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水の神と護人が住んでいた国が滅んでしまいました。
人々は神の仕業だと考えました。
神と護人は捕らえられ、処刑されました。
おとぎ話『ある国の悲劇』より
意識が朦朧としている。
眠いからではなく、苦しいからだ。
辺りは炎と煙に包まれ、僕に何もさせない。
僕も何もするつもりはない。
僕は、ヒロ。
孤立した村の、民家に住んでる居候。
燃えているのは、僕が住まわせてもらっている家。
二階建ての民家。
近くで咳き込みながら泣く声が聞こえた。
義弟で、まだ赤子のリドだろう。
歩くことすらできない彼は、一人で逃げることもできない。
「ごめん……リド……」
僕はこのまま死のうと思っている。
とっくに体も動かなくなったし。
だからリドを助けることはもうできない。
一緒に死ぬしかない。
苦しみから、早く、解き放たれたい。
「ヒロ」
声が聞こえた。女性の声。
リドでも、もちろん僕でもない。
この声は、お母さんの声だ。
お母さんが、目の前にいる。
顔や腕を怪我している。
ここは、暗くて、気味の悪い建物の中。
物陰に息を潜めて隠れている。
思い出した。
これは、お母さんと追っ手から逃げている時の。
「ヒロ、あなたには役目があるの」
役目? 役目って何?
お母さんは、真剣な顔で役目を伝えようとしてくれた。
でも、その前に追っ手の声が響いた。
「オラァー! ドコ行きやがった!!」
お母さんは一度物陰から顔を出した。
すぐに顔を引いて、苦しげな表情をする。
「近くまで……」
少し声が震えている気がする。
とても焦っているのが分かる。
お母さんは僕の肩に手を置いて、真剣に何かを伝えてくれた。
なのに、何も聞こえなかった。
役目、結局何だったのだろう。
約束も、した気がする。
逃げて、逃げて、生き延びて。
辿り着いたのはこの村で。
この村は、他者を受け入れられない村で。
周りから、蔑まれて。
僕がいる価値はないと感じて。
傍にいてくれる存在は……。
居場所なんて、どこにもないと痛感した。
そして、忘れてしまった。
僕の役目も。お母さんとの約束も。
もう、考えるのはやめて、寝ちゃおう。
僕は目を閉じようとした。
その時だった。
目の前で、窓ガラスが割れた。
そこから、少年が入ってきた。
水色の髪と瞳が、透き通っていて。
「綺麗……」
口から出ていた。本当に綺麗だから。
この世の者ではないと思うほど。
「……ッ」
少年が息を呑んだのが分かった。
焦りと、困惑が見えた。
「とにかく、外に!」
少年は、僕とリドを抱えた。
こんな細い体の、どこにこんな力があるのだろう。
抱えたまま、少年は窓から外に飛び出した。
少年の名前は、マティ。
僕を友達だと呼ぶ者。
リドは、義父母に渡された。
「無事で良かった」
「本当に良かった」
その安心した眼差しと言葉が、僕に向けられることはない。
それは、本当の家族の特権だもの。
僕の方を見てくれることはない。
僕は、家族じゃないから。
僕は、他人だから。
「チッ……」
隣から舌打ちが聞こえた。
マティの拳が震えていた。
表情は見えない、なのに感じた。
並々ならぬ怒り。
何で、怒っているんだろう。
マティに手を引かれ、火災現場から離れた。
無言のまま、手を引かれ続けて。
たどり着いたのは、公園だった。
一緒に遊ぶ場所。
初めて会ったのは、僕がこの村に来てしばらく経った時だったっけ。
僕の朝は、怒鳴り声から始まる。
「いつまで寝てんだ!! 起きろ!!」
義父の声。
起こしてくれるのは、優しさではなく。
ただただ、目障りだからだそうだ。
僕は起き上がり、着替えて、一階に行く。
リビングには、戻っていた義父。
そして、義母とリドがいた。
「おはようございます……」
「リド、もうすぐご飯だからね」
挨拶すら、無視される。
いつも通り。
食事はもう並んでいた。
僕の分もある。
それは優しさではなくて。
住まわせてあげている優しい家族、という周りからの評判が欲しいからだそうだ。
住まわせてもらって、ご飯があって、寝床もある。
それだけで十分、幸せなんだ。
それなのに、辛いって感じる。
こんなの違うって心が訴える。
僕は、贅沢だ。
食事を早く済ませた。
食事に、僕が入れる会話はないし。
ここは居心地が悪い。
家族の邪魔をしてもいけない。
外に出て、村を歩いた。
向かうのは公園。この村で一番過ごしやすい場所。
周りの目が怖い。蔑むような目が。
こちらを見て、ひそひそ話されるのも怖い。
早歩きをした。
早く公園に行こう。
公園に着いた。
村で一番大きい大木の頑丈な枝に取り付けられたブランコと、ベンチがある公園。
ブランコに、子供たちが乗っていた。
僕に気付いて、嘲るように声を出す。
「ヤーイ、ヤーイ、将来ニート~」
ゲラゲラと笑う声が響く。
将来ニート。
この村には仕来りがある。
『子供は親の仕事を継ぐ』というもの。
小さな村で、学校もない。
この村で生きるには、仕事を継ぐしかない。
でも僕は継げない。
前に養子が継いだらしい、という話は聞いたことがある。
でも、僕の義家族は、認めなかった。
他人は他人、外から来た人は論外だそうだ。
仕事を継げない僕は、将来働けない。
だから、将来ニート。
僕は、急いでブランコを通り過ぎた。
僕が行きたいのは、ベンチの方だから。
ベンチの周りには何もない。
だから、そこには誰も来ない。
手入れの行き届かぬ草木の中に、ベンチがあることを知っている人がいないのもある。
でも、村の人の声は聞こえる。
全部、罵倒に聞こえる。
俯いて、目を閉じ、耳を塞ぐ。
これで、何も見えない聞こえない。
「ねぇねぇ、ねぇってば! おーーい!!」
誰かが話しかけてくる。
嫌、聞こえない、誰もいない。
「聞こえてる! 絶対聞こえてるって! 無視すんなー!!」
しつこい。
少しだけ、目を開けて見た。
目の前には、少年がいた。
肩に届かない少しボサボサな水色の髪、左側の後れ毛を三つ編みにしている。
無視しているからか、頬を膨らませて怒っているようだった。
……少し見ただけなのに、気付かれてしまったようだ。
「やっっと反応してくれた」
そう言って、少年は笑顔になった。
「ボク、マティ」
少年、マティは左手を胸の前に置き、背筋を伸ばした。
僕が黙っていると、一方的に話し始める。
「君、ヒロでしょ? ずーっと探してたんだ! 会えるなんて運命だね」
マティは、僕の手を取った。
「ボクの友達になってよ!!」
驚いてしまった。
友達? 僕が? 彼の?
驚きすぎて、思考を停止してしまった。
でも、僕は頷いた。
驚いたけど、断る理由もないし。
マティは喜んでいた。
しばらく、彼の遊びに付き合おう。
それから、僕らは毎日、公園のベンチで会って遊んだ。
マティも村の外から来たらしく、周りに色々言われていたけど、ケロッとしていた。
外から来たという以外は、僕と違いすぎる彼が、本当に仲良くしてくれている訳がない。
演技だ。そうに決まっている。
意識がぼんやりしている。
まだ、炎の中にいるみたいだ。
でも、実際は外にいて、ベンチに座っている。
マティに助けられて、連れてこられたから。
「何で助けたの」
疑問が口から出る。
マティは、驚いていた。
何、何なの、その顔。
「あのまま……死のうと思ってたのに!!」
僕は、マティを睨みつけた。
「仲良しのふりしてるだけの……」
パチン、と音が鳴った。
頬に、ヒリヒリした痛みが走る。
マティが、平手打ちしてきた?
「何言ってんの?!」
肩を掴まれ、揺さぶられる。
「どれだけ心配したと思ってんの!! ヒロが住んでる家が燃えてて、両親しかいない、取り残されてるって……お前様子おかしかったし……」
抱き着いて、きた。
「本気で……ボク……心配して……」
マティの声は、震えていた。
肩が濡れた。
マティが泣いている。
それを知って、僕の目からも涙が流れた。
本当だったの? 本当に彼は。
「……ちょっと話聞いて」
マティは、僕から離れた。
その表情は、真剣だった。
あの時の、お母さんみたいな。
一度深呼吸をして、話し始めた。
「ボクは、神なんだ」
神? 神様?
理解が追い付かないが、まずは聞こう。
「前は、母さんと、護ってくれる護人って存在がいて、国で安全に暮らしてたんだ」
神と護人。
どこかで聞いたことがある。
「でも、急に、国が滅んで。原因も何も分からなくてさ。母さんのせいにされた」
神の仕業になったってこと?
やっぱり知っている。
「母さんも、護人も捕まって……助かったのはボクだけだった」
そうだ、おとぎ話。
『国の悲劇』だ。
「母さんが処刑された後、なのかな。護人に、息子がいたことを知った。逃げて、生き延びたことも」
おとぎ話、なはずなのに。
「その息子が、ヒロだよ」
僕が、護人の息子?
「待って……それって、『国の悲劇』っていうおとぎ話、作り話だよね」
「えっ本当にあった話だけど?」
マティは、当然と言いたげな顔をしている。
じゃあ、本当の話?
あのおとぎ話も、マティが神なことも。
僕が、護人の息子なことも。
そんなはずはない。あり得ない。
だって僕は、役目も分からない、価値のない存在だから。
「信じられない? ……せっかくの運命を」
「運命?」
マティは、僕の額を左手の人差し指で突いた。
「そう……これは、運命だよ!!」
その瞬間、突いているマティの指が光った。
眩しくて、目を閉じる。
すると、頭の中に、たくさんの記憶が見えた。
お母さんが、肩に手を置いている。
ここは、あの建物。
追っ手から逃げている時の。
「ヒロ、私たちの役目は、神を護ること。でも、私たちは人間、神を護る力はない」
お母さんはポンと肩を叩いた。
「でも、傍にいて、支えることはできるの。仲間になって、できる限り願いを叶えることだって」
お母さんは笑顔になった。
「忘れないで、あなたが必要だと思っている人はいる。価値がない人なんていないから」
お母さんっ。
「どれだけ辛くても、いつか幸せになれる」
追っ手が……。
「だから生きてね、ヒロ」
僕は走って逃げる。
一瞬振り返ると、護るように立つ、お母さんの背中が見えた。
そうだ。そうだった。
お母さん、僕、分かった。
思い出したよ、全部。
涙が自然と溢れてくる。
悲しくない。逆なんだ。
「思い出した?」
「うんっ」
力強く頷き、マティを見た。
僕の顔を見たマティから、涙が流れた。
マティはハッとして、涙を拭いて。
ニッと笑った後、抱きしめてくれた。
しばらく経ち。
火事の騒ぎも落ち着き、今僕は義家族と隣家に住まわせてもらっている。
そして、今日も公園のベンチに来ている。
マティと二人でベンチに座っていた時。
マティが僕を見ながら声を掛けてきた。
「あのさ……前までの……」
「え?」
「価値がない……ってやつ」
僕は首を傾げた。
何を言いたいんだろう。
確かに前まで、僕はそう思っていたけど。
「価値がない存在……なんていないと思う!」
マティが顔を近づけてきた。
「だって、ヒロにも役目があって、ボクもいるし! 他の人もきっと、知らないだけで、何かあるんだよ……」
語尾が小さくなり、ごにょごにょと話している。
恥ずかしくなったらしい。
『価値がない人なんていない』
お母さんと、同じことを言っている。
少し照れ臭そうに。でも、真剣に。
僕は、マティに抱き着いた。
びっくりしたのか、マティの肩が跳ねた。
「ありがとう!」
僕は、心からのお礼を彼に送った。
マティが抱きしめ返してくれた。
「どういたしまして」
僕らは顔を見合わせ、笑いあった。
僕らはまだ幼い。
子供だけでは、この世界は暮らせない。
これからも村に住み、お世話になる。
村での扱いが、変わることもないけれど。
それでも、前より辛くない。
だって、僕にはマティがいるから。
友達のマティがいるから。
いつか、大きくなったらここを出よう。
運命を信じて進んでいって。
二人で、幸せになる場所を探すんだ。
そんな未来を夢見ながら。
僕らは今日も、生きていく。