コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……じゃあ、今日うち来る?」
昼休み。
教室で何気なく交わされたそのひと言に、滉斗の心臓は大きく跳ねた。
「えっ、いいの?」
「うん。前に“曲、聴いてみたい”って言ってくれたし。ちょうど仕上がったのあるから」
「マジで!? 行く行く、絶対行く!」
興奮を隠しきれない滉斗に、元貴は少し笑って頷いた。
—
「…滉斗、いらっしゃい。」
一旦自宅に帰り、その後 元貴の家を訪れた滉斗。
元貴は普段とはいつもと少し違っていた。
制服ではなく、黒のフーディーにデニム。
そして——メガネ。
「……あ」
思わず声が漏れる。
「なに?」
「いや、メガネ……めっちゃ似合ってるなって」
「普段はコンタクトだけど、家いるときはだいたいこれ。ラクだから」
「うわ……そのギャップ、ずるすぎるって……」
「……ふふ。ありがと」
普段のクールな印象とはまた違う、どこか柔らかい雰囲気。
滉斗は、無意識のうちに視線を逸らせなかった。
「…お邪魔しまーす。」
—
元貴の部屋に入る。
そこはまさに“音楽の部屋”だった。
「……うわ、これ全部、元貴の?」
「うん。ギターとベース、それと打ち込み用のキーボード。メインはこのPC」
部屋の隅に組まれたDTMセット。スピーカー、インターフェース、配線。
そのすべてが“趣味”じゃなく、“本気”を物語っていた。
「なんか……プロの作業部屋みたいだな」
「そんなことないけど……でも、ちゃんと本気でやってるつもり」
その言葉には、冗談も照れもなく、真っ直ぐな意志が宿っていた。
—
「じゃあ、最近作ったやつ。……“パブリック”って曲」
「タイトル、いいな。どんな曲?」
「……たぶん、ロックだけど少し重たい。けど、俺にとって大事なテーマで書いたから」
そして、再生ボタンを押した。
優しいキーボードの旋律に、少しエフェクトのかかったギター。
そして——元貴の歌声が、流れ出す。
『知らぬ間に誰かを傷つけて
人は誰かの為に光となる
この丸い地球に群がって
人はなにかの為に闇にもなる』
「……っ」
透明感があって、でも決して薄くはなくて、感情が詰まった歌声。
高校生とは思えないほどの深みがあった。
「……これ、ほんとに、元貴が歌ってんの?」
「うん。全部、自分で録ってるから」
「やば……すごすぎるって、ほんとに。声、綺麗っていうか……なんか、刺さる」
「……ありがと。そう言ってもらえるの、素直にうれしい」
滉斗は、他も合わせて3曲分、何も言わずに聴き続けた。
1曲終わるたびに思った。“もっと聴きたい”って。
「これ……帰ってからも、聴いていい?」
「もちろん。コピーして渡すよ」
—
帰宅後、USBにコピーしてもらった音源を、イヤホンで繰り返し再生する。
1回、2回、5回——もう何回目かわからなくなっていた。
元貴の声が耳元に響くたび、ゾクッと背筋がしびれる。
思わず目を閉じて、布団に潜り込んだ。
(……なにこれ、ほんとにやばい)
学校で見せる無表情気味な姿も、メガネのやわらかい表情も、
でもやっぱり一番“刺さる”のは——この声。
(……こんな声、誰かに聴かせるために歌ってるのかな)
思い出すのは、 真剣な目で音に向き合う横顔の元貴。
(……その“誰か”が、俺だったらいいのに)
そう思いながら、何度目かの再生中、まぶたが少しずつ重くなっていく。
最後のコーラスが優しく広がる中、滉斗は目を閉じ、眠りの中へ落ちていった。
夢の中でも、元貴の歌声が、ずっと流れていた。