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第2節 桐生百合香『私みたいにならないで』―2―
(そう。私は大丈夫、だよ……?)
そう告げることで、雄二がひとつでも背負っているものを下ろしてくれるなら、それでいい。
何より、どんなに泣きわめいたところで、可愛いしろは戻ってこない。
今さらどうしようもないことに、いちいち立ち止まってめそめそすることで、百合香が守りたい大切な人に心配をかけてしまうのは何としても避けたかった。
百合香は悲しみに浸かることも出来ないまま――、平気なふりをし続ける。
愛する雄二のために。
***
――初めて会った神田芽生という女の子は、思っていたよりもずっと小さくて……その姿は、あまりにも無防備だった。
「……あの、今日は、ありがとうございます」
ベッドの上で身体を起こしながら、ぺこりと頭を下げてくる。
熱で頬が赤くなっているのに、それでもちゃんと気を遣おうとしているのが分かって、
(ああ、この子――、相良さんに愛されてるんだな)
と思った。
「いいのいいの。気にしないで」
自然と、声が柔らかくなる。
それと同時に――まだこの部屋に、〝殿様〟と呼ばれている子猫の姿がないことに、ほんのわずかに息が抜けた。
もし今、無邪気に甘えてくるその姿を見てしまったら、張り詰めている何かが、崩れてしまいそうな気がしたからだ。
「……よかった」
何が、とは言わずに小さくつぶやく。
芽生のような子は、守られていい。
守られて、当たり前の場所にいていい子だ。
***
会話は、思っていたよりもずっと弾んだ。
下着の話。
お店の話。
そして――髪の話。
「私、百合香さんって私と同じくらい髪の長い人だと思ってました」
芽生がそう言って、ベッドの中から百合香の方を見上げてくる。
放っておくと、ずっとベッドの上で座ったままでいようとするので、枕を気持ち高くして横にならせている。
「正解。――実はね、ちょっと前まではこの辺りまであったの」
耳元の髪を指先でつまんで、腰上十五センチ付近を軽く示す。
「えっ……そんなに?」
驚いたように目を丸くする芽生に、くすっと笑う。
「でも、切っちゃった。ほら――」
右手を少し持ち上げて、包帯が巻かれた手首を軽く見せてから、
「このときにね、髪の毛も結構火にやられちゃって」
さらりと告げる。
「火に?」
「あ、うん。……経営してるお店がね、火事で焼けちゃって、その時に」
ほんの一瞬だけ、空気が止まる。
長かった髪のことや、店のこと――そして、しろのことがよぎって、知らず知らずのうちに声が沈んでしまっていたのかもしれない。
「百合香さん……」
ぽつんと落とされた声に芽生を見遣れば、彼女が自分のことみたいに泣きそうな顔をしていて、百合香は慌ててしまう。
(そういえば、この子も火事で焼け出されたって……)
そんな話を相良や雄二から聞かされていたのを、今さらのように思い出す。
(私のバカ……!)
百合香はパッと表情を明るくして手を振った。
「あ、でもね! お店――雄ちゃんが相良さんに頼んでもっといいのにしてもらうから心配するなって言ってくれたの! だから今はワクワクして待ってるところよ? ――それに……」
何でもないことみたいに、肩をすくめてみせる。
むしろ怪我の功名。自分は元気なのだと、芽生に思って欲しい。
「髪なんてまた伸ばせばいいし? ……実際短いのも楽でいいなぁって思っちゃってるの。ほら、お風呂のあと、すぐ乾くし……すごく楽」
くすくす笑う。
そこでくるくるっと耳横の髪をもてあそびながら、
「なにより雄ちゃんがこの髪型も似合ってるって言ってくれたから……。だったらいいかなぁーって……。現金だけど、今はね、結構気に入ってるの」
少し照れたように付け加えたら、芽生がハッとした顔をする。
「百合香さんは……千崎さんのこと、大好きなんですね」
「……うん」
相手が雄二の妻や、三井……それから三井の舎弟だという佐山なら、こんな風に肯定するのは躊躇われるところだ。
でも、芽生になら……本心を垣間見せてもいいかなと思った。
「千崎さんも……百合香さんをすごく大事にしてるのが分かります」
「えっ?」
「私や京ちゃんに接するときと、表情が全然違いますもん」
芽生は、そこで申し訳なさそうにぼそぼそと……「私、千崎さん怖くて苦手なんですけど……百合香さんと一緒の千崎さんならいつもみたいに怖くないなって思いました」と付け加える。
「雄ちゃんが……怖い?」
「はい。いっつもここに縦皺が寄ってて、難しいお顔なさってますもん。京ちゃんも千崎さんにはいつも叱られてるし……」
芽生が眉間をポンポンと押さえながら雄二の顔真似をして見せるのが面白くて、百合香は思わず笑ってしまった。
#大人の恋
鷹槻れん

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#オフィスラブ
コメント
2件
ゆりかさんには絶対幸せになってほしいなぁ!!
第八章④読了!百合香さん、自分がしんどいのに雄二のために平気なふりし続けてて……それがもう切なくて。芽生ちゃんとのやりとり、特に髪の話からお店の火事の話になるところ、一瞬空気が止まる感じがすごくリアルだった。「雄ちゃんがこの髪型も似合うって言ってくれた」っていう照れた告白、めちゃくちゃ刺さった〜!あと、芽生ちゃんが「千崎さんも百合香さんといる時だけ怖くない」って言うシーン、雄二の知られざる一面がちょっと見えた気がしてグッときました。お互いを思いやる空気感がじんわり沁みる回だったな。次が気になる🔥