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窓の外で、蝉がジィジィと煩く鳴く。まるで、僕を急かすように。早くしろ、と、急かすように。
もしかしたら、あの蝉は…。
そのとき、ジィジィと音を立てながら、空いていた窓から1匹の蝉が僕の部屋に飛び込んできた。蝉はそのまま壁へ、天井へと勢いよくぶつかり、その度にバチッ、バチッ、と音をたてた。
しばらくすると、壁へぶつかったあと、床にバチッと落下し、そのまま動かなくなった。死んでしまったのだろう。
ああ……また先を越された。
僕はいつも、先を越されるばかりだ。
「透真、購買行こうぜー」
昼休み。いつも一緒にいる友人の駿が、「腹減ったぁ」とお腹を擦りながらこちらに近づいてくる。
「そんくらい自分でいきなよ。下まで降りるの、面倒くさいし。」
「えぇー。1人で行動してると思われたくないんだよ!頼む!パン奢るから!」
目の前で必死に懇願する駿を見て、思わず吹き出しそうになる。
「…カレーパン、奢りね」
「っしゃあぁ、神!」
ぱっと顔を輝かせる駿を見て、ふいに口角が上がるのを感じて、さっと口元を手で覆い隠した。
駿とは幼稚園からの仲だ。幼稚園の頃は今のように仲が良かった訳では無いのだが、小学校にあがり、彼との関係はぐんと近づいた。
もともと暗い性格だった僕は、小学校にあがりずっと友達が出来ず、とつも独りでいた。そんな時、僕に話しかけてくれたのが彼だった。
「鬼ごっこしよーぜ!」
くしゃっと笑う彼の笑顔に、初めて光を感じたのを今でも覚えている。それから次第に打ち解けていき、僕と彼は「親友」と呼べる存在まで仲良くなった。
暗い性格の僕とここまで一緒に過ごしてくれるのは、彼だけ。僕が彼に付き合ってあげているように見えるのかもしれないが、実際は逆だ。彼の性格なら、すぐに僕以外の友達が出来るだろうに、ずっと僕と一緒にいてくれる。
「…聞いてた?」
駿が僕の顔を覗き込んで、初めて話しかけられていたことに気がつく。
「あぁ、ごめん、何?もう1回! 」
「ったく、ちゃんと聞いてろよなぁ。…まあいいや」
「ええ、なんだよ。気になるだろ」
「大した事じゃねーもーん。それよりさ、お前、進路希望書いたの?」
彼に言われ、僕ははっとした。
そういえば、先週「進路希望調査」という嫌なものが配られていたのを思い出し、うわぁと頭を抱えた。
「書いてない…忘れてた」
正確には、考えたくなくて、無理矢理脳内から存在を消していた。
「だと思った。明日提出だぜ」
「明日か、良かった…」
「…いくの?大学」
僕とは目を合わせず、目の前をぼぅっと見つめながら彼は訊いた。
大学。僕が今1番考えたくなくて、目を逸らしている現実の問題。もう高校二年生の春なのに、まだ、現実から逃げようとしている。
「…わかんない」
「毎回そう言うけど、なぁ…。また【未定】って書くのかよ?」
「そ……。」
そうだよ、悪いかよ。そう言いそうになって、僕は慌てて口を閉じた。そんな僕を不思議に思ったのか、彼はこちらを横目で見た。
「…ま、いいけど」
良くない問題だとは分かっているが、彼のその返しに、僕は安堵の息をついた。深く訊かれなくてよかった。彼が、人が嫌がることは訊かないと分かっていても、それでも、不安感で押し潰されそうだった。
「そういう駿も、まだ迷ってるって言ってたよね。決まったの?」
「あぁ、決まった」
「えっ、どうするの?…て、行くか。駿、頭いいもんね。大学、行くよね 」
先の答えが怖くなって、駿が答える前に、僕は勝手に自分で答えを出してしまう。しかし、駿はふっと笑って。
「ははっ、いかねーよ」
と言った。
「え?」
僕はびっくりして、彼の顔を見た。
彼は、笑っていた。 僕のほうを見ずに、ただまっすぐ見つめて。
僕は彼の表情から、彼の感情を読み取ることができなかった。
彼が何を考えているのか…分からなかった。
「駿は頭がいいのにどうして」そう訊きたかった。でも、訊けなかった。
…訊いちゃいけない気がした。
まだ、この時の僕は知らなかった。
彼の笑顔の裏の真実を。
彼の笑顔の裏の、表情を。