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無防備にも砂浜で遊ぶアーシャは、いきなり背後から強い衝撃を受けた。そのままうつ伏せに倒れてしまい、口や鼻に砂が入り込む。
何事かと慌てて首を捻ると、そこにアーシャを突き飛ばした犯人がいた。
「なに……するのよシオン!」
「襲われそうだったから助けたんだよ! よく見ろ!」
シオンは刀で竜人の咬みつきを受け止め、左手でその首を抑え込んでいる。アーシャの首筋に咬みつこうとしていたところを、寸前で防いだのだ。
しかし竜人もこの程度でダメージを受けた様子がない。鋭い歯で刀を挟み、右手を振り上げて爪でシオンを切り裂こうとした。大きな予備動作だったので、シオンも冷静に対処する。膝蹴りを竜人の腹に叩き込みつつ、反作用で跳び下がった。膝蹴りで顎の力が緩んだお蔭か、唯一の武器である刀も引き抜けている。
「何よあれ。どういうこと?」
「竜人だ。知らないのか? 赫竜病の慣れの果てだ」
「人間なの!?」
「元はな」
会話をしている間にも竜人は襲ってくる。人外の膂力から繰出される攻撃は、ただの殴打ですらコンクリートを砕く。流石のシオンでもまともに受けるわけにはいかず、だからといって躱すこともできない。躱せば背後にいるアーシャに当たるからだ。
そこでアーシャを抱えて横に跳んだ。
「ちょっと放しなさいよ!」
「それどころじゃないって。おい、暴れるな!」
竜人の動きは速く力強いが、本能的な行動がほとんどだ。冷静に見極めれば回避は容易い。竜人に慣れているシオンならば反撃もできる。
しかしアーシャを抱えたままではそれも難しい。
なんとかして彼女を離れた場所に連れていきたいが、竜人は逃がしてくれないだろう。シオンの中に焦りが募る。避けきれずに何度か刀で防いだが、その度に折れた刀身が軋んだ。
「下手くそ」
「うるさい。一人なら何とかなってる」
「何よ! 私は邪魔なの!? だったら私なんて放っておきなさいよ!」
「ああもうこいつ面倒臭い」
流石のシオンこんな状態で戦い続けるのは困難だ。そして足元は固い地面ではなく柔らかく起伏の多い砂浜である。アーシャを抱えて重心が傾いていることもあり、集中を欠いた瞬間足を取られた。
「あ……」
「ちょっ……あんた!?」
砂煙を巻き上げつつシオンは倒れ込んだ。その際にアーシャは下敷きになってしまう。
こんな大きな隙を竜人が見逃すはずもなく、アーシャに狙いを定めて咬みつこうとした。ドラゴンに近くなっているせいで竜人の歯は牙のように鋭い。
(またアーシャを狙って……)
上に乗るシオンではなくアーシャに狙いを定める様は、竜の巣で見た邪龍を思わせた。勢いよく迫る竜人を止める術はなく、受け止めようとしても刀を弾かれるだけだろう。
(ならば相打ち覚悟で)
相打ちといっても死ぬつもりはない。
竜人の攻撃は急所を外して受け止め、同時に心臓を貫く。左肩に咬みつかせ、骨で受け止めた瞬間に倒さなければ噛み千切られる。一瞬のタイミングを見抜かなければならない。
しかし予想外なことが起こる。
竜人は急に動きが悪くなった。
「ゥウ……喰イタク、ナイ」
「っ! こいつ、竜人になったばかりか!」
竜人化して間もない頃は人としての理性が僅かに残っており、竜人の本能に抗う姿が見られる。隙だらけで始末するチャンスである一方、情が刃を鈍らせる。
だがシオンは問答無用で刃を振るう。
赫竜病から竜人化に移行する段階であろうと、竜人化してすぐで僅かに理性が残っていようと、シオンはその赤い刃で死という救いを与える。怪物となった人に生きる場所はない。
無情な竜人殺し故に嫌われ、避けられ、恨まれるとしても。目の前にいる少し理性を残した竜人も殺すと決めた。
(今しかない)
またここで予想外の援護も入る。
アーシャが砂を掴んで投げたのだ。それは空中でばらけたが、大部分が竜人の顔に直撃する。衝撃としては大したことがなくとも、視界を塞ぐという充分すぎる援護射撃となった。
その隙を逃すシオンではない。刀にデミオンを流し込むことで一時的な強化を施す。体内デミオンを使用したことで身体能力が少し下がったが、もう関係ない。
身体を無理やり起こして踏み込み、折れた刀で心臓を突き刺した。
「ウッ……!?」
急所である心臓さえ破壊すれば殺せるのはドラゴンと同じ。そして竜人の心臓は人間と同じである。デミオン供給機関たる心臓が貫かれたことで竜人は倒れた。
「倒したの?」
「ああ、なんとかな」
シオンは起き上がり、アーシャに手を差し出す。だが、アーシャは顔を背けて一人で立ち、体に付いた砂を払った。首輪の内側に入った砂が気になるのか、それを除くために苦戦している。ただ、その間一度もシオンの方を向くことはなかった。
どうやらまだ気を許していないらしい。
仕方なくシオンの方から声をかける。
「……勝手に動き回るなよ。危ないからな」
「ふん。心配しているつもり?」
「心配はする」
「どうかしらね? あたしを無事に帰せば報酬が増えるとでも思っているんでしょ?」
「それは……そうだが」
「もうあたしは一人で行くわ。あんたなんかに頼らないもの」
「いや、待てよ」
竜人に襲われたばかりだというのに随分と大きな態度である。彼女は海を向いてシオンのことなど知らないとばかりである。無理矢理引っ張らない限りはもう動かないだろう。
(俺としてもあまり無理矢理なことはしたくないが……)
それよりもシオンは早くここを離れなければならないということを気にしていた。キサラギにおける対ドラゴン戦術の一つとして、討伐後すぐにその場を離れるというものがある。それは連戦を避けるための戦術だ。
ドラゴンは基本的に目と耳で探知するため、無暗な戦闘音を立ててしまうのは危険だ。
だからキサラギのドラゴンスレイヤーは奇襲からの暗殺を推奨している。
そしてこの法則は竜人にも当て嵌まる。
「アーシャ、とにかくここを離れるぞ」
「嫌よ。一人で行けば?」
「そうじゃない。すぐに離れないとまた竜人が……」
「煩いわね。さっき倒したでしょ」
「違う。この砂浜には竜人が……さっきのを含めて四体いる。だからあと三体近くにいるはずだ。まずは離れて身を隠すぞ」
また襲われるとなるとアーシャも意地を張ってはいられないらしい。錆びた機械のようにぎこちない動きで首を回す。そして表情を硬くしてシオンを見つめた。
いや、彼女の視線はシオンではなく更にその後ろに向かっていた。
そして指を差し、口を開く。
「もう、来てるみたいだけど」
「遅かったか」
シオンはサッと身を翻し、刀を構える。残念ながら折れているので何とも心細い。
それに対して現れた竜人は三体だ。
三体共に涎を垂らし、砂浜に現れたシオンとアーシャという餌に興奮している様子だ。特にアーシャを見て野獣のように目をギラギラとさせている。
「後ろは海、周りに遮蔽物はなし。アーシャを連れて逃げるのは不可能か」
こうしている間にも竜人はじりじりと詰め寄ってくる。いずれは間合いに入り、その瞬間に襲ってくるだろう。
竜人殺しであるシオンも、流石に三体同時は難しい。
また戦場も悪い。
アーシャはシオンの背後から問いかける。
「逃げなくていいの?」
「……ちょっと無理かもな。逃げるのが遅すぎた」
「何よ。あたしが悪いっていうの!?」
「そんなことは言って……もういいからそこで大人しくしてくれ」
まだ互いに間合いを計っている今しかない。
シオンはポーチに手を伸ばし、Dアンプルを取り出す。一時的な能力強化を施すためのこれを使えば、暗殺ではなく戦闘でも倒せる可能性が高まる。
いや、これを使えばほぼ確実だ。
「さっきの一撃でもデミオンを消費したからな。回復と強化ついでにこいつを使う」
取り出したDアンプルを右腕に突き立て、上面のボタンを押し込んだ。内部に充填されたデミオンが体内に注入され、シオンの体内にあるドラゴンの部分が活性化する。
普通ならば過剰なデミオンにより赫竜病になってしまうほどの濃度だ。だがデミオンを外に逃がす体質であるシオンならば一時的強化の恩恵だけを受けて、余分は排除できる。そうして放出したデミオンの影響で赫竜病を誘発するため、これを使うときは単独でなければならない。だが、アーシャならば問題ない。
「ここからは時間勝負だ」
過剰デミオンが体質で排出されるまでの、たった一分だけの超強化だ。
そして竜人を三体倒すのにこの状態なら一分も必要ない。
正面からにじり寄る竜人もシオンから発せられる大量のデミオンを感じ取ったのか、標的をシオンに集中させた。
先に仕掛けたのはシオンである。
一番近い真ん中の竜人に向かって踏み込み、僅か一歩で間合いに入る。そして瞬時に心臓を抉り、胴体を蹴りつつ刀を抜く。攻撃を仕掛けたシオンは次に攻撃される側となる。両側から二体の竜人に抑え込まれそうになった。
竜人は人間を喰らう。
その基本攻撃は爪か、抑え込んでからの咬みつきだ。
今回は後者である。超強化されているとはいえ、二体の竜人に抑え込まれるとシオンも動けなくなり、竜人による竜人化攻撃が効かないシオンでも喰われると物理的に死ぬ。
倒した竜人を蹴った時の反作用を利用して下がり、回避した。そしてすぐさま踏み込んで刀にデミオンを流し込みつつ刀で横薙ぎする。これによって硬い竜鱗を切り裂いて竜人の左腕を切り落とした。この程度で竜人が死ぬことはないが、怯ませることはできる。
「ギャアアアッ!?」
そう叫んで竜人は左腕を抑えながら後ずさりする。
シオンは標的をもう一体の方に変えて斬りかかる。しかし竜人も警戒したのか、刀による攻撃を受け止めることはなく大きく回避した。これが戦士なら必要なだけ回避して、反撃に転じたことだろう。しかし竜人は大抵の場合、元一般人である。戦闘経験などあるはずもなく、ほぼ本能で動く。ドラゴンスレイヤーが元になった竜人の場合はその限りではないが、普通の竜人ならシオンの敵ではない。
踏み込み、斬る。
ただそれを繰り返して着実に追い詰めた。
「はっ!」
「ギャッ!? アアアアアアッ!?」
気合を入れた振り下ろしが邪魔な左腕を切り落とし、返す刀で心臓を突き刺す。急所を破壊され、二体目の竜人も力を失った。刀を抜くと同時に竜人は倒れる。
しかし、その間に残るもう一体はアーシャを標的にした。
負傷したドラゴンは再生にエネルギーを使用するためか、人間を喰らう本能が強くなる。竜人もまた同じ性質を持っているので、手強いシオンを後回しにしてアーシャに狙いを定めたのだ。
勿論、シオンは見逃さない。
ただ距離があり、また竜人の方が一歩早い。
「そっちには行かせない」
そこでシオンは刀に過剰なデミオンを流し込み、そのまま横に振るった。深紅に輝く刀身から同じ色の斬撃が飛び、竜人の首を刎ね飛ばす。
体内のデミオンを三次元空間に逃がすことができるシオンだけの技術だ。
デミオンを固めて飛ばし、ドラゴンや竜人を構成するデミオン結合を破壊するのだ。普段は過剰分のデミオンが自然と流れ出るが、それを意図的に刀に集中させる必要があり、これを使用するとDアンプルによる超強化の時間が著しく減る。
シオンの体感では強化時間はもうほとんどない。
(二秒もあれば充分だ)
再びデミオンを刀に流して強化し、首を失った竜人の背後から心臓を貫く。竜人はドラゴンの一種であるため、心臓を破壊するしか倒す方法はない。コアがないという点においてはドラゴンより弱点が少ないとすらいえる。
四肢を切り刻んでも首を刎ねても動き続ける竜人はまるでゾンビ。
また心臓が無事ならデミオンの限り再生し続けるのでゾンビより質が悪い。
しかしこれで最後の竜人も力なく倒れた。
「倒したの?」
「ああ、これで終わりだ。これで食料も手に入る」
「……どういうこと?」
「……まだ言っていなかったっけ」
流れで竜人との戦闘になってしまったが、元は海岸を占領する竜人を討伐するために依頼を受けてのことだ。無事に四体とも討伐できたので、約束の通りなら干し魚を六匹貰えるはずである。
シオンはそのことを説明した。
「そういうことね。じゃあ食べ物が手に入るの?」
「ようやくな。まともな食糧さえあれば、もう少し楽になる」
今回の竜人四体もぎりぎりだった。短期決戦でなければシオンの体力が底を突き、負けていただろう。ドラゴンスレイヤーの体力が人外であるとはいえ、邪龍に負わされた重傷の回復にかなりのエネルギーを使っている。早めに充分な食料を確保しなければ不味かった。
「戻るぞ。食べ物を貰うためにな」
アーシャも食べ物のことを思い浮かべたからだろう。
空腹を主張するかのようにお腹が鳴った。
「う……分かったわよ」
竜人から助けたことで少しは態度も軟化させたらしい。
二人は揃って依頼者である田村の元へ向かった。粒子化して消えていく竜人の遺体を背にして。
◆◆◆
「まさか本当に倒しちまうとはな」
田村は呆れながら約束の干し魚を渡した。藁のようなものを編んだ紐で吊るされた干し魚は当初の契約通り六匹である。
ドラゴンの脅威から隠れて暮らす彼らにとって、この六匹は貴重なものだろう。
しかし竜人という脅威を排除したお礼としては少なすぎる。
「ついでだ。これも持っていくといい」
少しだけ良心に響いたのだろう。
田村は大きな葉で包んだ塊を差し出した。大きさは拳ほどだが、それが二つもある。シオンは差し出された物体の正体を問いかけた。
「これは?」
「そこの山で獲れた芋だ。自生している奴だな。それを茹でて潰して丸めている」
「ありがとうございます」
「こっちこそありがとうよ。町を代表してお礼を言う」
シオンはそれも受け取り、小さく頭を下げた。
変なトラブルを避けるためアーシャにはまた離れたところで待ってもらっているので、不要な会話をしていては彼女を不機嫌にさせてしまう。シオンは駆け足で離れた。
シオンの姿が見えなくなり、駆け足の音も聞こえなくなった後、田村は呟いた。
「ありがとうよ。あいつらを成仏させてくれて」