夜のオフィスは、蛍光灯の白さがやけに冷たかった。
書類の山を前に、ヴェネチアーノは机に額をこすりつけるようにして溜息をついた。
「ん〜〜〜……もうちょっと、あとちょっとで終わるはずなのに〜……」
そんな時、机の端に置いたスマホが震えた。
スペインの名前。
「もしもし?どうしたの?今ちょっと忙しい——」
「イタちゃん…落ち着いて聞いてな。ロマが……倒れた。
今、救急車で病院向かっとる」
空気が止まった。
「……嘘、でしょ」
「意識はある。でも……とにかく、来れそうか?」
「行く。すぐ行く——!」
受話器を置くより早く、ヴェネチアーノは立ち上がっていた。
上司に事情を告げ、コートを掴んで駆け出す。
息が苦しい。心臓の音が痛いほどだった。
白い廊下。白い匂い。
時間が止まったみたいな音のない空間。
「兄ちゃん、……!」
病室の扉を開けると、そこにいた。
ベッドに横たわる兄は、いつも通りの顔なのに、どこか弱く見えた。
腕には点滴。心電図が一定のリズムを刻む。
「……ばか弟、かよ……」
声は少し掠れていたけど、間違いなくロマだった。
ヴェネチアーノは胸の奥がぎゅっと痛んで、涙がこぼれそうになる。
でも、笑う。
「びっくりさせないでよ〜……兄ちゃん……」
「お前が……泣くから……弱ったみてぇに見えるだろうが……」
兄ちゃんらしい返し。
それが、嬉しくて苦しくて。
そんなちょっと幸せの時間を過ごしている時
医師さんが部屋へ入ってきた。
「ヴェネチアーノさんですね、こんばんは。
これから、色々な説明をさせてもらいます。」
「ッ…はい、お願いします……」
医師の言葉は、思ったより淡々としていた。
「検査の結果、肺腺がんが見つかりました。
進行が早く、現状では手術も難しい状態です。
治療効果も望めるかは……」
「……余命は、どれくらいですか」
声が勝手に出ていた。
「……2ヶ月前後になるかと思います」
世界がぐらりと揺れたようだった。
耳鳴りがして、声が遠くなる。
ロマは薄く笑った。
「まあ、そんな顔すんなよ……人間いつかは、死ぬんだし」
「そんな言葉で、納得できるわけ、ないじゃん……!」
ヴェネチアーノは震える声で、それでも真っ直ぐ兄を見た。
「俺……諦めないよ」
「……は?」
「治療するよ。出来ること全部する。
会社も、辞めていい。兄ちゃんのそばにいる。ずっと」
「な……なんでお前が辞める必要あんだよ!」
「兄ちゃんが生きてる方が大事なんだよ!!」
声が病室に響いた。
静寂が落ちる。
ロマは目を逸らす。
「……俺は、別に……そんな、価値……」
「あるよ。あるに決まってるでしょ!!」
ヴェネチアーノは泣いていた。
でもその目は、誰より強かった。
夕方、病院の屋上。
冷たい風が、フェリシアーノの頬をなぞる。
震える手でスマホを握る。
「——転院の相談をしたいんです。
肺がんの免疫療法、海外事例がある病院で」
電話の向こうの声が返る。
「費用は高額になりますが……」
「大丈夫です。何があっても、払います」
星は見えない空だった。
それでも、フェリシアーノは祈るように目を閉じる。
(兄ちゃんを……死なせない)
その決意は誰よりも強かった。
コメント
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わ……ある子と姿と重なる… 胸が痛えよおおおおお!!!! あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"泣
初コメ失礼しますm(_ _)m、ッスー……好きですツツ…本当に大好物です、ド新規ですが良かったら友達になりませんか…?