テラーノベル
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一、序章
造花は枯れない。
水も要らない。陽も要らない。
ただ、そこに在り続ける。
本物よりも綺麗だと、誰かが云った。
枯れないことは、救いだと。
触れた指先に、何も残らないことを知りながら。
それでも人は、失うくらいなら偽物を抱く。
――枯れなければ、きっと壊れもしないと信じて。
2、中原中也
俺は太宰に続いてポートマフィアを抜けた。
武装探偵社に入ってからの生活は、驚く程静かだった。
銃声も、悲鳴もない。硝煙の匂いも、鼻をつく血腥さも。
机の上には書類と珈琲の匂いが漂い、窓の外では、子どもの笑い声がする。
最初は眠れなかった。静かすぎたからだ。今は、もう慣れた。
太宰はソファに寝転びながら書類を弄んでいる。
「中也〜これ、代わりにやってくれないかい?」
「断る、手前でやりやがれ」
即答すると、太宰は少し目を細めた。
その仕草が癪に障って、舌打ちを一つ投げる。
国木田の怒鳴り声が飛び、廊下を足音が駆け抜ける。
誰も死なない一日が、当たり前みたいに終わっていく。
夕方。
窓際に立つ太宰の横顔を見た。
橙色の光が、包帯の白を柔らかく透かしている。
輪郭が、薄い。消えそうで、目を逸らせない。
引き止めるみたいに、声をかける。
「…何見てンだ」
「別に?」
振り向いた顔は、いつも通り笑っている。
けれど、その影が、やけに薄い気がした。
気の所為。そう、思うことにして視線を落とす。
机に置かれた珈琲が、冷めていく。
太宰は中也のカップに砂糖を入れた。
「甘すぎる」
「知ってる」
太宰は笑った。
「でも君、苦いの嫌いだろう」
湯気の消えかけた珈琲に指先が触れる。甘い。
太宰は砂糖を二つ、自分のカップに落とした。昔より、少ない。
太宰は何も云わず、飲み干した。
その音だけが、やけに確かで、小さく息を吐いた。
――続けばいい、と考えて珈琲を一口。
「….甘ったる」
3、中原中也
「全部、君の望んだ景色だよ」
軽い声音だった。太宰の口から滑らかに言葉が紡がれていく。
「武装探偵社も、あの平和も。君が望んだから、見せてあげただけだ。」
言葉が遅れて届く。
「私がポートマフィアを離れた後、君は部屋から出なかった。だから、少し細工をした」
間が落ちる。
音はない。喉が、焼ける。
「…どう、して」
「君は濁らなかったから。それだけ」
太宰は踵を返した。足音が遠ざかっていく。
止める言葉は出ない。
部屋の空気が、どんどん沈んでいく。
夢だったのか。それとも、今が夢なのか。
机も、椅子も、壁も、どれも触れればあるのに、どこか輪郭があわない。
拳を握りしめると、指先が白くなる。
視線はまだ、見つめている。開くはずのない扉を。
――まだ、閉じない。
4、太宰治
街は沈黙している。人の気配は全くない。
建物は傾き、道路は裂け、空は煤けている。
風だけが、瓦礫を撫で、剥き出しの鉄骨を揺らしていた。
「太宰」
振り向くと、全身を血に濡らした中也が立っていた。
瞳だけが、青く澄んでいる。
「壊しゃァいいと思ったンだ、」
どこか上の空で呟く中也。
「….全部壊せば、理由なんて無くなるだろ」
それを聞き、僅かに目を細める。
「随分と大胆だね」
「俺のものになれ、太宰」
単純な要求。
「俺から離れンな、俺以外なんか見なくていい」
中也の持つナイフが鈍く光る。手は震えていない。
「…私はね、美しいものは愛す主義なんだ。君は綺麗だ、世界で一番と云ってもいいくらいに。」
その世界は君が壊してしまったけどね、とは云わず。
一歩、近づく。
「でも、私は君を愛さない」
沈黙。長い、静かな間。
中也の喉が動く。
ナイフが、僅かに揺れる。
「刺せばいい。」
笑う。
「今ここで」
数秒の静寂。
金属音が、乾いて響いた。刃は、瓦礫の上で静止している。
中也は俯いたまま動かない。呼吸だけが、僅かに乱れている。
「….莫迦、みてェだ」
中也はそう小さく呟いた。力が抜け、膝から崩れ落ちる。
私は暫く、それを見下ろしていた。
「安心して。まだ、飽きていない」
しゃがみ込み、顔を覗き込む。中也に向かって手を伸ばした。
触れるはずのなかった指が、血に触れた。
その赤を、ほんの一瞬だけ見つめる。
指先が、僅かに震えた。
風のせいかもしれない。
「……..君は、綺麗だね」
それが何に向けた言葉なのか、自分でも分からないまま、瞬きを一つ。
「でもね、君が私を殺せたなら。それはそれで、面白い」
立ち上がり、口を開いた。
「さあ。次はどう壊れる?中也」
いつものように、笑う。
風が吹く。
中也はまだ、立ち上がらない。
5、エピローグ
造花は枯れない。
水も要らない。陽も要らない。
ただ、そこに在る。
触れても、何も残らない。壊しても、血は出ない。
瓦礫の街に、風が吹く。
名を呼ぶ声はない。怒号もない。
静かだ。
造花は枯れない。だから――
もう二度と、咲かない。
コメント
1件
読み終えました。静かなのにすごく重い……。「造花は枯れない」という冒頭とエピローグでしっかり円環している構成、美しくて切なかったです。特に3章の「全部、君の望んだ景色だよ」の台詞がぐっときました。最初は平和な日常にほっとしていただけに、あれが細工だったと知った時の中也の心情を思うと胸が詰まります。中也が刃を落とす場面も、お互いの執着と距離感が滲んでいて惹き込まれました。
田岡
25
#文スト病み