テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

レイチェルは

震える手で

心を落ち着けようと

湯呑を口に運んだ。


湯気がふわりと上がり

ほのかに香ばしい茶の香りが

鼻を擽るくすぐ


口に含めば

舌に染み込むような

柔らかな渋みと

心が落ち着くような

温かさが広がった。


アリアの過去。


時也の話を聞きながら

レイチェルは湯呑を持つ手を

ゆっくりと膝の上に下ろした。


それから暫くの間

レイチェルは

その湯呑を指にかけたまま

全く動かせなくなっていた。


今なら──わかる。


胸の奥で

何かが静かに軋んだ。


信じていたアリアに殺された

前世の絶望の記憶。


アリアを刺した時に

激しく流れるように感じた


悲しみも

苦しみも

憤りも──


どれもが

確かに自分のものでは無い筈なのに


まるで自らが

その劫火ごうかに灼かれる感覚を

味わったかのように

痛みが心に刻まれていた。


「⋯⋯時也さん」


レイチェルは

意を決して口を開いた。


「私にも⋯⋯

あなた方のお手伝いを

させてください──っ!」


震える声が

絞り出すように漏れた。


「⋯⋯いえ

しなきゃいけないんです!

私の持っている力は──っ」


何処か罪の意識に似た焦燥感が

喉に引っ掛かる。


レイチェルは俯き

湯呑を握りしめる指先に

力を込めた。


「存じ上げております」


時也の穏やかな声が

思いがけず早く返ってきた。


「⋯⋯え?」


顔を上げると

彼の鳶色の瞳が柔らかく細められた。


「貴女の力は

そのお姿を変えられる事⋯⋯」


「⋯⋯何で⋯知って⋯⋯?」


静かに語られる言葉に

レイチェルは息を呑んだ。



「きっとその力で

前世の貴女は⋯⋯

魔女達をずっと

人間の脅威から

護ってきたのでしょうね」


「⋯⋯え⋯?」


呆然とした声が漏れた。


レイチェルは

ずっと──


この力が〝 呪い〟だと思っていた。


気紛れに顔が変わり

気付けば

自分の本当の顔すら思い出せない。


誰とも深く関われず

何者でもない存在として生きてきた。


それなのに──


「⋯⋯護る為の、力⋯⋯」


時也の言葉が

胸の奥にそっと落ちた。


何処かに張り付いていた

黒い染みが

溶けて消えていくような感覚だった。


ー自分は⋯⋯もしかしたら

誰かを守る為に

生まれたのかもしれないー


その思いが

初めて自分の存在に

価値を与えた気がした。


「──っ、ありがとうございます」


ぽつりと零した声は

驚く程に静かだった。


「⋯⋯でも⋯」


レイチェルの視線が

知らぬ間に下へと向いていた。


あの紙。


喫茶店でソーサーの下に挟まれていた


『あなたの仲間は近くにいる』


と記された紙の事が

今さらながらに頭に浮かぶ。


誰にも言わなかった筈の不安が

どうして知れたのか。


それだけではない。


今こうして

言葉にしようとした思いを

時也はまるで見抜いていたかのように

先回りするように答えていた。


ーもしかして⋯ー


「⋯⋯時也さん

もしかして、あなたは⋯⋯」


言いかけたその瞬間──


「⋯⋯はい」


時也は

柔らかい笑みを浮かべたまま

静かに頷いた。


「お察しの通り

僕には人の〝心が読めます〟」


「⋯⋯っ!」


言葉を失い

レイチェルは唇を噛んだ。


ー人の心が読めるー


知られていたのだ。


自分が何を考え

何に怯え

何に苦しんでいるのかを。


「僕はこうやって

悩みを解決し

噂を流し

孤独に迷う

魔女の魂を宿した方々を

集めているのですよ」


時也はまるで

日常の何気ない話でもするかのように

静かに語った。


「⋯⋯噂を?」


「はい⋯⋯

喫茶桜に来る方々が

店の中で〝悩み〟を強く願った時

僕はその想いに耳を傾けるんです」


「──っ」


喫茶店に不釣り合いな程

しっかりと施された防音措置。


あれは──


もしかしたら

店内の人間の

心の声を拾う為に

施されたものだったのだろうか?


レイチェルの指が

無意識に震えた。


言わずとも伝わる思考。


心の中を覗かれているような

この妙な感覚。


(どの程度⋯心の声が⋯⋯伝わるんだろう?)


言い知れぬ不安が

再びレイチェルの背筋を駆け上がる。


「⋯⋯怖がらせてしまい

申し訳ございません。

貴女の恐れも困惑も⋯⋯

全部⋯⋯伝わっていますよ」


不意に

時也の手が再び背を撫でた。


その温かさは

まるで迷子の子供をあやす親のような

穏やかな温もりだった。


「ごめんなさい。

僕はただ⋯⋯

アリアさんを助けたいだけなんです」


その言葉が

どこか寂し気に聞こえたのは

きっと気の所為では

無いのだろう。



「はっ──!」


不意に響いた声は

皮肉めいた抑揚を帯びていた。


次の瞬間

音もなく窓が開き

ふわりと何かが飛び込んでくる。


レイチェルの目は

飛び込んできた影を捉えた。


あのウェイターだ。


ダークブラウンの

癖のある髪を跳ねさせ

琥珀色の瞳を細めた

ぶっきらぼうな男。


「よく言うなぁ⋯⋯時也?」


男は窓の縁に片足を掛け

もう片方の足は窓の外で──


まるで其処に床でもあるかのように

安定した姿勢をとっていた。


風に吹かれるカーテンが

彼の後ろで揺れ

窓の外には月が鈍く光を放っていた。


レイチェルは

その窓の向こうに目をやり

思わず息を呑んだ。


(⋯⋯こんな高さ

外から窓を乗り越えて来るなんて⋯⋯)


ー有り得ないー


窓から見える景色は

割と高さがあるように見える。


見える街灯の様子から

此処が一階では無い事は

明らかだった。


(⋯この人、今⋯⋯飛んだの?)


思考が追いつかず

言葉が出ない。


「まだ嬢ちゃんが⋯⋯

記念すべき〝第一号〟だろうが?」


男は口の端を釣り上げ

皮肉めいた笑みを浮かべていた。


「貴方⋯⋯

女性の部屋に入る時は

ちゃんとノックと

お伺いをたてるものですよ?」


時也が深くため息を吐きながら

溜め息混じりに言う。


「礼儀の躾直しが⋯⋯必要ですね?」


レイチェルは

そんな二人のやり取りを

呆然と見つめた。


「──はいはい」


男は面倒くさそうに

手をひらひらと振った。


「どーせ俺は

躾もなってねぇ

野良犬様ですよっと」


口調は軽く

投げやりな言葉の端々に

何処か不機嫌さが滲んでいた。


「店の血溜まり

掃除終わったから

アリアと青龍を迎えに来てやったぜ」


男が投げかけた言葉に

レイチェルの呼吸が止まる。


血溜まり──


さっきのあの惨劇を

何とも思わないかのように

男は当然のように口にした。


ー掃除終わったー


その言葉が

あの出来事が夢ではなく

紛れもない現実であった事を

突きつける。


男の服の端々には

点々と赤黒い血の痕が

こびり付いていた。


乾いて黒ずみ

部屋に既に

鉄臭さが漂い始めている。


(⋯⋯やっぱり、あれは⋯⋯っ)


夢ではなかったのだ。


傷ひとつ無いアリアの存在で

忘れかけていたが⋯⋯


掌に蘇る──

ナイフを握った感触。


肉を裂く嫌な音と

指先にまで伝わる

血のぬるりとした感触。


喉の奥が苦くなり

胃が軋み出す。


(⋯⋯私⋯本当に⋯彼女を⋯⋯刺した)


レイチェルは

言葉にならない声を飲み込んだ。


自分の手で

彼女を刺したのだ。


目の前の男の服に

染み込んだ血は

その事実を残酷に物語っていた。

紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

401

コメント

1

ユーザー

語られた、千年の孤独と絶望。 不死鳥に囚われた彼女の痛みは、誰にも癒せない。 ただひとり、救おうとする者がいる限り── 運命はまだ、静かに燃え続けていた。

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚