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胸の奥が痛む感覚は、最近になって急に強くなったわけじゃない。
考えてみれば、小さい頃からずっと続いていた。
幼稚園のとき、初めて大きな発作を起こした夜のことを、ぼくは今でも覚えている。
息が吸えなくて、視界が暗くなって、耳の奥がしんと静まり返った。
周りの音が全部消えていって——
その静けさの中で、ひとつだけ音がした。
カチ。
当時は怖くて、先生にも母にも言えなかった。
言ったら、もっと怖いことが起きる気がした。
理由はわからないけど、“そう感じた”のだ。
病院に運ばれたぼくは、点滴の刺された腕の冷たさでだんだん意識が戻っていった。
そのとき、看護師さんがぼくの顔を覗き込んで言った。
「大丈夫。苦しかったね。これはね、喘息のせいだから」
その言葉で安心するはずなのに、胸の中では別の感情がざわついた。
——あれは本当に、病気のせいなのか?
その疑問は、ずっと心のどこかにひっかかったままだった。
けれど小学生になってからのある夜、ぼくは“答えに近いもの”を一瞬だけ見てしまった。
台風で停電した夜。
暗闇の中で発作が起き、息がぜんぜん吸えなくて、声も出せなくて。
目の前が揺れる中、部屋の隅で“何か”が動いた。
人の形に近いようで、でもそうじゃない。
黒い影がゆらりと揺れて、ぼくの方へにじり寄ってくる。
そして——
カチ。
その音は、影が動くたびに鳴っていた。
ひとつ、またひとつ。
まるで心臓の鼓動を真似しているかのように。
だけど、母が部屋に飛び込んできた瞬間、影は煙のように薄く溶けていった。
まっすぐ見ていたはずなのに、何も残っていなかった。
「大丈夫、発作ね。喘息のせいだから」
母の言葉が、まるで呪文みたいに響いた。
——でもあれは、絶対に病気なんかじゃない。
あの影は、ぼくの呼吸が乱れるたびに近づいてくる。
そしていま。
深夜二時。
また胸の奥が締めつけられる。
ひゅう、ひゅう。
カチ。