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某日 ポートマフィア
〜太宰の執務室〜
とても失望したような様子で太宰は男に冷たく言い放った。
『はあ……君は本当に使えないね。
私をどれだけ失望させたら気が済むのかな。 』
そして鈍い音が響き同時に引き攣ったような低い喘ぎが漏れた。
鈍い音は数分続いた。太宰は罵倒もしていたが男は痛みでそれどころではなく耳には入らなかった。
そしてまた傷が増えた。
痛々しく腫れ上がった傷跡 に炎症が落ち着き瘡蓋になっていた古い傷跡。
身体中に刻まれたこの痕跡は数年あっても消えないだろう。
まるで呪いだった。
傷が痛むたび、いつもあの人を思い出した。
嫌いな相手を四六時中思い出さなければいけないのだからとても苦しいものだった。
最近では小さいミスが減り、太宰から虐げられることも減っていたのに任務でミスをしてしまった。 せっかく傷が治せそうだったのに。
男が悶える様子に不快物質を見るような眼差しで見下ろす太宰。
『……まったく。体躯は良いくせにもう死にかけじゃないか。だらしないなぁ。 』
『他の幹部ならとっくに捨てているよ。
君みたいな出来損ないをわざわざ手元に置いて指導してあげている私の慈悲深さに少しは感謝してほしいものだね。』
表情こそ変わらなかったが先ほどよりも声色が優しくなったように錯覚した。
男にとってはその太宰の言葉はとても不愉快だった。虫唾が走る。
痛めつけ、踏みにじり、一生涯残り続ける呪いを刻みつけておいてよくもそんな言葉が出てくるものだ。
自分を『救ってやっている聖人』だとでも思っているのだろうか?
そして気づけば反抗的な眼で太宰を見上げていた。
満身創痍の身体でそんな視線を向けるのが危険だということくらい本当は分かっていた。
それでも視線を逸らせなかった。
その表情を見て太宰はぴたりと動きを止めた。
不快感を露わにするわけでもなく、声を荒らげるわけでもない。ただ冷え切った眼光で男の瞳の奥をじっと見下ろしてくる。
その無機質な瞳に見つめられた瞬間、執務室の空気が凍りついたかのように重くなった。
男も背筋に氷を突きつけられたような悪寒に襲われ、息を詰めた。
怒りに任せて挑発的な視線を向けてしまったが、目の前にいるのは気まぐれに人を殺めるポートマフィアの最年少幹部だ。頭に上っていた血が一気に引き、途端に全身の傷口が跳ねるように痛み出す。
そして床に滴る自分の血の匂いが、急に鼻腔をついた。
この瞬間 猛烈に後悔した。
これは間違いなく殺される。
生存本能が警鐘を鳴らし、全身の毛穴が開くような恐怖に身をすくませた。先ほどまでの反抗心はどこへやら、太宰の視線ひとつで喉が引き攣り、まともな呼吸すらできなくなる。
客観的に見なくとも理解していた。
ものすごくみっともない姿だ。
そんな無様な怯えをあざ笑うでもなく、太宰はただ静かにゆっくりと男の前で膝を折った。
痛む体を強引に起こすように、冷たい指先がモブの顎を掴み上げる。
『へえ……そんな眼もできるんだね』
太宰の唇から漏れたのは低く一切の温もりを削ぎ落とした声だった。
顎に食い込む指の冷たさが皮膚を通して骨まで染み込んでくる。
至近距離で対峙する最年少幹部の瞳には光などどこにも存在しなかった。
ただひたすらに深く、底のない闇のような黒。そこに映っているのは恐怖に怯え、血と汗に塗れた己のみっともない姿だ。
床に額をつければ、いつものように済むかもしれない。
(──冗談じゃない)
恐怖が消えたわけではない。殺される恐怖で喉は引きつり、膝の震えだって止まらない。
けれど、涙で滲む視界の向こうにいるこの男にだけは、絶対に屈したくなかった。
怯えの奥に固い執着を宿した男の瞳を見て、太宰は小さく目を細めた。
『……ふうん』
冷淡な声とともに顎を掴んでいた手が不意に離される。
支えを失った身体が床へ倒れ込むのと同時に太宰は関心を失ったのか踵を返した。
『つまらないね。殺す価値もない
明日までにその汚い血を片付け給え。』
パタン、と静かな音が響き、扉が閉ざされる。重い扉が閉まる音を聞きながら、床に伏せたモブの拳が血が出るほど強く握りしめられた 。
所詮泥臭い悪あがきだ。
されども必ずあの人に屈辱的な目に合わせると決意した。
─次回─
最年少幹部、分からせ♡