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第八夜:星の願い
その夜、【Fleur】の店内には、しばらく訪れなかった冷たい風が入ってきた。
空気がひんやりと感じる中、店内はあたたかな灯りに包まれている。
カウンターで静かに待つリュカとカインも、どこか気配が違うことを感じ取っていた。
ドアが開くと、ひときわ異様な気配をまとった人物が入ってきた。目を引くのは、その人物の背中に生えた羽だ。
羽は鮮やかな金色で、まるで星の光を宿しているかのようだ。しかし、その羽の色や輝きとは裏腹に、彼の顔には深い影が差していた。羽の端には少しだけ焦げた痕が見え、まるで過去に何か大きな傷を負ったかのようだった。
その人物はリュカの方に向かって歩み寄り、静かに言った。
「すみません、少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
リュカはその不思議な姿に驚くことなく、優しく微笑みながら答える。
「もちろん、どうぞ。何かお悩みがあるのですか?」
男性はカウンターに腰を下ろし、深いため息をついた。
「実は…私は、もうすぐこの世界から消えることが決まっている。」
その言葉には、どこか諦めと、そして長い旅路の終わりを受け入れようとする静かな覚悟が感じられた。
「私は星の一部。星の命が尽きるとき、それに従って私も消える運命にある。」
リュカは少し黙り込んだ後、穏やかな声で言った。
「星の一部、とは…あなたは、星の使いか何かですか?」
男性はその問いに短くうなずいた。
「はい。私は星を守る者であり、星の一部として、星の命とともに生きてきました。しかし、その星が死ぬ時、私もまた消えなければならない。」
その言葉を受けて、カインが静かにグラスを磨きながら言った。
「永遠に輝く星が死ぬとき、星の守護者もまたその命を終える。非常に厳しい運命ですね。」
リュカはしばらくその言葉を噛みしめた後、彼に優しく尋ねた。
「それでも、あなたには今、何か望むことがあるのでしょうか?」
男性は一瞬、視線を落とした後、ゆっくりと答えた。
「私は…もう、何も望むことがないのです。ただ、この終わりを受け入れるだけ。でも、どうしても心の中に残るのは、最後に一つだけ、星にお願いをしたいという思いです。」
リュカはその言葉に静かに耳を傾け、優しくうなずく。
「星に願いを…それは、大切なことですね。」
カインはその様子を見守りながら、ふと手を止めると、静かにグラスを置き、カクテルを作り始めた。
「星に願うこと、それはある種の儀式のようなものです。」
カインは淡々とした口調で言葉を続けた。
「このカクテル『Stellar Wish』は、願いを込めた者がその思いを最後まで抱きしめるための一杯です。たとえ運命に逆らえなくても、その願いを全うする力を与えてくれるものです。」
リュカはそのカクテルを注ぎながら、男性に語りかけた。
「願いは、それを抱える者の心の強さを試すものです。しかし、最後にその願いを胸に刻み、向き合うことで、どんな結末も受け入れやすくなるのかもしれません。」
男性は少し驚いたようにカクテルを見つめ、ゆっくりと手に取ると、一口飲んだ。その瞬間、彼の目にわずかな輝きが宿った。金色の瞳の中に、何かが揺らぎ始めたようだった。
「これは…」
男性は目を閉じ、深い息をついた。
「不思議だ。このカクテル、ただの飲み物ではないような気がする。まるで、私の心の中にある願いを、星と繋げてくれるような感じがする。」
リュカは微笑みながら、
「それがこのカクテルの力です。願いが叶うかどうかは分からない。ですが、その願いを抱き続け、最後まで自分の心を大切にすることが何より重要です。」
カインは無言で、少しだけ表情を和らげながら言った。
「願いは、強く持ち続けることで、最終的にその意味を理解できるようになります。たとえその願いが叶わなくても、その過程があなたを強くするはずです。」
男性はしばらく黙ってカクテルを飲みながら、その言葉を噛みしめるように感じていた。
そして、しばらく後、彼はゆっくりと顔を上げ、微笑みを浮かべた。
「ありがとう…。もう少し、願いを大切にしてみます。」
リュカは優しく頷きながら答える。
「どんなに小さな願いでも、それを抱きしめて生きることができれば、それこそが最も大切なことです。」
男性は立ち上がり、軽く頭を下げると、店を後にした。
ドアが閉まる音が静かに響き、その背中が外の夜の世界に溶け込んでいった。
カインはグラスを拭きながら静かに言った。
「星の命とともに生きる者が、最後に願うのは、やはり自分の心の中に残る一つの想いなのだろうな。」
リュカはその言葉を聞き、穏やかに微笑んだ。
「願いを込めることができる心が、最も大切なのかもしれませんね。」
店内には再び静けさが広がり、外の夜空に瞬く星々が、その静寂を見守っているかのようだった。