(注意点)
100%妄想です
怪我などの痛々しい表現があります
言葉遣いなど解釈違いでしたらすみません
かなり長文で申し訳ないです
大丈夫な方はこのままお進みください
伊波はディティカで唯一、普通に生きてきた人間だ。
人として、人と仲良く生きてきた。
だから誰より人に優しく慈悲深く、それが強みであり弱みでもあった。
3人はどんな敵相手でも、淡々と冷静に戦う。
もちろん伊波も、凛々しく逞しく戦っている。
しかし、人型や人間的な悪と戦う時は、込み上げる同情なのか、やや戸惑いながら武器を振っているようにみえる。
実際その通りで、苦しみながら息絶える姿には辛そうな表情を見せている。
星導はそれを知って、「そういう」相手と戦う時は、珍しく代わりに前衛に立った。
星導自身にはやや欠落しているが、
伊波の 人間み のある温かい心、
貴重だと思うし、守っていきたいと思っていた。
伊波が気負わないよう、「美味しそうな敵ですね〜」などと溢しながら、さりげなく するりと前に出る。
敵が苦痛を訴える前にササッと仕留めて腕の口の中へ放り込む。
小柳と叢雲はそのやり方に口を出すことなく、伊波を後衛へ回らせていた。
何ごとにも向き不向きがあるだろうから。
今日、それが仇となった。
敵である鬼の討伐任務の終盤のこと。
あとはトドメを刺すだけまで弱らせた鬼が、ヨタヨタと3人の攻撃を運良く避けて、伊波の前で体勢を崩した。
鬼は一か八かの作戦で、全身を人間の女の子に変身させた。
幼い子どもの姿を模した敵が、伊波の目の前で膝を地に付き、涙を流しながら命乞いを始めた。
伊波はその女の子を、葛藤を含む表情で見下ろし、武器を振り上げた。
先ほどまで散々暴れていた鬼だ。
今更そんな姿と言葉に惑わされないだろうと思い、そのまま最後を任せた。
しかし、それは間違いだった。
武器を振り下ろす腕は宙で止まってしまった。
小柳が「ライ!早くやれ!」と慌てて促す。
叢雲は伊波の方へ走りながら「なにしてん!はよ やれや!」と叫ぶ。
敵だと頭では分かっているのに、体が攻撃を拒否している。
伊波は「ごめん、できない、。」と小さく答えた。
そして、怯え震える女の子から目を背けてしまった。
敵は「馬鹿め!」と嘲笑うと同時に、鬼の姿に戻り、伊波を強く蹴り飛ばした。
隙を与えられた鬼はそのまま逃げ去り、笑い声と共に消えた。
討伐は失敗。
「なにやってんだ!」なんて責める言葉は誰も口に出さなかったが、どことなくそんなムードに包まれた。
小柳と叢雲は「自分が代わりにやればよかった」という自責の念もあり、伊波1人を責められない気持ちがあった。
星導は少し安堵していた。
あのまま伊波が女の子をハンマーで潰して肉塊にしていたらと想像すると、、
この先、伊波への印象が変わっていたかもしれない。
今回は仕方なかった、これでよかった。
伊波のそんな姿を見たくなかったから。
伊波は申し訳なさそうに「ごめん、、本当にごめん、みんな、。」と頭を下げたまま謝り続けた。
不甲斐ない自分を責めるように、蹴られた腹部を掴みギリギリと握りしめた。
星導が伊波の肩にそっと手を置いた。
星導「お腹、そんな強く掴んだら痛いでしょ。ほら顔上げて、みんなで帰りますよ。」
叢雲「まぁ、、しゃーないわな。」
小柳「ドンマイ。」
3人はかける言葉を探しながら、謝り続ける伊波と拠点へ帰った。
逃亡した鬼も、戦いに負けた悔しさに怒りが込み上げていた。
どうしたらヒーローを倒せるだろうか。
そういえば、ライと呼ばれていたあの男。
あいつは子どもの姿の自分を殺せなかった。
隙を付くならそこか。
鬼はニヤリと不気味に笑うと、幼い男の子の姿に変化した。
「待っていろヒーローども、皆殺しだ」
伊波はあの失態により、当分の間は戦闘任務から外されていた。
今回は脱走した飼い犬を探し出す任務。
得意なドローンを複数台を駆使して、全力で探した。
どういうわけか、なかなか見つからない。
近所の家一軒一軒に聞き込み調査をしていたら、結局隣に住む老夫婦が、犬を見つけて保護していたという結末だった。
こんな結末もあるのかと、時計を見るとすでに夜。
とりあえずデバイスに任務完了と送信した。
なんだか無駄に疲れたなぁと独り言が漏れる。
大きく伸びをしてから拠点へ歩いた。
途中で幼い男の子に出会った。
俯いていて表情が分からない。
こんな夜遅くに迷子だろうか?
伊波「こんばんは、僕どうしたの?迷子になっちゃった?お母さんお父さんはどこかな?」
その男の子は「僕の目を見て」と言いながら顔を上げた。
泣いていなくてよかった。
笑ってもいないけど。
伊波「え?目がどうしたの?痛いの?」
男の子の目線に合わせるよう しゃがんで不思議そうに尋ねた。
男の子はもう一度「僕の目を見続けて」と言うので、言われるがままに じっと瞳を見つめてみた。
男の子の黒目部分の色がどんどん変わり、真っ赤に塗り替わる頃には頭がボゥっとしてきた。
男の子は怪しく微笑み「かかったな」と唱えると、伊波の瞳も同じ赤色に変わった。
そして意識を失いその場に倒れ込んだ。
男の子は立ち去り、そのすぐ後に伊波は目を覚ました。
瞳はいつもの柔らかな朝焼け色に戻っている。
なんでこんなところで俺は倒れてたんだろう?
立ちくらみかな?
今日色々あったし、疲れてるのかも。
男の子に会ったまでは覚えてる。
それからの記憶が曖昧だ。
周りを確認したが誰もいない。
家に帰ったのだろうか。
まぁいいか、と歩み出したところで星導とばったり出会った。
伊波「うお、星導じゃん!おつかれ!」
星導「お疲れ様です。ライも任務帰りですか?」
伊波「そう!犬探し無事終わったよ。めっちゃ疲れたけどね。」
星導は首を傾げた。
伊波の表情に僅かな違和感。
ハイライトが消え濁って見える瞳。
気のせいだろうか。
星導「さっきすれ違った男の子は知り合いですか?」
伊波「星導も会ったの?全然初対面だけど、えーっと、何話したっけ?ま、自分で帰れるなら良かったよ。」
星導「なんかフワッとしてますね。」
伊波「疲れて頭ぼーっとするし、今日は早めに寝るよ。」
星導は自身が人外要素があるせいか、日頃から人間観察をする癖がある。
あの男の子は本当に人間だったのか?
ただの思い違いだといいなと星導は思った。
星導「そうしてください。報告書は明日ゆっくり仕上げればいいですよ。」
伊波「あーそれね、まじでめんどくせぇ〜、とりあえず今日は早くベッドにダイブして眠りたいよぉ。」
ため息をつく伊波に「帰ったら美味しい紅茶淹れてあげますから」と星導が励ました。
その日を境に、伊波の戦い方が変わった。
というより、容赦がなくなった。
以前とは違い、相手が人型だろうが人間だろうが一切躊躇せずに武器を振る。
泣き逃げ惑う相手にも、爽快な表情で叩き潰す。
今日も4人で敵を討伐する任務を終え、伊波と叢雲がグータッチをした。
伊波「よっしゃー!サクッと終わったー!」
叢雲「なぁ、最近ええ動きしとるけど、なんかあったん?」
伊波「え、何もないけど、それって俺が成長してるってことじゃない?!」
目を輝かせガッツポーズで喜んだ。
叢雲「前よりヒーローらしくなってきたやん!」
星導「ヒーローらしさは人それぞれですよ。」
冷たく指摘され、叢雲はキッと星導を睨んだ。
叢雲「なんや!ライがヒーローらしくないって言いたいんか?!」
星導「そういう話ではないです。」
叢雲「今そう言うたやん!」
星導「個性と個人像の話です!」
叢雲「おぉい!!没個性って話か?!普通に訴えるぞ!」
星導「そうじゃない!」
小柳「おーおー、 一旦落ち着けお前ら。」
珍しく小柳が仲裁に入った。
星導がこんなことで声を張るのも珍しい。
伊波は急な言い争いにオロオロしている。
自身の何気ない話が火種になるとは思ってもみなかった。
小柳「なに急に熱くなってんだよ、お前らしくもない。そんな噛みつく話じゃないだろ。」
星導は一瞬なにか言い返そうとしたが、ふと思いとどまって開けた口を閉じた。
腑に落ちない表情で「、、、そうですね。」とだけ返した。
隣ではまだ叢雲が「裁判や!」「有罪や!」などと騒いでいて、伊波がまあまあと宥めている。
いつもより静かな星導と、いつも通りワチャワチャしてる3人は拠点へ帰った。
その後も何度か4人での任務があり、前のように命乞いをする敵にも遭遇した。
「降参する!助けてくれ!」などと必死に土下座する相手を見下ろし、伊波はまるで聞こえてないかのようにトドメを刺した。
顔にかかった血飛沫を拭くこともせず、ぐぐっと体をそらせて伸びをした。
伊波「ふー!終わったよー!」
部屋の片付けを終えたようなテンションで3人に振り返る。
「ナイスー!」と叢雲が親指を立ててグッドサインをした。
あの時、伊波が敵から顔を背けた姿が嘘のようだった。
反省したんだなと小柳と叢雲は感心した。
星導だけが、少し離れたところから無表情で伊波をじっと見ている。
何か言うわけでもなく、ただ見ている。
伊波「どうしたの?どこか怪我でもした?」
視線に気付いた伊波が星導に近寄ってきた。
急に観察対象に声をかけられて、星導はビクッと体を跳ねさせた。
星導「いえ、あの、ぼーっとしてただけです。」
近寄ってくる伊波からまた数歩分 後退りし、「大丈夫です」と返した。
小柳「お前なんかおかしくね?」
星導「別に、いつも通りですよ。」
叢雲「怪我とか何か隠しとるん?」
伊波「あーあり得るわ、帰ったらチェックするからね!」
困り眉でヘラヘラ笑いながら「怪我も何も無いから」と返した後に、ピタリと足を止め、進行方向を変えた。
星導「俺、自分の店寄ってから帰ります。鑑定の書類を取りに行きたいので、先に拠点戻っててください。」
伊波「オッケー、あ。夜には拠点戻れる?案件でもらった冷凍食品が色々あるから、みんなで夜ご飯に食べよって話してたの。」
星導「いいですね、早めに向かいます。」
話しながら星導はまた伊波の顔をジーっと見つめていた。
そのうち頭から足元まで視線を滑らせて、会話が終わると「ではまた後で」と背を向けた。
そんなやりとりを横目に見ていた小柳が「なんかあいつキモくね?」と溢した。
叢雲は「タコがキモいのはいつものことやん」と笑うと、
「おいシンプル悪口言ってやるなよ」と伊波も一緒に笑った。
小柳は納得のいかない顔で、遠ざかる星導の背中を少し見てから帰路へ歩き出した。
鑑定の書類なんて嘘。
ただちょっと1人で考えたい気分になっただけ。
店に入ったけど電気を付ける気分にはならない。
なんだろう、なんだか、自分の知ってる伊波がどこかへ消えてしまったみたいだ。
たまにあの目が怖く感じる。
いつからだっけ?
でも日常はいつも通りの伊波なんだよなぁ。
時々 別人みたい、でも証拠がないし、決定打に欠ける。
仲間を疑いたいわけじゃないけど。
でも、俺の中の、人間の真髄を問う癖がうるさく警鐘を鳴らしている。
俺はわりと人間の内面的な変化には人一倍敏感なつもりだ。
そうでありたいと思ってる。
暗い部屋の中で、モヤモヤぐるぐると自問自答し続けていたが、結局答えは出なかった。
拠点の方へ向かって歩いていると、「星導ー!」と後ろから声がした。
振り返ると 伊波が白い袋を左手で持ち、右手をブンブン振って走ってきた。
伊波「飲み物が足りなくなりそうでさ、そこのコンビニで買ってきた!」
星導「俺もちょうど用が済んだところです。ナイスタイミングで、、、ライ?」
横並びで歩いていた伊波がピタリと足を止めた。
目の前にはあの時の男の子が立っていた。
思わず星導は身構える。
星導「ねぇライ、あれは 何 ?」
返事はない。
瞬きもせずに男の子の瞳を見続けている。
表情も無くぴくりとも動かない。
男の子「強くしてあげたでしょ、そろそろ、やって。」
星導「は?何の話?ライ!ライ?!」
様子のおかしい伊波に声をかけながら肩を強めにゆすっていると、うわごとのように「やらなきゃ」とだけ呟いた。
その直後にハッと我に返った様子で星導に振り返った。
その頃には男の子は立ち去っていた。
星導「ライ大丈夫?!あの子に何されたんですか?!」
伊波「あの子?、分かんないけど、なんか俺、今一瞬フワッとした感じがして、、貧血かな?」
星導「そういう類いじゃない気が、、歩けます?」と言うとコンビニの袋を持ってあげた。
伊波「ありがと!もう全然平気!」
ニカッと輝く笑顔はいつもと変わらなくて、それが逆に怖くて。
微笑み返そうとした唇は引き攣ってしまった。
伊波の2歩後ろをついて行くように歩いた。
伊波は「買ってきたよー!星導も到着ー!」と元気に玄関扉を開け、部屋の奥へ声を掛けた。
キッチンから「遅かったやん!こっちほぼ終わったでー!」と返ってきた。
伊波たちは一旦各々自室へ戻り、鞄などを置いた。
伊波はそのままキッチンへ向かったが、星導はどうにも気に掛かって、伊波の部屋にこっそり入った。
棚、机の中、鞄の中を手早く探っていくと、強い毒性の薬品名が記された小箱を見つけた。
中に入っていただろう小瓶は抜き出されており、空き箱だけがそこにある。
なぜ伊波がこれを?
ただの研究材料であって欲しい。
そう願いながら部屋を出ると、小柳と鉢合わせた。
小柳「来るの遅ぇから呼んでこいって言われて来たけど、なんでライの部屋から出て来るわけ?」
星導「あの、、うっかり入っちゃっただけです。ほら、部屋 隣だから。」
小柳「うっかりにしては随分長居だな。最近、ライに対して態度おかしいの気付いてるからな。どういうつもりだ?」
そう言いながら、小柳は星導の胸ぐらを掴んで引き上げた。
数秒ガンを飛ばしてやると、言い訳もできないのか目を逸らされた。
その顔は後ろめたいという表情ではなく、困惑しているように見える。
されるがままの星導を乱暴に地面に突っ放すと、舌打ちしながらキッチンへ戻って行った。
去り際に「妙な事したら叩き斬るからな」と吐き捨てた。
しばらく座り込んだまま「小柳くんのばか」と消え入りそうな声を溢した。
キッチンから楽しそうな笑い声をあげる3人。
そこに入れずにいる1人。
なんとなく馴染めずに、星導はリビングのソファに腰掛けてスマホを弄っている。
特に意味はない。
ただスマホを触っているだけ。
キッチンで3人ワチャワチャしている光景をぼんやり眺めてみる。
「こぼれた!」だの「あっちぃ!」だの、皿に料理を移すだけの作業に随分と盛り上がっていた。
冷凍食品をレンジで温めるだけなので、きっとすぐ終わるだろう。
「あ、これ、お好みで醤油かけても良いって書いてあるよ。かける?カゲツ味見してみて。」と伊波が叢雲にスプーンを差し出した。
「はい、あーん」と言いながら、運ばれるスプーンからは、
猛烈な毒の匂いがした。
そんなあからさまな毒、忍者なら速攻気付くはずなのに、素直に口をパカっと開けている。
素人にも感じるケミカルな異臭、隣にいる白狼もなぜ分からない?!
ふざけてるのか?!
星導が慌ててキッチンに飛び込み、そのスプーンを素早く叩き落とした。
さらに伊波をドンと突き離す。
伊波を睨みつけると「え?なに?!どうしたの?!」と普通に驚いていた。
「なにしとんねん!」と叢雲が怒りながら床に転がるスプーンを拾い上げようとするので、星導がスプーンを遠くへ蹴り飛ばした。
急いで蹴ったので、つま先が軽く叢雲の指を掠めてしまった。
すぐに謝ろうとしたがそれよりも早く「おい!喧嘩売っとんのかコレィ!」と大声を浴びせられた。
星導は「ごめ、ちが、」ともごもご返しながら、目線はウロウロと蹴ったスプーンを探して彷徨っている。
また拾われては危ないので位置だけ確認した。
そんなやりとりに苛立ち、見かねた小柳も食ってかかった。
小柳「お前なにしてんだ!さっきからまじでよぉ、ふざけてんじゃねぇぞ!」
小柳の怒声が響き渡る。
星導も色々と我慢の限界がきて、負けじと声を張った。
星導「小柳くんの馬鹿!こっちのセリフです!」
思わぬ返答に 小柳はカッと頭に血がのぼり、星導の頬を拳で一発殴った。
ゴッと鈍い音。
倒れこそしなかったが、体勢が少し崩れるくらいには衝撃がきた。
頬はジンジンと熱く感じ、唇の端は少し切れたのだろう、ピリリと痛む。
口内も微かに血の味がする。
でも今は痛みなんかどうでもよくて、小柳に殴られたことがショックで、、頭の中が真っ白になった。
そんなつもりは全然なかったのに、一粒だけ涙が頬を伝った。
叢雲は気まずそうに「な、そこまで、、」と後退りし、伊波の隣に立った。
自分がちょっと指先を小突かれたというだけで、相手にグーパンかます小柳にだいぶ引いてしまった。
こんなことしてる場合じゃない、と星導はバッと顔を上げた。
頭を切り替えて、とにかく毒の報告をしなきゃと口を開いた時に、視界の端に映り込んだ衝撃的な光景。
いつのまにか包丁を持っていた伊波が、隣に立つ叢雲の腹を目掛けて振り翳していた。
「カゲツ!!」と叫びながら星導は叢雲を突き飛ばした。
叢雲は反応できず、床に転んだ。
すぐ立ち上がったが星導の背後側なので、何が起こったのか理解ができずにいる。
小柳もちょうど全貌が見えない位置にいて、訳が分からず また舌打ちしながら星導がいる方向をじっと睨んだ。
即座に庇った星導の腹には、どっぷり深く刺さった包丁。
そのまま伊波は追い打ちのようにグリグリと刃を回転させて、確実に命を奪おうとした。
丁寧に体内をえぐられる。
内臓からグチグチと湿った音が鳴る。
不思議なもので、想像を絶するような激痛に襲われると叫び声は出ないらしい。
喉から搾り出た声は小さく、息の詰まるような音だった。
星導「ッうぅ、!!、、」「ぁッ、、!」
体がビクっビクっと細かく痙攣し、伊波を押し除けたいが僅かな力も出ない。
酷く長く感じられた数秒後、包丁を一気に引き抜かれた。
その瞬間やっと喉から「カハッ、、!!」と空気をしっかり吐き出せた。
後ろにいた叢雲に背から倒れ掛かり、ずるずると床に落ちそうな体を震える両足で踏ん張る。
突然のことで何が何だか分からない叢雲は戸惑いながら声をかけた。
叢雲「な、、どうした?!え、ほしるべ?」
呼吸するのに精一杯で、言葉を返すことはできなかった。
気絶しないのが自分でも奇跡に思う。
きっと自分の中の使命感が、意識をギリギリ掴んでいてくれてるのだろう。
伊波はそのまま近くにいた小柳の元へスタスタ歩き、迷いなく心臓あたりへ真っ直ぐに包丁を振り下ろす。
予想外の事態に小柳は反応が遅れた。
避けられない。
星導だけが予測していた伊波の次の動き。
火事場の馬鹿力とはこのことで、
叢雲にもたれかかった体を、死に物狂いで立ち上がらせ、
ガバッと小柳に正面から抱きつくように覆い被さった。
直後、背中に嫌な衝撃が響いた。
腹の傷が痛すぎて、そっちの痛覚は思っていたより鈍い。
小柳の耳元に「ぅゔぅ、、!」と弱々しい悲鳴が喉から漏れた。
叢雲はそこでやっと、自身の服にべっとりと付いた血の匂い、キッチンに漂う毒の匂いに気がついた。
目をクワっと開くと、弾かれたように叢雲が伊波の包丁を取り上げ、遠くへ投げ、背後から伊波を羽交締めにした。
叢雲「ライ!!おま、、なにしとるっ?!星導やぞ!殺す気か?!」
伊波「うん、そうだよ。だから離してくれる?」
伊波は頭を後ろへ振って、叢雲の顔面に自分の後頭部を思いきりぶつけた。
強い衝撃に手の力が一瞬抜け、伊波は するりと羽交締めから脱出した。
叢雲は素早くクナイを取り出し、伊波へ向けた。
普段の、敵に対しての速度感。
あぁ、やっと気付いてくれた。
そこにいる伊波は 敵だ。
小柳に覆い被さっている星導は、小柳の肩に顔を埋めたまま、安堵した笑顔で話しかけてきた。
「こやな、く、 よかった、ぶじで、、」と小柳の耳元で囁かれる。
小柳が「どういうことだ?!何が起きてる?!」と必死に尋ねる。
腹と背の傷を見て驚愕した。
星導を引き剥がし、小柳の腕の中に抱きかかえる形に変えて、顔を覗き込みながら また何度も問う。
しかしすでに小柳の声はもう、聞こえてないのだろう。
星導は一方的に自分の言いたいことを、一生懸命に声に出した。
「おれ、まちがってなかった、、ほんと、よかった、、、あ、、きっちんの、どく、たべちゃだめ、ですよ、、きをつけ、て、」
ゴポゴポと口から溢れる血液と共に、かすれる言葉が聞き取れた。
小柳が何度も「星導!!」と大声で呼ぶが、虚な瞳はゆっくりと閉ざされていった。
完全に気絶した星導の体を抱え直し、腹部に圧迫止血を施す。
どんどん赤く染まる小柳の衣服。
止まらない出血。
落ちていく脈。
下がる体温。
小柳もやっと遅れて気づいた。
キッチンの床に転がる毒の香り。
あぁ、それでスプーンを、、。
仲間とのいつもの日常に溶かされて、気付くのが遅れた。遅すぎた。
星導のこれまでの言動がやっと理解できた。
じゃあ、この「伊波」は「何」だ?
一旦星導を床にそっと寝かせ、自分の羽織りを傷口にきつく巻き 止血する。
そして叢雲と肩を並べて伊波に武器を構えた。
キョトンとした伊波がこちらを見ている。
殺意は感じられない。
なのに、また拾い上げた包丁をこちらに向けている。
小柳「ライやめろ!何してんだ!!」
伊波「え?いやだから俺、皆をやらなきゃいけないからさ、2人ともじっとしててくれない?」
さも当たり前の事のように返してくる。
トコトコと小柳に近づき、「えいっ!」と力を込めると首筋に向けて包丁で突いてきた。
「止まれ!目ぇ覚ませ!」と叫びながら、包丁をヒラリとかわす。
しかし伊波はムッとした顔で「ちょっと!避けないでよ!」と何度も喉元を突こうとしてくる。
叢雲が「おまえ意味わからん!一旦寝とけ!」と言いながら、伊波の首後ろに回し蹴りを喰らわす瞬間、窓ガラスがガシャンと割れ、叢雲は蹴りを寸止めさせた。
窓から侵入してきたのは男の子。
男の子「1人しかやれなかったか。まぁ仕方ない。でもこれで2対2だ。今回こそはブチ殺してやる。」
そう言うと、姿をかつての鬼の姿に戻した。
伊波の隣に立ち、攻撃体勢に入った。
小柳「あの時の!!」
すぐさま斬りかかろうとすると、伊波が鬼を庇うように立った。
小柳は慌ててまた後ろに飛び戻る。
叢雲「洗脳か!!」
鬼「御名答。こいつには、、
人を殺せる心をやろう
ごく自然と命を刈り取れるように
悪意 殺意 罪悪感なんて捨てて
誰よりも強いお前に変えてやる
引き換えに あの3人の命をよこせ
とゆっくり染み込ませた。見事にかかってくれたもんだ。」
なんと容易い と言わんばかりに高笑いをしてきた。
鬼「気づいたやつもいたが、そのザマだ。」
鬼は目線をチラリと星導に向けた。
鬼「殺意も悪意も無い仲間に襲われて、随分反応が遅れたなぁ、ヒーロー?さて、続きをやろうじゃないか!」
伊波を盾に取られて攻撃できず、絶望的な状況。
そうか、最近伊波の戦い方が変わったのはそのせいだったのか。
その頃から星導は気付いていたのか。
本当に、馬鹿は俺の方だったな。
そんな中、床を這う音がした。
いつのまにか目を覚まし、伊波の足元に辿り着いた星導が、伊波のズボンの裾をキュッと握った。
伊波が見下ろすと、強い眼光で見上げる星導がいた。
星導「、だいじょうぶ、、ライは、そんなやつに、、負けない、、。」
息絶え絶えにそう伝えると
「俺の目を見て」と言いながら、パキパキと両目元が割れ、宇宙が広がった。
吸い込まれるようにそこを見つめていると、伊波は意識を失った。
宇宙空間に漂う伊波。
頭が追いつかず、流れに身を任せて漂っている。
星導「あ、やっと見つけた!探しましたよ。」
伊波の手を引いて「こっちこっち!」と進んでいく。
そうしているうちに、伊波の体から黒いモヤが抜けていった。
ボヤボヤと柔い輪郭はうっすら鬼の形をしている。
星導は「おまえはいらない」と言い、そのモヤの塊をブラックホールへ捨て入れた。
伊波の目に正気が戻り、「ここどこ?」と不安げに聞いてきた。
「こっちですよ、帰りましょう。」
繋いでる手を強く握り直してまた進んでいった。
その頃、同時に気を失った星導と伊波に一同が驚いた。
しかしその隙を皆、狙わせるか と一斉に攻撃に出た。
静かに怒り狂う小柳と叢雲の猛攻に、鬼が勝てるはずもなく、あっという間に追い詰められた。
一度味を占めた鬼は、また幼い女の子の姿に変身した。
「怖い、お願い助けて」と命乞いを始める。
小柳は呆れたようにハッと笑った。
「俺はあいつほど優しくねぇから」
言うと同時に女の子の首を刀ではねた。
ザラザラと体が砂のように崩れて風化した。
何も無くなったその場所を、収まらない怒りを込めて叢雲がグリグリと足で踏み躙る。
小柳「カゲツ、急ぐぞ。星導が危ない。」
すでに星導を背負っている小柳を見て、叢雲はハッとして慌てて伊波を背負った。
全速力で救急へ向かう。
「気付いてやれなくて悪かった」
自分たちが背負っている2人に、謝罪の言葉をかけることしかできなかった。
伊波は数時間後には目を覚ました。
伊波「え?なんで俺 病院にいるの?キッチンで夜ご飯の準備してて、、あれ?それからの記憶がないんだけど、。それに、星導は?」
数秒の沈黙。
小柳と叢雲が目線を合わせ、軽く頷くと、ゆっくりと丁寧に説明を始めた。
以前に逃した鬼に、徐々に洗脳されてたこと。
星導はそれに気付いてたことと、
気付けなかった自分達が星導にきつく当たってしまったこと。
最終的に、伊波が自分達を殺そうとしてきて、庇った星導は今、緊急手術を受け、集中治療室で危ない状態だと。
何度も言葉に詰まりながら、ぽつりぽつりと説明をした。
伊波の顔は徐々に蒼白になり、呼吸もどんどん浅く短くなっていく。
手が震える。
全身が冷えていくのを感じる。
叢雲「でも、その鬼は倒したから、もうおらん、、」
そう話してる時に伊波の顔がチラリと視界に入り、言葉は尻すぼみに消えていった。
伊波はボロボロと涙を流し、過呼吸に近い状態で震えていた。
2人は「落ち着け」「ちゃんと息をしろ」と伊波をさする。
伊波「俺っ、、が、ほしる、を、、どうしよ、、ころし、」
小柳「あいつがそんな簡単に死ぬわけないだろ!落ち着けって!」
伊波「、俺、、どうしたら、、」
叢雲「僕たちにも悪いとこあったやん?今度星導に皆んなでごめんなさいすればええと思う。狼もそう思うやろ?」
小柳「あー、まぁ、、な。」
なかなか泣き止まない伊波を連れて、3人は拠点へ帰っていった。
星導が目を覚まし、面会可能になったのは2週間後のことだった。
何度かの危ない状態を乗り越えられたのは、さすがの回復力だと医者は驚いたらしい。
伊波は2人を置いて大急ぎで星導に会いに走った。
息を切らせて病室に辿り着く。
急いで来たのに、ドアにかけた手はピタリと止まった。
息を整え、緊張の面持ちでドアを開ける。
「、、ほしるべ?」と恐る恐る声をかけた。
風に髪を撫でられながら、星導が振り返る。
星導「ライ、来てくれたんですね。あのあと大丈夫でしたか?」
堪えていたものが決壊した伊波は、質問に答えることもなく星導に抱きついた。
何度も「ごめん」と繰り返し わんわんとひたすら泣く。
星導は「大丈夫だから」と伊波の背に回した手をゆっくりさすった。
少し落ち着いてきて、すんすんと啜り泣く伊波に「あの、」と声をかける。
星導「ライは、人と戦うのは辛いですか?」
伊波「うん、辛い、すごく、、。」
星導「そっか、よかった。」
嬉しそうに微笑んだ。
星導「俺はライのそういうとこ、ヒーローらしくて憧れてるんです。
だから、ずっと、優しいライでいてください。」
伊波「ありがと、俺、つよくなるよ。」
泣き止んだ伊波の頭をそっと撫でてあげた。
いつから隣にいたのか分からない2人が、話の輪の中に入ってきた。
叢雲「前に、星導が僕に言おうとしとったこと、なんか分かった気がするわ。あん時は怒ってごめんな。」
小柳「その、、悪かった、疑って、、あと、殴って、、。」
星導「ふふ、素直な小柳くん、なんか気持ち悪い。」
叢雲「おい、タコにそれ言われたら終わりやぞ。」
小柳「人が謝ってんのにこいつ!」
いつもの4人の空間が戻ってきて、伊波がやっと笑顔を見せた。
あぁ、俺ディティカで本当によかった。
凍えていた心が温まっていくのを感じた。
別の話題で楽しんでいると、笑っている星導の顔がみるみる真っ青になった。
星導「アハハハ、、あー、、あの、ナースコール押してくれません?傷痛すぎて吐きそう、。」
小柳「笑ってる場合か!早く言えそういうのは!!」
ナースコールの近くにいた伊波が慌ててボタンをガガガガと力強く連打した。
叢雲「壊れそうで草。」
小柳「そんな勢いで押すな押すな!」
星導「いたた、ありがとうございます。はぁ、、やっと いつも が戻ってきたなぁ。」
穏やかな表情で目を閉じる。
今回ばかりは自分自身に、よくがんばりました と褒めてあげた。
コメント
11件
ハハッwテスト期間中なのにこれ見て「うわァァァ!尊い!」って叫んだら母に「早く勉強しなさい!」って言われたw 尊いZE、、、☆w
🐙が命かけてまで👻と🥷を守るの解釈一致しすぎて好きです😭✨️ しましまねずみさんの作品、ほんとに全部大好きでぇ… ちょっとテスト前でちょっと色々萎えてたんですけど元気出ました… もっかい他の17作品全部見てきます… そろそろ内容全部覚えそうです🫠🫠
やめて!これ以上神作を放り込まれたら、今月中対して長い小説をかけていない楽書生の精神まで燃え尽きちゃう。お願い、死なないで楽之内!あんたが今ここで倒れたら、読者様の期待はどうなるの?大丈夫、ここさえ乗り切れば、きっとこの人のような神作を投稿できるんだから!次回、楽之内死す!?デュエルスタンバイ!