ないちゃんと出会ったのは十数年前。
お祭りのときじゃなくて、僕が山で怪我をしてたとき。
その時は、完全に狐の姿だったからないちゃんはたぶん覚えていない。
怪我で動けなくなった僕を手当してくれて、森へお帰り〜、と見送ってくれた。
それから、数ヶ月。いつもみたいにお祭りに行くと、瞳に涙を浮かべ、困っている様子のないちゃんが居たのだ。
すぐに駆け寄って声をかけた。
「どうしたの?大丈夫……?」
「うぇぇ……ッ、おかーさん……っ……どこ……ぐすっ」
どうやら、迷子みたいだった。
「じゃあ……っ!僕が案内してあげる!えっと、……名前は?」
「……っ、ない、こ……っ、」
その時初めてないちゃんの名前を聞いた。
ないこ、ないこ。何度も頭の中で唱えた。
忘れないようにって。
「じゃあ、ないちゃんっ!どこ行きたい?」
「花火の、……とこ…。ねぇ……っ、きみの名前は……?」
「え、えーっとね……、ほとけ!いむくんって呼んでほしいな!」
そう元気に言えば、いつの間にかないちゃんの涙は引っ込んでいて。
「いむ、くん……」
じゃあ行こっか、なんて言って手を繋いだ。
それから、ないちゃんは毎年お祭りに来ていて。
毎年、一緒に屋台なんかを回った。
いつの間にか、いむくん呼びからいむに変わっていたし。
毎年じゃなくて毎日会いたい、ずっと一緒にいたい、そう思い始めた頃にはこの感情が、恋情だと気付いていた。
そして今年の夏祭り。ないちゃんの姿はなくて、どれだけ探しても居なくって、つまんないな〜、と思っていたとき、十数年前と同じように、一人で立ち竦むないちゃんを見つけた。
どうしたの?と、聞くとまた迷っちゃった、なんて返事が返ってきた。
前みたいに、案内してあげる。なんて言って手を握った。
ないちゃんの暖かくて大きな手を離すまいと握り、幸せを噛みしめる。
このまま、ずっと一緒にいれたらな、って。
でも、その幸せは一瞬で壊れた。ないちゃんの発言で。
「実は彼氏とはぐれちゃって……」
は?
一瞬で思考が真っ黒になる。
彼氏?嘘でしょ。
ありえない。ないちゃんは僕のものなのに。
信じたくない。
ないちゃんの心配そうな声ではっと我に返る。
が、黒い感情は無くなってくれなかった。
それから、他愛もない会話を続けたが、耐えられなかった。
ないちゃんが僕のこと以外をあんな楽しそうに話すなんて。
その笑顔を他の人に向けているなんて。
無理だった。
「ど、どういうこと……?いむ?なに、それ……?」
神社の本殿に連れてきたら、すっかり怯えている様子のないちゃん。
今にも泣いてしまいそうな声と顔。それが堪らなくかわいかった。
ないちゃんの腰と肩を抱き、崖のギリギリまで行く。
「ねぇっ、いむ!」
生に必死に縋りついているないちゃんがかわいい。
そんなないちゃんが今から永遠に僕のものになるのだ。
楽しみ以外のなにものでもない。
ドンッと、ないちゃんの胸元を押すとないちゃんの身体が宙に浮く。
「……え」
絶望したその瞳。……ほんと、かーわい……っ♡
「ないちゃん、僕のもとに嫁いできてよ♡」
早く、僕のものにならないかなぁ。
ドンッという音が花火の音と重なって響いた。
赤に濡れた頬を撫で、呟く。
「これで、いつでも一緒だね……♡」
「ふふ、やっと僕のものになった……♡ないちゃん、だいすきだよ♡」
冷たくなった身体を抱き上げ、キツく抱きしめる。
花火の明かりが二人を包む。僕らを祝うかのように。
コメント
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うわぁ、好きです、