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「アイ。おはよう」「はい。おはようございます。」
機械の作動音が部屋に響き、微かに電子音が鳴った。
「うん。今日もちゃんと目を開けられたね。
偉い偉い。」
そう言って笑ったのは灰色の長く伸びた髪を一つに束ねた長身の男性。
「はい。ありがとうございます。」
そう答えたのは黒く美しい髪をそのまま下ろした性。美しく町に降りると男が群がってくる程だ。
でもその女には心がなかった。
「ご主人様。本日の業務は、洗濯・お料理・掃除。
先日と同様の内容でよろしいでしょうか。」
「あぁ。毎日悪いね。あっ。あと今日は身体の調節をしたいから16時ぐらいに執務室まできてもらっていいかな。」
「かしこまりました。16時にて執務室での身体の節。を予定にいれておきます。」
「うん。ありがとう。」
「はい。」
女の身体は調節が必要であった。
何故ならば女は「ご主人様」と呼ばれるものが開発した
「人型AI」と呼ばれるものだったからだ。
「アイ。その前に朝食だ。食卓に座って。」
『アイ』とは女のことである。
「かしこまりました。ただいま朝食をご用意いたします。」
「いや。私がするよ。座っていて。」
「はい。かしこまりました。」
男はアイが座ることを確認すると台所で食パンを焼き始めた、一枚だけ。
焼き終わるとバターを塗った。
そして食卓にパンをおき、アイの後頭部についてある
コードを蓄電器に差し込み、男も椅子に座った。
男がアイに呼び掛ける。
「アイ。美味しい?」
「電気に味はございません。」
「そっか。」
「ご主人様。アイは感情を持ち合わせておりません。
そのため「美味しい」という気持ちを感じません」
「ははっ。分かってるよ。」
男は少しは困った顔をしてそして、アイをいたずらっ子のような顔で見つめた。
「ねぇ。アイ。感情、ほしくない?」
「欲しいという感情も――」
「感じない。ね」
アイは先を読まれ少し困惑した顔をした。
「一応ね。少しずつ感情の研究をしているんだよ。
ほら、さっき困惑したでしょ」
「いいえ。」
「いいや。したよ」
「してません。」
また男は困ったように笑った。
そうして食べ終わると席を立ち、
ふと、窓のそとを見た。
家の前にある大きな木。ハナミズキと言うらしい。
男は言った。
「ハナミズキの花言葉は「私の想いを受け取って」なんだ。いつかアイもそんなことが言えたらいいね。」
それだけ言って男は執務室へと入っていった。
アイには感情がない。
AIが感情を持つということはとても困難である。
しかしアイは少しだけ感情を持つ。
長年の男の研究の成果である。
いまとなってはアイは蝶が好き。隣にあるカフェの扉が開くときになる鈴の音色が好きだったりと、少しずつ感情を持った。
しかし男にとってはまだ、足りない。
笑って泣いて人間のようであって欲しいのだ。
家中の時計が15時59分を指したとき、アイは執務室の目の前に立った。
そして16時となった瞬間扉をノックした。
「アイでございます。」
「あぁ。入って。」
扉を開けるとそこには男の姿があった。
「よし。調節を始めようか。」
男はアイをうつ伏せでベッドに寝かせた。
するとアイの背中の蓋を開けた。
そこにはたくさんの回路がある。
男はそこをいじっていく。
一時間ほど経った。
男は蓋を閉めアイを座らせた。
「よし。調節終わったよ。」
「ありがとうございます。」
「うん。いつも通り、少しお話をしようか。」
『お話』というものは調節の結果を確認するような
時間だ。
「一つ目の質問だ。アイ。君の目の前で蝶が踏み潰された。君はどう思う?」
「…可哀想だと思います。」
「二つ目。もしカフェに行けるとしたらどう?」
「…嬉しいです。」
アイはAIであるためカフェに言ったことがない。
「最後は。私の名前は「紅」と言うんだ。君は私を紅と呼ぶかい?」
「…許可があるのならば呼ばせていただきます。」
「うん。今回の調節は成功だ。最後の一言がその証拠だね。前まではきっと、効率的ではないのでとか
言っていたよ。」
「紅」はそう言って笑った。
アイは答えた。
「…紅様とお呼びしてもよろしいでしょうか。」
「君の好きにしたらいいよ。」
「かしこまりました。」
そう言ってアイは執務室を後にした。
「アイ。おはよう。」
「はい。おはようございます。」
次の日になった。
また同じような日が続いた。
15時頃に紅が出掛けていったことを除いて。
アイは一人でお留守番をすることになった。
お留守番をしていて少し経った頃、そとから演説の声が聞こえてきた。
『AIを開発し、感情を与えることは死罪となる。
AIを開発しているものは即刻処罰を受けるべきだ。』
と言うものだ。
アイの動きが止まった。
自分の存在が罪だと知ったからだ。
表情は変わらない。
だって機械だから。人間ではないから。
アイは外に飛び出した。
隣のカフェに入ってアイは言った。
「AIとは罪なのですか。アイは罪人なのですか。
アイだけでなく紅様も。」
店員は困ったように眉を潜めた。
「アイはいけない存在なのですか。
感情を持ち、笑って泣いては行けないのですか。
アイを愛してくれた紅様。アイに心をくれた紅様は
死んでしまうのですか。」
アイはそう言い続けた。
しばらくすると、紅が扉を開け、焦ったようにアイを連れて家に帰った。
家で椅子にアイを座らせ諭すように言った。
「アイ。どうして外に行ったんだい?」
「――。」
「アイ。言いたくないなら構わない。でもね、分かって欲しい。私は。紅はアイを愛しているよ。」
「――っ。」
紅の瞳からは涙が溢れていた。
今まで見たことなんてなかった。
人間の、あたたかな涙。
「アイ。笑っておくれよ。」
アイは笑っていない。
だって機械だから。笑うことなんて、できない。
「アイ。ごめんな。私はアイに私の娘を重ねて見ていたんだ。」
アイは感情の代わりに紅の瞳を見続けた。
「アイ。私には可愛い娘がいたんだ。「愛」と言う名前のな。たくさん笑って泣いて、可愛い娘だった。
でもある日、死んでしまったんだ。井戸に落ちてあがってこれずに溺死だ。妻の心愛も愛が死んだショックですぐに死んだ。私は寂しかったんだ。」
紅はアイに謝り続けた。
ごめん。代わりになんてしようとして、ごめん。と
そしてアイが口を開いた。
「――アイはAIです。紅様のためなら壊れても構いません。紅様のご命令は必ず聞き届けます。ですが今のアイは故障しているのでしょうか。
今のお話をお聞きして、アイは少し胸が痛むのです。」
アイの表情は変わらない。
でも必死に紅の瞳を見つめる。
「アイは。悪い子です。愛様のようにはなれません。
でもそれでいいと思ってしまうのです。」
紅は涙を流す。ずっと、ずっと。
「――アイは紅様の「大切」になれたのでしょうか?」
「――あぁ。もちろんだ。アイは私の大切な娘だよ。」
涙ながら紅は言った。
紅は困ったような笑顔を見せた。
アイが密かに好きな表情だ。
いつもの表情にアイは少し胸の痛みが収まった。
紅がアイを強く、強く抱き締めた。
そうしてアイの後頭部にある電源スイッチを押した。
アイは瞳を閉じた。
「紅様。紅様っ。ご無事ですか?」
暗い闇のなかアイは走る。でも終わりはない。
助けてと口走りそうになっても唇を噛んだ。
アイ自身が助けなければと考えたからだ。
アイはそこで目を覚ました。
どうやら夢を見ていたみたいだ。
手足が動かない。
アイは目を開け、自身の手足に目をやった。
どうやら切断されているようだ。
アイは顔を横に向けた。
そこで目にしたものは信じられない。いや、目を疑うものだった。
木の前に穴を掘っている。制服のようなものをきた
屈強な男たちがあるものを穴に埋めていた。
「あるもの」のなかに灰色の長い髪が血に濡れている頭部があった。
「――紅様?」
そう呟こうとしたが声が出なかった。
声のシステムが破壊されたのだろう。
アイは初めて怒りという感情を感じた。
時は経ち50年後。
春がやって来た。
ハナミズキの木だろうか、白い花弁が木上から舞い落ちる。
その木下に一人の女が眠っていた。
遠くから呼び掛ける声がする。
「佳澄。いつまでそこにいるのよ。そこ、好きねぇ。」
その声で女が目をひらいた。
「――母さん。」
「ご飯よ。早く帰りましょう。」
「――うん。でもね、ここにいたいの。」
「もー。なんで?」
「なんかね。懐かしいの。懐かしい、香りがするの。」
「――はぁ。仕方ないわね。今日はピクニックにしようかしら。ちょっと待ってて。ご飯、持ってくるわ。」
「――ありがとう」
女は黒く長い髪を風にさらしながら瞳を優しく瞑った。
「――。」
――アイ。
そう呼ぶ声が微かに聞こえた。
佳澄と呼ばれた女は一人呟いた。
「紅、様?」
佳澄は自分の言葉が分からなかった。
でもなんだか涙が込み上げた。
涙が流れた。
今まで生きていてなんども流した涙が。
でもこの涙はいつもよりもあたたかかった。
そして佳澄は困ったように笑った。
「ふふ。なんで泣いてるのかな。」
蝶がとんだ。
佳澄は蝶が好きだ。
大切に壊れないように指の上にのせた。
ハナミズキ。
花言葉は「私の想いを受け取って。」
誰か、大切で大切で、大好きな人が教えてくれた。
ねぇ。誰か分からないけど私の、大切な人。
私ねたくさん笑って泣いてるよ。
佳澄はハナミズキの木のしたで大切そうにハナミズキの花弁を胸の前で優しく握った。
そしてその花弁を静かに遠くへ、遠くへ
飛んで行くように、風にのせた。
コメント
1件
おお…これは泣いたわ。紅がアイに「私の想いを受け取って」ってハナミズキの花言葉を教えるシーンから、最後の佳澄がその花弁を風に乗せるところまで、全部が綺麗に繋がってる。アイが「胸が痛む」って言ったとき、ちゃんと感情が芽生えてたんだなって思うと切なくてたまらんかった。紅の娘への想いと、アイへの想いが交差して、最後の「たくさん笑って泣いてるよ」で全部報われた気がした。いい話をありがとう、とーとさん。続きがすごく気になる。