プロローグ𓂃◌𓈒𓐍
夜の十一時。
真っ暗な寝室で、スマホから放たれる四角い光だけが俺を照らしている。
寝る前に、その日に撮り溜めた写真を選定して、匿名アカウントにアップロードするという作業を始めて約二ヵ月が経った。
フォローをフォロワーも0で、アイコンはグレーのデフォルト画像のままの捨てアカウントだ。
完全に自分の記録用として作ったこと場所で、俺は今日も、明日の自分へ向けて大切な記憶を繋ぎとめる。
「これにするか……」
選んだのは、綺麗なベージュカラーの髪を風になびかせている男子高校生が、勿忘草を摘んでいるうしろ姿の写真だ。
この写真に添えるひとことを、一度スマホを腹の上で伏せてじっと考えてみた。
そのまま目を閉じると、勿忘草の淡い青色が、滲んでくる。
青い絨毯を広げたような景色、花の甘い匂い、肌を撫でた柔らかな風、毛布のように優しい体温。
彼と過ごした今日を、静かに、大切に、ひとつひとつ回想する。
気づいたら、目の端から耳にかけて、一筋の涙が溢れていた。
この写真を見て思い浮かんだ言葉は、たった一行。
【なにひとつ、忘れたくない】
手の甲を額に置いて、涙で揺れる天井を眺めながら、嗚咽をかみ殺した。
もし、人生でたったひとつ願いをかなえてもらえるのなら、俺は間違いなくこう唱えるだろう。
___明日、君が記憶の中からいなくなっていませんように……、と。
𝐍𝐞𝐱𝐭 第一章-冬の出会い
コメント
2件
めっちゃ好き…。 次も楽しみにしてるっ