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時也は
ゆっくりと語り始めた。
穏やかな声色
けれど⋯その声音の何処かに
滲むような哀しみが宿っていた。
「彼女の名前は
アリア・ミッシェリーナ。
僕の妻であり
不死鳥という神をその身に宿す
魔女の一族の末裔です」
「⋯⋯不死鳥⋯魔女⋯⋯?」
耳にした言葉の一つ一つが
現実味の無い響きだった。
レイチェルの頭は
理解が追い付かず
徐々に思考が混乱していく。
(⋯⋯何を⋯言ってるの?)
だが
時也の声は不思議と耳に馴染み
その穏やかな語り口が
混乱をほんの少しだけ和らげていた。
「不死鳥は本来⋯光の神なのですが」
時也は続けた。
「その強すぎる光ゆえに
また生じる闇も
濃くなってしまいます⋯
闇に魅入られた不死鳥は
500年程前⋯魔女狩りを引き起こしました」
「⋯⋯魔女狩り?」
レイチェルは
乾いた声で呟いた。
「不死鳥は教会の人間を唆し
魔女を襲わせ
憎しみの連鎖を広げようとしたのです」
時也の言葉が
遠い昔の出来事を語るように
ゆっくりと紡がれていく。
「ですが⋯⋯
魔女達は人間の扱う炎では 死なない」
「⋯⋯え?」
「魔女とは
貴女のような能力を持った者達の事です」
「⋯⋯私の、ような⋯?」
その言葉に
レイチェルはハッとした。
「魔女とは⋯
本来は人と変わらぬ存在です。
けれど、貴女のように
特別な力を持つがゆえ
忌み嫌われ⋯迫害されたのです」
「⋯それじゃあ⋯⋯」
「人間達は⋯
そんな魔女達を殺す為
彼女⋯アリアさんに目を付けたのです」
「⋯⋯アリアさんに?」
レイチェルの瞳が揺らいだ。
「アリアさんの一族を捕らえ、人質にし
彼女自らの手で不死鳥の業火を用いて
魔女達を殺させたのです」
「⋯⋯っ!」
胸が苦しくなった。
あの美しい女性が
そんな過去を抱えているなんて⋯
「⋯⋯同胞を手に掛けた彼女の絶望は
深いものでした」
時也の声が
より低く
静かな響きを帯びる。
「その絶望に⋯
不死鳥は味をしめてしまったのです」
「絶望の⋯味?」
「ええ⋯⋯
不死鳥は⋯彼女の苦しみと悲しみが
深ければ深い程
より強く燃え上がるのです」
レイチェルの手が
無意識にシーツを握り締めた。
「不死鳥は
アリアさんの絶望をさらに深める為
教会に秘密裏に炎を授け
今度は彼女の一族までをも殺させました」
「⋯⋯酷い⋯っ」
「殺された魔女達は⋯⋯
どれ程の無念を抱えた事でしょう。
信頼していた筈の彼女に
焼き尽くされたのですから⋯⋯」
「⋯⋯っ」
レイチェルの喉が詰まる。
「あの日、魔女達が焼かれた時
その魂は不死鳥の業火に⋯呪われました」
「⋯⋯呪い?」
「不死鳥の業火で焼かれた魂は
転生しても尚
怨みに苛まれ続けるのです。
転生者達は
何も知らないまま アリアさんを憎み
報復の衝動に駆られてしまう⋯⋯」
「⋯⋯だから、私⋯」
あの時
ナイフを振り下ろしながら
喉を突いて吐き出された言葉。
「何故です……何故っ!
私達を、裏切ったのですかっっっ!!」
自分でも理解できなかった
その言葉の意味が
漸く繋がった。
「⋯⋯だから決して
貴女は自分を責めては⋯いけませんよ?」
優しく背を摩る時也の手が
温かく感じた。
「でも⋯⋯」
「貴女の心が⋯
望んだ訳では無いのです。
魂に刻まれた苦しみが
無意識に貴女を追い詰めたのですから」
そう言って
時也は小さく息をついた。
「不死鳥は本来
光の神として存在するべく
500年に一度
魔女の手により討たれ
産まれ直し
闇を祓わねばなりません」
「⋯⋯産まれ直し?」
「はい。
僕は⋯その為に⋯⋯」
時也の瞳が
何処か遠くを見るように
細められた。
「⋯⋯彼女を
不死鳥の呪縛から解放する為に
現代の魔女の転生者を
集めているのです」
レイチェルは
その言葉の意味を咀嚼できないまま
時也の顔を見つめた。
その柔らかな笑顔の裏に
哀しみの色が混じっていた。
「⋯⋯⋯」
胸が重苦しい。
言葉にできない痛みが
じわりと広がっていくのを感じながら
レイチェルはただ
彼の瞳を見つめ続けた。