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かんな
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――半年後。
イソトマは、自分の部屋に走った。
「ただいまー! 式の日取り、決まったよ。来年だって!」
「おぉ~」
イソトマの部屋でベタ塗りしていたアルエとディルクが顔を上げた。
「それじゃ、来年のアスランズは一年間、お祭り騒ぎですね」
アルエの表情がワクワクしている。
「第一王子の結婚式だからね。色々楽しみだね!」
一年間、儀礼から祭祀からパーティまで、色んなルシリリを拝める。
まさに推しのための一年だ。
「ここまで漕ぎつけるの、大変でしたもんね」
アルエがしみじみと零した。
イソトマとの婚約解消までは、あっさりと進んだルシアンだったが。
孤児院出身のリリーと第一王子との婚約を、貴族院に納得してもらうのに苦労していた。
「しかし、ルシアン様はやり遂げられたな。同じ男としても、格好良いと思ったよ」
ディルクが、感慨深く頷く。
貴族院を説得し、国王に承認を得て、国民に大々的に婚約を発表した。
(まるでゲームのストーリーを読んでいるみたいだった)
イソトマの目から見ても、ルシアンは格好良かった。
「僕もちょっとは役に立てたかな」
「イソトマ様の存在は、かなり大きかったと思いますよ」
アルエが鼻息荒く肯定してくれた。
アルシュタイン家はイソトマの発案でリリーの後見人になった。書類上、リリーとは兄弟になる。
「アルシュタイン家の存在があったからこそ、口を噤んだ貴族は多かっただろうな」
ディルクにも褒められた。
照れくさくて、イソトマはモジモジした。
「推しの幸せのためなら、なんてことないよぉ。お陰で来年の僕が幸せになるぅ」
そんな紆余曲折や苦労を経て、ようやく漕ぎつけた二人の結婚式だ。
「来年はいっぱい漫画描けちゃう。イラストも描けちゃう」
最近、アルエが辺境伯である父親の自治領から鉛筆と消しゴムを取り寄せてくれた。そのお陰で、ネームが切り易い。水彩絵の具でカラーイラストも描くようになった。
「そういえばさ。アルエの小説の挿絵、次はカラーにしようよ」
「いいんですか?」
最近のアルエはルシリリだけではなく、色んな恋愛小説を書いている。
件の同人誌が評価されて、一般の出版社から依頼を受けて執筆もしている。
アルエ立っての願いで、表紙や挿絵はイソトマが描いていた。
「出版社からカラー希望あったよ」
「太っ腹ですねぇ。ありがてぇ」
アルエの顔が嬉しそうだ。
「次の個人誌もさ。セインの印刷所だとね、カラーも白黒も同じ魔法印刷なんだって。折角だし、次もカラーにしよう!」
「いいですね、やったー!」
アルエと手を握り合って小躍りする。
「そうだ。イソトマ、Gペンは大丈夫か?」
ディルクが顔をひきつらせた。
Gペンは使い続けると先が割れるらしい。使ったことがなかったので知らなかった。割れたら先だけ変えるのだそうだ。
「あれね、中津公国の職人さんが、先だけ送ってくれるらしい」
「そうか、それなら安心だな」
ディルクが、ほっと息を吐く。
ダメ元で連絡してみたら、格安で売ってくれた。キャラバンで買った値段が高すぎたらしい。ボラれたイソトマを可哀想に思ったようだ。
「来週には届くんじゃないかな。中津公国ってアスランズからだと遠いからねぇ」
中津公国は、間にコナハト皇国を挟んだ、ずっと東側の国だ。輸送にも時間がかかる。
一先ず、もう一本のペン先が潰れないように、大事に使うことにした。
「それで、御二人はいつ結婚式、するんです?」
アルエがオタク語りの延長で結婚の話を振ってきた。
「……え?」
イソトマとディルクは同じような顔で同じような反応をした。
「いつ、っていうか」
両家の間では割と円満に婚約まで進んでいる。肝心の婚儀は、具体的な話をしていない。
ルシアンとの婚約を勝手に破棄したイソトマを、父親は責めなかった。
好きな人がいると打ち明けたら、喜んでくれた。
(僕は両親に恵まれている)
王族との婚約解消なんて、普通なら半狂乱で怒ってもおかしくない事態だ。それを、両親は受け入れてくれた。
これからは両親を大切にしようと、イソトマは胸に誓った。
「結婚は、しばらく先でいいんじゃないか。今はまだ、自由に漫画を描いていたいだろう」
「結婚したら、描けなくなる?」
ショックな心持で、ディルクの前に座り込む。
「そうではないけど。当主になれば仕事も増える。アルシュタイン家は大家だ。今のような自由は難しいだろう」
「それは、まぁ、そうだね」
アルシュタイン家を継ぐのはイソトマだ。故にディルクの婿入りが決まっている。家を継げば、忙しくて漫画どころではなくなる。
「もう少し、このままがいいな」
「俺も、そう思うよ。イソトマと二人きりの時間も大事だ」
ディルクの唇が近付く。触れるだけのキスをする。
さりげなく、いつでも触れられる距離にいられるのは、嬉しい。
「えへへ」
「ん、続き描くか」
「うん……あれ? アルエがいない」
いつの間にか部屋からアルエの姿が消えていた。
「書置きがあるな」
メモ書きを、ディルクがイソトマに見せた。
『セインさんの印刷所にお使いに行ってきます。イチャイチャしていいですよ』
ぶわっと顔が熱くなった。
最近は、ディルクとうっかり良い雰囲気になるので、アルエに迷惑をかけている。大変申し訳ない。
「イチャイチャしていいって」
「じゃぁ、お言葉に甘えようか」
ディルクの腕に囲われて。顎を撫でられる。上向いた顔に唇が降ってきた。
甘い熱が、唇の粘膜に溶ける。
(こんな風にキスすると、離れるのを忘れちゃう)
くっ付いているのが心地良くて、もっとくっ付いていたくて。
ディルクの胸にもたれたら、肩を抱いてくれた。指先の熱まで愛おしい。
「んっ……」
ディルクの指がイソトマの頬をしきりに撫でる。
「可愛いな、イソトマ」
「ぅん」
すぐにまた唇が重なった。
(言葉も唇も、甘い)
婚約する前よりディルクは甘くなった。
そういう言葉を聞くと、イソトマの想いも溢れる。
「ディルク……好き」
「愛してるよ、イソトマ」
言葉は噛みつくようなキスに食われた。
(僕も、もっと好きって伝えたいのに、狡い)
ディルクばっかり愛しているというのは狡い。
そう思うのに、もっと唇を重ねていたくて、口付けを深める。
(離れちゃうの、名残惜しい)
ちゅっと音を立てて唇が離れる。
互いに腕を手繰り寄せて、抱き合った。離れている場所がないくらいに、ぴたりとくっ付き合う。
(これからも、こんな風に、寄り添い合って生きていく)
ディルクとだったら、そういう生き方ができる。
小さな幸せを積み重ねて、絆を繋いでいける。
そんな今を愛おしく感じながら、ディルクの熱に酔いしれる。
「ねぇ、ディルク。漫画描こう。ルシアンとリリーの結婚式、全力でお祝いしたい」
「そうだな。アルエにも相談して、とびきりのを描き上げよう」
「うん! なにせ、推しカプが一番輝く瞬間だからね!」
愛する人と手を握りながら推しカプを語る。
イソトマにとって、これ以上ないほど幸せな瞬間だ。
(悪役令息に転生して、良かったなぁ)
イソトマの推し活生活は婚約破棄以降、公式の許しを得た。
これからも仲間たちと紡ぐ楽しいオタクライフは続いていく。
コメント
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ああ、もう、このエピソードずっと頬が緩みっぱなしでした……! イソトマとディルクの距離感が自然で、書置き残して去るアルエの気遣いにも笑っちゃいました。推しカプの結婚式を全力で祝おうって手を握り合う二人、最高です。「悪役令息に転生して、良かったなぁ」って思える今があるのが本当に尊い。次のエピソードも楽しみにしてます!