同居の話が出てからはとにかく早かった。
部屋を借りて、引っ越しをして、日々ダンスもトレーニングも、共同生活を、ひたすらに次のステージへと進むために努力してくれていたようだった。
やっかいな感染症のせいで、あまり出歩けない俺たちはよくLINEで通ビデオ話しながら何気ない日常のこと、仕事のこと、楽しかったこと、愚痴なんかも話合った。
けどいつも俺はひとりぼっちで、若井と涼ちゃんはふたりで、俺の知らない話をすることもあった。
多少ギクシャクしたこともあったみたいだけど、日を追うごとに2人の雰囲気は良くなり、距離も近くなったみたいだった。
···ビデオ通話中···
「元貴聞いて、涼ちゃんこの前、コーヒー淹れてくれたんだけど砂糖と間違えて塩たっぷりのカフェオレ作ってさぁ」
「言わないでよ!本当にうっかりしてたの、あの1回だけでしょ」
「甘いもの飲みたいなっていったら作ってくれたのが塩と牛乳たっぷりのカフェオレって、嫌がらせかと思ったよ」
「ほんとにごめん、けどそのカフェオレを若井が吹き出して、その時僕真っ白なTシャツきてたのにコーヒーまみれになったんだから!ひどいよね?」
「いやいや、涼ちゃん、あれは本当に飲めたものじゃないから」
「けどコーヒーの染み取れなかったんだよ」
「だからあげたでしょ、俺の白いTシャツ」
「どうせなら新品かってよ!」
スマホ越しの向こうには、少し前には想像出来ないくらい仲の良い2人がいた。
「っていうか、若井って涼ちゃんって呼んでるんだ?」
「え、あ、ほんとだいつの間にか···藤澤って言いにくいし、涼ちゃん藤澤って顔じゃないし」
「どんな顔だったら藤澤っぽいの?僕は嬉しいけど、じゃあ僕もひろとって呼んだほうがいいかなぁ、それか岩井さんかな」
「いや、若井だよ!もうスキニシテ···」
あははっ、と涼ちゃんの楽しそうな笑い声。
りょうちゃん、ひろと、か。
僕は嬉しい、か。
随分仲良くなったんだな。
俺、お邪魔虫じゃん。
耐えきれなくなって、ごめん、ちょっとお腹痛いから切るわ、と言って2人の返事も聞かずに通話を終了した。
はぁ、と深いため息をついたけど重い気持ちは晴れず、石でも飲み込んだような重さを感じた。
なんで、俺の隣にいないの?
毎日のように会ってるときはいつもそばにいたのに。
くっついたり、抱きついたりもしてた。
若井は親友であり、戦友であったけど甘えられるのはやっぱり涼ちゃんだった。体調が悪かったり嫌なことがあるとすぐ気づいて大丈夫?って頭を撫でてくれた。
今は俺じゃない人を気遣って優しくしてるの?
会えば会うほど気持ちが募って好きが高まって距離を取ればそれもなくなるかと思っていたけど。
会えなくても好きが募っていって、自分の知らない涼ちゃんが増えて、嫌になるほど涼ちゃんのことばっかり考えて1日1日が過ぎていった。
朝がきて、夜がきて。
寝れば解放されると思っていたけど、夢にまで出てくるようになって。
これまでのこと、これからのこと
不安や焦りと寂しさが一緒になって
眠るのが怖くなった。
寝れば夢に苦しめられて、朝起きれば1人だという事実に苦しめられる。
作曲活動と打ち合わせは、なんとかこなしていたけれど、若井と涼ちゃんと連絡を取ることが少なくなって、いつも理由をつけてはビデオ通話を断り続けていた。
声が聞きたいけど、ただ聞くだけじゃ辛すぎて、会いたくなるけど、こんな俺は見せられない。
会ったら我慢出来なくなるから。
この思い全てぶつけたら、全て壊してしまうから。
優しい涼ちゃんを傷つけて搾取するような真似はしたくない。
早くこの思いをしまって捨ててしまわなければ。
それなのに、弱い俺は捨てきれなかった。
想いは残っていて。
あの日あなたが来たとき、抑えられなくなってしまったんだ。
コメント
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初コメ失礼します!続き、楽しみにしてます💛