ーーそれは、まだ滉斗と出会う前のこと。
高校の入学式よりも少し前、音楽室での出来事だった。
入学予定者向けの説明会と、部活動紹介が兼ねて行われていた午後。
元貴はまだ、学校の中を一人で歩いていた。
(……別に部活に入りたいわけじゃないけど)
校舎の2階、ふと目に入った「音楽室」のプレート。
静かにドアを開けると——そこにいたのが、藤澤先生だった。
ピアノの前に座り、ひとり、誰もいない部屋で弾いていた。
静かな旋律。
柔らかく、でもどこか深く響く音。
初めて聴いた気がした。
スピーカーやイヤホンからではない、“空気が震える音”。
先生の指が鍵盤をなぞり、音が部屋の奥に向かって吸い込まれていく。
元貴は、その場から動けなかった。
—
「……ごめんなさい。見てたの、気づいてましたよね?」
演奏が終わったあと、元貴がそっと声をかけると、先生はやさしく微笑んだ。
「うん。でも、すごく静かにしてくれてたから、そのまま弾かせてもらった」
「……すごかったです。音が、生きてるみたいで」
「ありがとう。君も、音楽やってる?」
「……少しだけ、家で。パソコンで作ったり、ギターをちょっと」
「DTMか。今どきだね。……じゃあ、君の“音”、今度聴かせてよ」
「えっ……」
まさか、先生のほうからそんな言葉が返ってくるなんて思っていなかった。
「……うれしいです。よければ、また来てもいいですか?」
「もちろん。ここは、音楽を好きな人なら、いつでも歓迎だよ」
そう言って、藤澤先生はもう一度ピアノの前に向き直る。
それが、元貴にとって——音に本気で向き合う“誰か”との、最初の出会いだった。
—
それ以来、元貴は昼休みや放課後、ふらっと音楽室をのぞくようになった。
先生がいない日も、譜面棚を眺めたり、誰もいないピアノの鍵盤にそっと指を置いたり。
あの人の音は、息みたいだった。
自然で、あたたかくて、自分の奥にあった“音楽を好きな気持ち”をもう一度引っ張り出してくれた。
(僕も……ああなりたい)
それは、ただの“憧れ”から始まった。
でもこの時、元貴はまだ知らなかった。
その想いがやがて、“もっと深い”ものに変わっていくことを——。
コメント
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「もっと深い」もの、、、?! 続き楽しみ!