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きょう
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五月三日 月曜日
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今日は夕方、仕事が終わると、彼女から「冷蔵庫の食材が切れそう」と連絡が来ていたので、一度家に彼女を迎えに帰ってから、一緒にスーパーへ買い出しに行った。二人でスーパーへ来た時は、いつも僕が入口でカートとカゴを用意している間に、彼女は真っ先にお菓子のコーナーへと駆けて行く。そして毎回、お気に入りのチョコレート菓子を一つ取ってくるのだが、珍しく今日はもう一つ、新発売らしいものも持っていた。僕が「それも欲しいの?」と尋ねると、彼女は上目遣いにじっと僕を見ながら頷いて、「どうしても選べなかったから、今日だけ、お願い」と言ってきた。まるで子供のワガママのようなそれに、僕はやはり簡単に絆されてしまって、カゴを差し出した。
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎それから、食材を集めながら今日の夕飯はどうしようかと話していると、ふいに彼女が「リゾットというものを食べてみたい」と言い出した。どうやら昼間にテレビのグルメ番組で見たらしく、それがどれだけ美味しそうだったかと熱弁を振るう彼女に、それなら二人で作ってみようかと、僕までリゾットの口にさせられてしまった。
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎二人で調べてみて、「ミラノ風」にしようと決まり、レシピを見ながら材料集めを始めたのだが、どうやらそのリゾットは「サフラン」や「ブイヨン」、「パルミジャーノ・レッジャーノ」などといった見慣れない材料を用いるものらしかった。しかしこんな田舎の小さなスーパーにそれらは売られておらず、どうしたものかと二人で笑い合って、結局手頃なもので代用することにした。そこからは玉ねぎ、バター、オリーブオイルと順調にカゴに入れていったが、最後に「白ワイン」の文字に気付くと、僕たちはまた顔を見合わせた。僕は「安いものも売っているしそれを買おう」と言おうとしたのだが、そこで彼女がふいに悪戯を思いついたような表情をして、まるで秘密の話のようにこっそりと「…お高めのやつ買っちゃってさ、残りはこれからご褒美タイムが欲しくなった時に二人で飲む、って作戦はどう?」だなんて素晴らしい提案をしてくれたものだから、奮発して少し高い白ワインを買ってしまうことにした。
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎その後家に帰り、いざ二人でリゾット作りに挑戦した。二人でレシピを見ながら、慣れない工程に一つ一つ手間取りながらも、完成したリゾットは期待以上の美味しさで、少し感動させられた。それに、楽しみのあまり冷ますのを忘れて熱いリゾットを頬張ってしまったり、涙目になりながらも「美味しい」と顔を綻ばせたり、お供にと注いだ白ワインをおずおずと舐めたりする彼女の姿を見ていられたことが、僕にとって一番楽しかった。
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎案の定、酔いが回ったせいで、彼女は普段よりも早く眠りについてしまったけれど。
五月十五日 土曜日
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎今日は、彼女と一緒に本屋へ行った。昼食の時に僕が最近読んだ本の話をすると、思いのほか話が弾んだので、そのまま出かけることになった。
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎僕と彼女は本の趣味がかなり似通っているから、本屋に着くと、自然と同じコーナーへ一緒に足を運んだ。そこでそれぞれ自由に本を選びながら、時どき、自分のお気に入りの本をお互いに紹介し合ったりもした。好みが似ているとは思っていたけれど、そうしてみると、彼女にしては意外なチョイスのものだったり、同じ本でも二人で全く感想が違っていたり、新たに興味を惹かれたものがあったりして、キリがなくなりそうなほど楽しかった。そこで僕が、「相手におすすめしたい一冊をお互いに選び、感想を伝え合う」という提案をしてみると、彼女はたいそう喜んで、色んな本を真剣に見比べ始めた。僕も、彼女に読んでもらいたい本は何がいいか考えた。結局、僕はとある愛の物語を描いた作品を選んだ。一人の男が、愛する女性のために自分の身までもを捧げる物語。僕はその本を彼女のものと交換し合うとき、「僕が一番に好きな作品で、君も恋愛ものをよく読むと言っていたから」となどと言ったものの、それは嘘ではないのだが、百パーセント純粋に彼女のためだ、というわけでもなかった。なぜなら、彼女がこの物語を読んだとき、あの主人公に僕を重ねて、普段口にはしない僕の彼女への愛情もまたこれほどの深さを秘めているのか、と少しでも気づいてくれはしないか、なんていう僕のエゴが、少しだけ混ざっているからだ。
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎彼女が僕に選んでくれた本は、表紙や題名からして、おそらく自然や鳥といったものがモチーフの作品らしく、季節の自然や生き物が好きな彼女のことだから、中身もそういう穏やかな雰囲気の物語なのだろう、と思った。実際に読むのが楽しみだ。あと、そうして本を交換してみて初めて気がついたことだったが、僕と彼女の選び合った本はどちらも題名に「春」の字があって、彼女はそのことをまた嬉しそうにしていた。
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎その後一緒にレジに並んでいる間に、二人ともがお互いの本を読み終えられたら感想大会をしよう、と約束した。
五月二十七日 木曜日
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎彼女は、今日も朝から起きられないようだった。昨日と同じように、ベッドで布団を被って横になったまま、出てこなかった。それに彼女は壁を向いていたから、ここ二日ほとんど顔を見ることもできていない。けれど声だけは、言葉少なだが変わらず返してくれるので、僕は彼女の声聞きたさに「暑くない?」とか「お腹は空かない?」とか、つい話しかけてしまう節があった。いや、理由はそれだけではなかった。例えば彼女がたまにトイレに立ったりするのを見た時、彼女がこの二日でまた少し痩せたような気がした。だから、もしこうした日が十日ばかり偶然に続いてしまえば、彼女はこのまま消えてしまうかもしれない、などということをふいに考えてみたりしては、「やっぱり昨日のスープを雑炊にしようか」と言ってしまいたくなったのだ。
︎︎ ︎︎︎ ︎︎︎ ︎それから僕たちはいつもと同じように過ごしていたが、二十三時頃に、寝たきりだった彼女がベッドから起きてきた。そして「ご飯を食べたい」と言った。今日のような日に彼女がこうして気分を持ち直して、自ら食事をとろうとしてくれるというのは珍しいことで、僕は本当に嬉しかった。「今日はシチューだよ」と伝えて冷蔵庫の残りを温め直し、トーストも焼いて出すと、彼女はリビングでちゃんと食べ始めてくれた。それに安心した僕は、その間に風呂を済ませてしまうことにしたのだが、出てくると、リビングにいたはずの彼女の姿がなくなっていて、シチューやトーストはテーブルの上に残されていた。彼女は、再び寝室で横になっていた。僕は「もう食べられそうにないのかい」と声をかけたが、彼女は「そうではないけれど、また気分がモヤモヤしてしまうの」と言っていた。仕方なく思いながらリビングへ戻ると、彼女が食事と共に見ていたテレビが、確か世界旅行がどうだとかいう番組だったはずが、いつの間にか飛行機事故の特集へと内容を移っていた。そこで初めて、番組表を確認しておくのを忘れていたと気がついた。いつも気をつけていたのに。彼女の回復に安心しきって、やってしまったのだ。僕は本当に、自分の手落ちぶりに舌打ちしたい気持ちになりながら、テレビを消した。
コメント
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うわあ、三つの日付がこんなに違う世界だと思わなかった…。最初のスーパーの買い出し、一緒にリゾット作って白ワイン買っちゃう夜、めっちゃ幸せでほっこりする。それなのに最後の日付で彼女の様子がガラッと変わってて、読んでて胸がぎゅってなった。テレビの内容まで気にしてあげてたのに、うっかりしてた自分の手落ちに舌打ちしそうになる主人公、その細かい描写がめちゃくちゃ刺さる。「消えてしまうかもしれない」って一文がもう…たまらん。このギャップがリアルで物語としてすごく好きです。