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92 - 青春は、まだ始まったばかり⑤

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2025年05月21日

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「……じゃあ、今日うち来る?」




昼休み。

教室で何気なく交わされたそのひと言に、滉斗の心臓は大きく跳ねた。




「えっ、いいの?」


「うん。前に“曲、聴いてみたい”って言ってくれたし。ちょうど仕上がったのあるから」


「マジで!? 行く行く、絶対行く!」




興奮を隠しきれない滉斗に、元貴は少し笑って頷いた。







「…滉斗、いらっしゃい。」




一旦自宅に帰り、その後 元貴の家を訪れた滉斗。

元貴は普段とはいつもと少し違っていた。


制服ではなく、黒のフーディーにデニム。

そして——メガネ。




「……あ」




思わず声が漏れる。




「なに?」


「いや、メガネ……めっちゃ似合ってるなって」


「普段はコンタクトだけど、家いるときはだいたいこれ。ラクだから」


「うわ……そのギャップ、ずるすぎるって……」


「……ふふ。ありがと」




普段のクールな印象とはまた違う、どこか柔らかい雰囲気。

滉斗は、無意識のうちに視線を逸らせなかった。




「…お邪魔しまーす。」




元貴の部屋に入る。

そこはまさに“音楽の部屋”だった。




「……うわ、これ全部、元貴の?」


「うん。ギターとベース、それと打ち込み用のキーボード。メインはこのPC」




部屋の隅に組まれたDTMセット。スピーカー、インターフェース、配線。

そのすべてが“趣味”じゃなく、“本気”を物語っていた。




「なんか……プロの作業部屋みたいだな」


「そんなことないけど……でも、ちゃんと本気でやってるつもり」




その言葉には、冗談も照れもなく、真っ直ぐな意志が宿っていた。





「じゃあ、最近作ったやつ。……“パブリック”って曲」


「タイトル、いいな。どんな曲?」


「……たぶん、ロックだけど少し重たい。けど、俺にとって大事なテーマで書いたから」




そして、再生ボタンを押した。


優しいキーボードの旋律に、少しエフェクトのかかったギター。

そして——元貴の歌声が、流れ出す。




『知らぬ間に誰かを傷つけて

人は誰かの為に光となる

この丸い地球に群がって

人はなにかの為に闇にもなる』




「……っ」




透明感があって、でも決して薄くはなくて、感情が詰まった歌声。

高校生とは思えないほどの深みがあった。




「……これ、ほんとに、元貴が歌ってんの?」


「うん。全部、自分で録ってるから」


「やば……すごすぎるって、ほんとに。声、綺麗っていうか……なんか、刺さる」


「……ありがと。そう言ってもらえるの、素直にうれしい」




滉斗は、他も合わせて3曲分、何も言わずに聴き続けた。


1曲終わるたびに思った。“もっと聴きたい”って。




「これ……帰ってからも、聴いていい?」


「もちろん。コピーして渡すよ」






帰宅後、USBにコピーしてもらった音源を、イヤホンで繰り返し再生する。


1回、2回、5回——もう何回目かわからなくなっていた。


元貴の声が耳元に響くたび、ゾクッと背筋がしびれる。

思わず目を閉じて、布団に潜り込んだ。




(……なにこれ、ほんとにやばい)




学校で見せる無表情気味な姿も、メガネのやわらかい表情も、

でもやっぱり一番“刺さる”のは——この声。




(……こんな声、誰かに聴かせるために歌ってるのかな)




思い出すのは、 真剣な目で音に向き合う横顔の元貴。




(……その“誰か”が、俺だったらいいのに)




そう思いながら、何度目かの再生中、まぶたが少しずつ重くなっていく。


最後のコーラスが優しく広がる中、滉斗は目を閉じ、眠りの中へ落ちていった。


夢の中でも、元貴の歌声が、ずっと流れていた。







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