体を傷めやすい。結局人の目が一番なのだと、半ば凍りつきそうな低温の水に手を浸しながら毎度のように思い至るのである。
彼は引き続き、ガラガラガラ…とプレゼント箱ほどの燃料カートリッジを引きずり、よっ、と持ち上げては彼の機体「イグニッション」のメインジェネレータに差し込んでいた。
1:「これ一個で旅客機が地球半周できる、って話、本当なのか?」
4:「さぁ、企業曰くはそーいうお触れ書きだが」
1:「__どーだかな、企業のハナシをどこまで信じるか」
1:「その点まだ国家秩序の時代はマシだったのかもな、昔はまだ『倫理観』って概念が生きてたらしい」
1:「__企業なんてのは『パックス・コープ』なんてでかい口叩いちゃいるが、所詮ただの営利団体だよ。金のためならなんでもしやがる」
パックス・コープ…「企業支配による平和」。数十年前、勢力圏経済圏の拡大を目論んだ多くの企業が、同時発生的に使い始めた綺麗事。「企業が世界を支配すれば、国家支配の頃のような紛争もなく、賽投げのような悲劇が再び起こることもない」__絶望的なセンスだ。
4:「パックス・コープ、ねぇ。僕も昔はそのワードを標榜してはアパラチアの不法採掘グループをその警棒でぶん殴っちゃいたけど」
僕は視界の隅に映るヴァリアント用装備__「スタン・バトン」を指差す。
りうらは、武装ハンガーの中で灰白色の刺突スタンニードルが取り外され整備に回されているそれを一瞥しながら、再び口を開いた。
1:「そんなものが実現してりゃぁ、今ごろ僕たちみたいな傭兵のヴァリアント稼業なんてとっくに時代遅れになってる」
1:「ところがどうだ?」
僕は「さぁ」と言わんばかりに大袈裟に両手を広げた。
ふと腕時計を見やる。__もう23時か。
最近では手術で目の中に埋め込んだり、はたまたコンタクトレンズのように装着可能だったり、様々なデバイスが普及しつつある。
小さなタッチ画面にベルトをつけて腕に巻く__なんていう50年前から続く古臭いやり方は、徐々に消えつつある。
針がカチカチと一分一秒を刻む「時計」なんて古臭い品物がもっぱらアンティークファンのコレクションアイテムと化したように、コレもいずれは物好きの嗜好品になるのだろう。
僕だってそんな老人ではない。自分で言うのもなんだが、まだまだ前途ある若者である。ただ__出来立てほやほやの新技術を体内に、それも携帯端末やホログラムディスプレイで十分代用できるものを埋め込むのは、やや抵抗感がある。
……まぁ、ヴァリアントに搭乗するために、プリズムの何とかだの神経のウンタラだのニューロンの何某だのが今日も脳内で蠢いているこの僕が言えたことではないか。世はまさにサイバーパンク時代である。
徐々に月明かりを失っていたクリスマスの空は、予報通り雪を降らし始めていた。
世界中のサンタクロースは、今年も大忙しだろう。