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楽屋の空気が、少しだけ歪んだのに気づいたのは俺だけだった。
京本が立ち上がって、
それを追うように樹が席を外す。
向かった先は、トイレなはずだった 。
……嫌な予感がした。
廊下の角で足を止める。
声は聞こえない。
でも、見えた。
トイレの前で、京本が樹と戯ているのを 。
キスをされる京本のその横顔が、
誰かに愛されてる顔じゃなかった。
逃げ道を探してる顔だった。
俺はスマホを取り出した。
迷いは、なかった。
二人の距離が近づいた瞬間。
逃げられない構図。
シャッターを切る。
(ごめん)
でも、これは――
京本を守るための、材料だった。
その後、俺は樹に嘘をついた。
「京本、束縛されるの苦手だって」
半分は本当。
半分は、京本を引き離すための嘘。
それが、
俺なりの“救い”だった。
数日後。
京本は、行く場所を失った。
樹に突き放されて、
行き場がなくなって。
その夜、
俺は京本を家に入れた。
下心なんて、なかった。
ただ、
これ以上、あの距離に戻してはいけないと思った。
部屋に入っても、
京本は落ち着かなかった。
肩が強張ってて、
無意識に首元を隠す仕草。
……確信した。
俺は、何でもないふりをして近づく。
「大丈夫」
そう言って、
首に顔を寄せる。
キスをする“ふり”。
唇が触れる直前で、
視線だけを落とす。
そこにあった。
薄く隠された、
いくつもの痣。
一瞬、
息が止まった。
(……やっぱり)
触れなかった。
指も、唇も。
ただ、
確認しただけ。
「……ごめん」
京本が、そう言って笑った。
誰に謝ってるのか、
分からないまま。
俺は、それ以上何も言えなかった。
言えば、
京本は守られる側に戻ってしまう。
それを、
京本自身が一番嫌がることを、
俺は知ってた。
「ここにいればいい」
それだけ言った。
救えると思った。
本気で。
でも、俺は分かってなかった。
人は、
優しさよりも、
慣れた痛みを選ぶことがあるって。
京本は、戻っていった。
樹のところへ。
追いかけた。
でも、やっぱり樹が良かったんだ。
俺は笑って言った。
「やっぱりさ……
気づいてないんだね」
あれは、
皮肉でも、負け惜しみでもない。
事実だった。
京本は、
自分がどこに堕ちているのか、
ちゃんと分かってなかった。
救いたかった。
写真も。
嘘も。
あの夜の沈黙も。
全部、
救うためだった。
でも、
京本の世界には、
俺はいなかった。
俺が見ていた世界に、
京本がいただけだ。