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「ダメじゃ……ない、です」
思考が一瞬止まった。心臓が、ドクりと跳ねる。気が付けば彼女の大きく美しい瞳に引き寄せられる様にして、彼女の唇に自分のそれを重ねていた。頭が痺れる。柔らかくて、こんなに甘美なものを知らない……。
「ヴィレーム、さまっ……」
苦しそうに身体を捩り、口付けの合間に声を洩らすフィオナに、ヴィレームは我に返った。
「ち、違うんだっ、こんなつもりじゃ……嬉しくて、つい、その……ごめん」
慌てて弁明をしようとするも、頭が回らず言葉が上手く出てこない。
そもそも無意識だったとしても、こんな事をした後でどんな言い訳をした所で意味はないだろう。
ヴィレームはフィオナから離れようと急いで立ち上がるが、足をもつれさせ後ろに蹌踉めきそのまま尻餅をついてしまった。
格好悪過ぎる……。
彼女の家族に挨拶に行く辺りまでくだりは悪くなかった筈だった……。
ヴィレームは立ち上がる気力もなく尻餅をついたまま項垂れる。こんなんじゃ、彼女はきっと呆れ返っているだろう。情けない。まともに顔を見る事すら出来ない。
こんな|性格《キャラ》じゃない筈なのに……。
彼女の前だと自分が自分でなくなる。完璧な|仮面《ポーカーフェイス》をつけた自分が崩れてしまう。どうしようもなく情けなく、ただの莫迦な男に成り下がってしまう……。本当なら彼女の前でこそ完璧で格好よく頼りになる男でありたいのに……。
ヴィレームは、悔しさと情けなさで手を白くなる程にキツく握り締める。爪が皮膚に痛いくらいに食い込むのが分かった。
「ヴィレーム様」
そっと優しくヴィレームの手が、フィオナの両手に包み込まれた。そして、そのまま指をゆっくりと広げられる。驚いて顔を上げると、思いの外フィオナの顔が近くて息を呑んだ。戸惑っていると……。
チュッ。
可愛らしい音を立てて、ヴィレームの頬に口付けを落とした。
「フィ、フィオナっ⁉︎」
余りの事に声が上擦る。彼女は、顔をまるで真っ赤な薔薇の様に染め上げ顔を逸らした。
震えている……。
握られた手から伝わる彼女の温もりに混ざり、微かな震えを感じた。
「フィオナ、もしかして……寒いの」
「ち、違います!」
「だって、震えてるよ?」
「これは、その」
「じゃあ、どうして寒くないのに震えてるの?」
もじもじする彼女が愛おしくて仕方がない。彼女が震えている理由は分かっていた。だが、少し意地悪をしたくなった。直ぐに調子に乗るのはヴィレームの悪い癖だ。
「は、恥ずかしくて……」
普段のポーカーフェイスなんて、嘘みたいに顔がニヤけるのが抑えられない。だがそんな事がどうでも良く思えるくらい嬉しくて仕方がない。
「ねぇ、フィオナ。今すぐ、君を抱き締めたい」
彼女を見つめながら、愛を囁く様に甘く言った。
だがフィオナはヴィレームの言葉に、パッと手を離した。唖然とする。
まさかの拒絶⁉︎
ヴィレームは固まる。この流れでの拒否されるとは思いもしなかった……。ショックの余り、フィオナとは違う意味で身体が震えてくる……このまま灰にでもなりそうな気分だ……。
すると彼女は、落ち着かない様子でその場で何度も座り直し、位置が決まったらしくちょこんと座った。そしてヴィレームへとおずおずと手を広げた。
「ど、どうぞ」
何なんだ、この生き物はっ……可愛過ぎるなんてもんじゃないっ‼︎
これは、僕のだから!絶対に誰にも渡さないからね!絶対に‼︎と誰に言うでもなく心の中で叫ぶと、ヴィレームは遠慮する事なくフィオナを存分に抱き締めた。