彼女の口から、霞のようなありがとうを何度も聞いた。今は不思議と彼女の気持ちの全てが分かった。夕焼けはとうに消え去り、私達はただ駅で、12時を待った。
私達は今この瞬間にも、一つになろうとしているのだろう。12時が私たちにとっての最後の時間なのだということを、私は知らないはずだった。しかし彼女が知っていれば、それは私が知っていることを意味した。なぜなら、私達は一つになろうとしているのだから。
彼女は噛み締めるように、心の奥底からのありがとうを何度も呟いた。
その時が近づいて、そのありがとうはいつしか聞こえなくなり、私は一つになれた幸せと深い悲しみの狭間で、ただひたすらに、短すぎて長すぎる優しい時間を抱きしめた。
次の日の朝、私の中に彼女はいた。話をすることもできないが、確かに彼女がいることは分かった。まるでダウンロードされたデータのように、彼女の見てきたこと、経験した感情、その全てが鮮やかに入っていた。その全てが、まるで私が経験したことのように、なんの不自然もなくて、、、。
だから、彼女が私に会うためにしてきたあらゆることを、全て理解した。理解したからこそ、私はどんな言葉にも変えられない感謝を彼女に抱いた。
私に捨てられた時の彼女の中には、孤独しかなかった。その孤独が、私と彼女の間に引力を生み出した。彼女はその引力で、どのような手を使ってでも私の元に辿り着くことを決意した。
彼女は全身全霊をかけて、私達が置かれた状況を把握しようとした。私では、何かが足りないという解釈しかできなかったこの世界を、彼女は理解し、どこまでも私達が一つになるその時のためにつくした。
父との死別の際に分裂した彼女の霊魂は、別のパラレルワールドに放り出された。捨てられた彼女は、捨てた私よりはるかに強い感情を持っていた。そして、彼女は様々な研究の末その状況を理解し、更にその分かれた世界同士が、誰かを思う強い感情で結びつく可能性があることも知った。感情による万有引力が、パラレルワールド間で起き、別の世界線同士を引き合わせることも知っていたのだ。そして未来、お互いに強い感情を持つ我々が引き合い、一つになることも、、、。
そして、我々が初めて会ったあの日につながっていく。全ては彼女の計画だった。たまたま出会ったかのように振舞っていた彼女は、何年もその時を待っていた。あの時をずっと待ち望んでいた。
あの夏の短い日々を、決して忘れることはないだろう。この先幾年も続くであろう私の空洞を彼女は満たして、溢れさせた。人を思う強い感情が起こした奇跡を、他の誰も知ることはない。だからこそ、あの夏は何よりも私を照らし続けている。誰に教えることはないだろうし、教えたくもない。私はそんなかけがえのない経験を、ずっと抱きしめている。
終
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ありがとうございます!!!