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ゆっくり呼吸を整えて目の前の敵を瞳に映す。じりじりと互いににじり寄り、シレントが踏み込んだ。巨大な剣が迎撃しようと薙がれ、軽く跳んで躱し、剣を蹴ってルアリの顔を狙った拳が直撃する。────だが、びくともしない。
「人間には珍しい真っすぐな目だ。しかし弱ければそれまで」
躊躇いなく剣を手放すとシレントを掴み、追撃を狙うクローディアに投げつけた。二人がぶつかって隙が生まれると、床に転がった剣を拾う。
「五百年、夢を見てきた。貴様ら人間が滅び、ゼロが新たな大地の王となる夢を。そうでなければ、貴様らへの復讐は遂げられぬのだ!」
大きく振り下ろされた剣に、クローディアがシレントを退けて前に出た。
「だとしても貴殿には聞いてもらわねばならぬことがある。我々は数こそ少ないが、そなたらとの共生ができると信じて戦っている。そこな男を引き合いに出すのは気分が悪いが、あれよりは貴殿らの力になれるはずだ!」
巨大な剣を受け止め切れず、床がひび割れていく。
より強い力で押し込まれてクローディアも片膝を突いた。
「ぬかせ。俺はあの男も信用してなどいない、これは取引だ。奴が差し出せるものには、多くの人間の命があった。それに並ぶものが提示できるのか!」
「僕らはそれでも君たちと話し合いがしたい。五百年前とは違うんだ」
シレントの蹴りが脇腹に当たり、今度はルアリも怯んだ。
「ぐあっ……! さっきの拳は布石か……!?」
初撃が当たる瞬間の僅かな脱力。二撃目への警戒を解く一手。いくらかリスクはあるが、互いに相手の出方を窺う最初であれば通る。シレントの読みは正しかった。同様のことをできる老人にすっかり殴り倒されたおかげとも言える。
「小賢しい真似を!」
ルアリの剣から抜け出したクローディアが、ヘイトの向かう先が変わったタイミングを逃さずに距離を詰めて素早く腕を切り裂く。
「くっ、流石に硬い! 深くは斬れん!」
「邪魔だ、小娘!」
振り抜かれた裏拳にクローディアが吹っ飛ばされて壁に直撃する。
シレントはそれでも彼女に構わず、角を掴んで床に引き倒す。
「ぬおお……なんだこの膂力は……!?」
「ちょっとは魔法の心得もあってね」
「ぐっ、た、立てん……馬鹿な────」
純粋な力勝負に動揺したルアリは、床に頭を叩きつけられると同時に角がへし折れた。両の剛腕を以てしてもシレントに力負けしたことが信じられず、折れると同時に即座に起き上がって吼えた。
「貴様よくも俺の角を! 我が誇りを!」
「えっ、これそういうアレだったのか……。すまない、そんなつもりは」
手刀が伸びて、間一髪で躱したシレントの頬がすぱっと切れて血を跳ねさせた。鋭く尖った爪の先がほんの僅かに掠っただけでも、頭が真っ二つにされるのではないかと直感して、シレントはルアリの攻撃範囲から逃げようとする。
だが、巨躯とは思えぬ速さで追ってくると流石に躱しきれない。切れ味は頑丈な床さえスパッと貫通してしまう。
「ちょこまかと逃げ回るだけか、人間!」
「君に話を聞いてもらわないといけないからな」
とはいえ、だ。ルアリの攻撃は苛烈で、その巨躯によるリーチの長さと攻撃範囲が広い。剣を振り回していたときよりも身軽なのは厄介だ。身体強化を切らすか、一瞬の判断ミスで身体がバラバラにされる。
(このままじゃ埒が明かない。あまり使いたくはなかったけど)
懐に手を突っ込み、攻撃を躱した拍子に取り出した煙玉を足下に転がす。
「ちょっとごめんよ」
短い導火線に指を触れさせ、ほんの小さな火花程度の魔法を使う。数秒で煙幕に視界を奪われたルアリは、即座に下がって自分の剣を取って振り回す。超広範囲のひと薙ぎが煙すらも巻いて飛ばすが、一瞬手にした視界には誰もいない。
──否。リーチの外にいた。ぐるんと大きく回転した拍子に移った漆黒の甲冑が剣を構えて立っている姿を見た。白銀に輝く魔力を纏う聖剣を掲げ、今まさに振り下ろさんとする姿を。
(男の方は最初から囮。あの飛ばされた女が魔力を溜める時間稼ぎをしていたのか。……しくじったな。あれは避けられん)
聖剣のひと振りが魔力の光線を放った。
「うち滅びよ! 《《白銀なりし退魔の剣》!」
大剣を盾に受けるが止めきれない。剣はバラバラに吹き飛び、破片が肉を抉った。魔力の斬撃も重なり、ルアリの強靭な肉体さえも耐えきれず、壁を打ち破って外へ放り出された。広大な庭に叩きつけられて転がり、立ちあがろうとすると斬られた身体が傷口から滝のように血をぼとぼと流す。
「……フ、はは、アハハハハ!」
思わず笑いが出てしまった。五百年、ずっと眺めてきた。人間は脆く弱くなったと思った。魔物如きを狩るのに苦労しているようでは、到底自分たちを殺せる者はいないだろうと。だから、クリスタルの封印が解けたとき、真っ先に彼らを根絶やしにしようと謀略を巡らせてゼロの行く道を綺麗にするつもりだった。
「まさかこれほどとはな!」
周りにいた兵士たちが驚いて固まっている姿にため息と舌打ちが出た。
「お前たちのようなゴミは守られていることにも気づかんのだろうな」
そう言ってひと息に跳び、壁に開いた大穴からホールへ戻った。
クローディアは膝を突いて肩で息をしていて、シレントが支えている。このまま戦えば確実にひとりは殺せると分かっていたが、自分の身体から流れる血に触れて、そう長くも保たないだろうと戦闘を続けなかった。
「見事だ、人間。ここまで追い詰められるとはな」
「大丈夫なのかい、その傷」
シレントとクローディアが心配そうに見つめるのでルアリは首を傾げた。
「貴様らが気にすることではないだろう」
「話を聞いてもらうのに君が死んだら意味がないだろ」
「……は。不思議な連中だ」
ふう、と息を吐く。相も変わらず傷は血を流しているが、魔族は痛みに鈍い。まるで気にも留めずに戦いをやめてしまったのを、ひとつの声が叱責する。
「何をやっている、ルアリ! さっさと始末しないか!」
それまでねちっこくエッセレの身体に触れていたスカンダリが、自分の状況が悪くなったと見るやいなや、ナイフを彼女の首にあてがって脅す。
「なぜ俺が貴様の指示に従わねばならん。その女を人質に取れば、この二人が戦わなくてはならんとでも思っているのか?」
「当然だ。お前は俺との取引に応じた、此処で辞めることは断じて許さん!」
スカンダリは青筋を立てて怒鳴りつけた。
「お前が取引をやめたら、俺の立場はどうなる!? 封印を解くのに時間が必要だと言うから、お膳立てまでしてやったじゃないか! 俺たちの計画を中断するなんて許さないぞ。下らん愚民共まで扇動しただろうが。封印を解くための鍵は大勢の命だと言ったのはお前だ、そのために冒険者共まで駆り出したというのに!」
もはや狼狽しているに近い。よくもあんな下らない男と手を組んでいたものだ、とルアリも自分を呪いたくなるほど呆れてしまった。
「そうだ、海の遺跡にいた魔族はどうなった、ルアリ。あいつは死んだんだろう? しかも、そこの連中が殺したんだ! なぜ憎まない!?」
「死ぬのは弱いからだ。戦いにおける俺たちの価値観まで侮辱するか」
スカンダリがギリギリと歯を鳴らして、言葉すら出てこない怒りに満ちた顔をする。ナイフで容赦なくエッセレの首を掻き切ろうとして────。
「そりゃあ無理だよ、皇太子殿。ボクもいるって知らなかっただろう?」
動こうとしてもぴくりとも動けない。全身が、どこかから伸びる魔力の糸に繋がれていて、スカンダリの行動には自由意志がなくなっていた。
「こ、これはまさか、レオ……大魔法使いが何故……!?」
「シレントはボクの弟子みたいなものでね。そりゃあ手を貸すさ」
いつの間にかレオがスカンダリの背後に立ち、頭をよしよし撫でた。
「そっちの魔族。もうこれは君が必要とする場所じゃなくなった。スカンダリの悪事は全て晒されている。いまさら戦う理由はないってわけだ」
「……なんだと?」
ルアリが眉間にしわを寄せた。
睨まれたスカンダリは自分は何も知らないと目で否定する。
「ああ、別に彼が君を裏切ったわけじゃないよ。実はちょっと皇宮の細工に勤しんでいてね。今や皇宮は町の全体へ声を届ける音響装置。────つまり、スカンダリは君との口論で堂々と世間に自分の悪事を公表したってわけ!」
コメント
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第47話、読み終えました。シレントの脱力を使った布石とか、クローディアとの連携が本当に熱かったです。そしてルアリ、魔族としての誇りを感じさせるいい敵ですね。最後のレオの「音響装置で暴露」は痛快でした。スカンダリの自爆も含めて、設定と戦術がしっかり噛み合った密度の高い回だったと思います。