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シャワーを終えたユリは、ラフな普段着姿で、父のもとにもどった。
「私、これからタクヤ様のところに戻ろうと思うよ」
「おまえ、体力、残ってるのか?」
「身体は、休ませる。でも、気が高ぶって、簡単に眠れそうにないし、もう一人、タクヤ様の守護戦士という人が来ていて、いろいろ詳しいみたいだから」
「どこで?」
「中庭かな。星を見ながら野外キャンプ」
「ははは。私も行きたいところだが、まあ、遠慮しておこう」
「ねえ、父さんは、今回のこと、どこまで知ってるの?」
「そうだな。少し、この機会におまえに伝えておいたほうがいいだろう。いや、伝えなければならんな。茶が飲みたいな。ほら、王からいただいた秘蔵のやつがあっただろ。あれを開けよう。いいだろ?」
「もちろん。用意しますね」
ユリは、片付けられた祈りの間にもどって、リラックス用の香油を自分の服に垂らした後、台所で湯を沸かして、茶の用意をした。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ドクターは深く身体を沈めていた椅子から半身を乗り出し、ユリが差し出したカップを受け取った。
「テレビは、すごいことになっている」
「でしょうね」
「悪役がいれば、皆でそれを叩く。この国ですら、それはもう遠慮がない。龍人バッシングばかりだ。もう中央通りではデモが始まっているらしい」
ユリは横の椅子に腰掛けた。
「もともとは擁護されていらっしゃったのですよね、王宮は、龍人族を?」
「うむ。特にタカコ様は」
「慈悲の深いお方でしたから」
「それだけじゃない、が、ユリは『それだけじゃない理由』を、どこまで知っておる?」
ユリは茶をすすってから答えた。
「正直、どう説明すればいいかわかりません。私は、祈り師に、なってしまいましたから……」
「そうだな。ユリは、おまえの前にうちにいた祈り師候補生のことは、知っているな?」
「それ、父さんはいつも話したがらなかったことですよね」
「今だって、話したいわけではない。しかし、おまえも立派に修羅場を乗り切ったのだから、もう、知る権利がある」
「知る権利……ですか?」
「知る義務、と言うべきかな。いい話ではない」
「何か関係があるのですね?」
ドクターは疲れた顔のまま、手に持ったカップを凝視した。
「今、王宮は2つに割れておる。ベルベスの技術をめぐって。長く秘密裏に引き継がれてきた反重力の技。それを秘すべきか、公開するべきか」
「秘密を守ろうと尽力されてきたのがタカコ妃ですね。でも、王妃も亡くなり、今ではもう、だいぶ公開がすすんでいませんか?」
「利用自体はすすんでいるようだ。が、じつは技術の核心は、まだ国外には出ていないはずなんだ」
「どうしてわかるんですか?」
「医者のカンだ」
「それは……笑うところ?」
「ちがう。おまえもタクヤ様の病変は見ただろ」
「はい」
「そういうことと、関係があるんだよ」
「つまり?」
「あの技術は、物理的な工作だけではない。生物的ななにかが関わっている。あるいは呪術的ななにかも」
「たしかに、そういうことがなければ、大国の科学技術でまねができないわけはないでしょうね」
「逆に、機械的なものでないから、古い時代から我が王宮に伝わっている」
「なるほど……そんな話、普通の人なら信じないところでしょうが、私だったら、わりと、信じられます」
ドクターは茶をすすり、目を閉じて、ため息をついた。
「私は、今日、怪我人を診ていて気がついたよ。ユリは、気がつかなかったか?」
「なにをですか?」
「怪我人の多くは、反タカコ派に近い者たちだった。秘書や、使用人など。私にすべてがわかるわけでもないが、おおざっぱにはそんな感じだ。しかしな、反タカコ派の当人は、だれ一人も運ばれてこなかった。王の不在をいいことにビジネスを進めようとしていた重鎮、政治家、貴族。私ですら、だいたいのメンバーはわかっている。もしそういう人が負傷したなら、最優先で運ばれきたはずだ。ところが、一人もいなかった。で、さっき、テレビで死亡者・行方不明者のリストを見ていたら、なんとなくわかったよ。どうやら、みんな、死んだようだ」
「つまり?」
「和が国の秘技を大国に売り渡そうとしていた者たちは、私の知る限り、今回の件で、ほとんど全員、世を去った」
「それって、つまり……」
「計画性を感じないか?」
ドクターの問いに、ユリは慎重に言葉を選んで答えた。
「爆撃を受けるように、どこかに集められていた、ということですか?」
「だろうな。会議か、宴会か、しらないが」
「それが……国の秘密を守ることが、龍人族の目的だとしたら……でも、それしか方法はなかったのでしょうか? そんなことをしたら、せっかくのタカコ妃の願いも汚されてしまう」
「私にはなんとも言えん。が、もし本当の主犯があいつなら、やるだろう、とは思った」
「あいつ、とは? 父さんは、なにか心当たりでも?」
「うむ。言いにくいが、それが……それこそが、おまえの先輩なんだ。私の、もうひとりの娘だ」
ユリは手を口に当てて、あわてて首を横に振った。
「ありえません。まさか。それはさすがに」
「勝手な想像だが、私だから、わかることがある」
「以前にいらっしゃった祈り師候補のかたが、今回の爆撃を? 王宮を破壊し、多くの命を奪ったと? うそです。だって祈り師は、人の心を癒やし救う存在。惨劇を起こすために存在するのではありません」
「あいつは、10年前、ここを飛び出していったきり、なんの連絡もない。だから、今回のことに直接どこまで関わっているかはわからん。ただ、あいつは祈り師として王宮の秘密を知ってから、罪人覚悟で我が道を選んだ。それは事実だし、関わりを示す噂は、なんとなく聞いていた」
「かかわり?」
「龍人族とな」
「そんな……ありえない……」
「はっきり言う。私の想像では、あいつが、龍人族を組織した本人だ」
「それって、テレビで騒がれている国際テロ組織ですよね? テロ組織のリーダーが、元祈り師なんですか?」
「あいつは、私が診療所に着任して早々、預かった娘だった。思いやりの深い、真っ直ぐな性格だ。タカコ妃を、誰より尊敬していた」
「どうしてそんなことを」
「知りすぎた、とは言いたくはない。そもそも私も詳しくは知らん。ただ、ベルベスは、精製過程で深刻な環境破壊をもたらす」
「そんなこと、誰も話題にしていないし、誰も知らないことですよね?」
「それを、あいつは知って、じっとしていられなかったわけだ。理由は察せられる。しかし、私はあいつを許さなかった。私は、私自身も許せなかった。祈り師の育成なんかに関わることは二度とごめんだと強く誓ったものだ」
ユリは、さめてきたカップを、温め直すかのように両手でつつんだ。
「でも、私を育ててくださいました」
「いや、逆だ。私は、おまえに育てられたのだ」
ユリは微笑んで、小さくうなずいた。
「おぼえています。私の記憶にある父さんは、いつもお酒を飲んで、なげやりで、患者を怒鳴ってばかりで」
「ああ、本当にそうだったな」
「でも、そんな理由があったなんて、知りませんでした」
「あいつなら、曲げられないことは、曲げずに行動する。それは、わかる。しかしその行動が、過激すぎる」
「その人が、ここにいらっしゃったのですね?」
「これだけは絶対に他言するなよ。今や龍人族は、我が国の敵だ。わずかな関係でも見つかれば私だって何をされるかわかったものではない」
「はい……」
「ユリ。ユリは、祈り師になって、なにを知った?」
「私は……ただ、王の偉大さを、あらためて悟らされるばかりでした」
「偉大というか、苦労ばかりで大変なお方だ。いまや、デルフィーニ王の立場は難しくなるばかり。体力も落ちている」
「そのとおりです」
ドクターは深いため息をついた。
「あのなあ、私はしがない診療所の医師に過ぎないが、たぶん王の世継ぎのタイミングを狙って、動き出すものは動き出すだろうと、じつは内心、察していた」
「本当に?」
「察していたわりに備蓄が足りなくてひどいめにあったがな」
「しかたがありません。それに、備蓄はしていた方だと思います。日々の患者はわずかなのに、どうして点滴バックが箱積みされているんだろう、ってずっと不思議に思っていました」
「災害備蓄だが、さすがにここまでは予想していなかった。まあ、終わったものはしかたがない」
「父さん、これは、まだ、始まりに過ぎないのでしょうか?」
「だろうな。ベルベス推進装置。音もなく、熱の発生もなく、小型で高速が出せるとなったら、それだけで無敵だ。古い文献では、光速を超えた記録まである。大国は、それを自ら保有し、管理することを望む。さしずめ、小さな核兵器だ」
「つまり、タカコ様は、”そのようなこと”と、お戦いになられていたのですね?」
「うむ。そうだし、やり方の是非はあれど、おまえの先輩も、やはり同じだ」
ユリは、クラクラした。
祈りで精神力を使い果たしていたユリには、まともに受け止めるには重すぎる内容。
「とりあえず、私は、髪も乾いてきたので、タクヤ様のもとに戻ります。でも、私はここを出ていったりしませんから」
ユリが強く断じたことを、ドクターは疑ったわけではない。
しかし、言わなければならない、と感じ、あえて、淡々と言った。
「ユリ、おまえとは、会えなくなるかもしれないな」
「え?」
「今のうちにはっきり伝えておこう。おまえは私の自慢の娘だ」
「会えなくなるなんて、そんなこと、絶対にありません。私は、ここに帰ってきます」
ドクターは、ユリの目を見て、優しい笑みを浮かべた。
ユリは、とてもいい子だ。
しかし、なにか大きなウソもついている。
ドクターにはそれがなんとなくわかった。
それもふくめて、ユリはユリ。
「いっておいで」
「父さんも、今日は早めに休んでね」
「ああ。しかし、今夜くらい、酒でも飲むか」
「ちょっとだけですよ」
「わかってる」
ドクターが立ち上がろうとすると、ユリは手ぶりで制した。
ユリは台所でグラスに氷を入れて、蒸留酒を多めに注ぎ、祈りの間に走って、北の海岸で採れる稀少な香りを足した。
「どうぞ。疲れがとれる特製のやつ」
「ははは、おまえ、ヘンなこと知ってるな」
「大人とのつきあいは、ないわけではありませんので」
ドクターは酒に口をつけて「うん、これはいいな。不思議な香りが身体に染み入る」とうなずいた。
「……しかし、ユリが祈り師か。小さかったのにな。泣いてばかりの子だったのに。今では酒まで作ってよこしよる」
「私だっていつまでも子供じゃないよ。じゃあね」