テラーノベル
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※引き続きwkiぐるぐる
side:wki
弓形に背を仰け反らせて、汗ばんだ肩がびくん、と数回大きく跳ねる。
持っていかれそうな肉の収縮に息を詰め、何とか逆らって熱を引き抜き、その背中に吐精した。
震わせて開いた唇から音にならない叫びのような空気を漏らし、数秒、虚ろな視線が宙を彷徨ってから涼ちゃんは脱力してシーツに体を沈ませる。
「涼ちゃん…?」
呼びかけてみても反応はなく、完全に意識を失っていた。
やってしまった、と思った。
今更。冷静に振り返ってみたって、なんの言い訳もできない。アルコールのせいだなんてとんでもない。
確実に、自分の意思で、涼ちゃんを抱きたいと思って、手を出した。
気持ち良かったし、泣いている涼ちゃんが可哀想で可愛くて、酷いことをしている俺のせいなのに、他の誰でもない俺が涼ちゃんをそうさせているということが、堪らなかった。
好きになったときには、もう傍に元貴がいた。そのまま、想いをひっそりと眠らせておけばよかったのに。
手を伸ばして、抱き締めてしまったら、もう終わりなのに。
抑えていた気持ちが、嫉妬や苛立ちや、焦り、諦めなんかとぐるぐるに混ざって、ドロドロに溢れたら止められなくて。
ヴェールや壁なんて一つもない距離で元貴が涼ちゃんを抱いてる、と思ったらもう駄目だった。
実際に、元貴とそういう関係なのかはわからない。体の反応で、と思い返してみても、どんな目で見られるかが怖くて逃げるみたいに後ろから抱いたから反応もくそもない。
「無理、させて、ごめん、涼ちゃん」
これでも、本当に…好きなんだよ。
意識のない相手に何を言っても伝わらない。
それどころか、俺の方から無理矢理一線を越えてしまった。築き上げた大切な信頼関係を、壊してしまった。そんな状態で、きっと俺に裏切られたと傷ついただろう涼ちゃんに、好きだなんて、どの口が言えるんだろう。
翌朝、涼ちゃんはすんなりと目を覚ます。
お酒も入ってて、あれだけ無理をさせたから、昼頃までは起きないかも、と思っていたから予想外だった。
無理を強いたのが自分だというのは重々承知の上で、そう思う。
あれ…と小さく呟いて、上半身を起こし、ベッドの傍に座っていた俺と目が合う。一度瞬きをして、首を傾げ、現状を確認するために部屋を見渡して、視線がこっちに戻ってきた。
俺の顔を見て、たくさん泣かせてしまった腫れぼったく赤い目元で、何度か瞬きをする。
ここが自分の部屋ではなくて、起きたら俺がいて、体の所々に違和感があるだろう。それらの理由をきっと思い出している。
一周視線を巡らせた間に俺を見る瞳の色が変わるかと思って怖かった。けれど、変わらなかった。こちらが逆に心配になるほど、何の変化もないいつもの涼ちゃんの瞳が俺を見ている。
「…あー、そっか。…そっかぁ」
ほんの一瞬だけ唇を噛んで、困ったような笑いを浮かべる。
視線は、そのまま伏目がちに俺から外れた。
「涼ちゃん、」
「大丈夫、へーき」
俺の言葉にかぶせるみたいに言って、
「ごめんね、ベッド占領しちゃった」
と口早に謝った。
ごめんね、と言われてしまって、それ以上言葉が紡げなくなってしまう。
自分は何を言うつもりだったんだろう。この期に及んで、謝るつもりだったのだろうか。謝っても最低だけど、謝らないのも何か違う。
けど、謝るのは、自分勝手すぎる気もした。
呑んでしまった言葉が何だったのか、自分でもわからない。
好きだ、なんて言ってももう伝わらないし、信じてもらえないのに。
そもそも、好意を伝えられるような間柄ですらなかった。ただ、信頼関係と絆を深めるために一緒に住んでいただけの同居人で、俺は元貴じゃない。
その築き上げていた信頼関係ですら、一時の、一方的な嫉妬で、自分から壊してしまったのに。
成す術がないのは、自分の愚行が招いた結果だ、と拳を握り締めた。
そんな俺の心情など知らない涼ちゃんは、すごくゆっくりと、のそりと体を動かす。
すごく困った笑い顔で
「あのさ、若井さん。ちょっと、後ろ向いててもらっていい?」
体にかけられたリネンを握り締めてそう言ったから。
そういえば、あまり無理もできずに着替えもさせられず全裸のままだった。と思い出す。
今更ながら。俺のベッドで、全裸の涼ちゃんが俺のシーツに包まっている。その光景は、なんだかとても、昨夜の情事を色濃く匂わせていて、ぶわぁっと一気に顔が赤くなってしまった。
それを見て目を丸くした涼ちゃんの顔を見ていられず、言われた通りに後ろを向く。
ここで顔を赤くするのは場違いすぎるだろ、と自分に辟易する。無理矢理抱いておいて、どういう神経してるんだと自分でも思う。
どういうつもりかはわからないけれど、涼ちゃんは平然を装ってくれている。今、何を考えているのかは想像でしかないけれど、元貴のこととか、俺との信頼関係についてのこととか、これからの生活のこととか。色々なことが一気に脳に溢れて、まともに考えられなくて、一先ずは当り障りない感じでこの場をやり過ごすのがいいと思ったのかもしれない。
もしくは、昨夜のこと自体、事を荒立てて大事にすることじゃない、と無理に納得させたか。
酷いことをされたと俺を責めて詰ったって、なんらおかしくないのに。
多分、思うことは色々あっても、苦しい辛いものは見ないふりをするんだろう。無自覚に、今まで涼ちゃんがそうしてきたみたいに。自分の心に無理に蓋をして、納得させるんだろう。
だから、涼ちゃんは、ヴェールに覆われた中に独りでいる。正確には、いた。元貴と出会うまでは。
へーき。という敢えて軽めに言った言葉が、それを物語ってる。
布が擦れるような音と、ベッドが軋む音がしたかと思えば、ぅわ。と小さく慌てたような声が上がったから、反射で振り向く。
その辺に脱がされたまま置いてあったシャツを羽織っただけの涼ちゃんが、床にへたり込んでいた。
「だ、大丈夫!?」
いや、どの口が言うんだよ。というつっこみは心の中で聞こえたけれど、見て見ぬふりをするのも違うだろ、と傍に寄る。
正面から肩に触れると、涼ちゃんが息を呑んだ気配。こちらの顔を見て、すぐに視線は斜め下に避けられた。
少しだけ胸が痛んだけれど、当然の反応だと思う。
視線は合わないものの、困ったように涼ちゃんは笑った。
今日、涼ちゃんのその表情をよく見る。目が覚めてからずっと。
「…もー、無茶するなあ、若井は」
女の子はもっと大事にしてあげないとだめだよ。
僕を代わりにするにしても、もっと大事にしてよね。
(…あ、そう、受け取っ、たんだ)
なんでどうして、と考えたら、その答えだって思いつかない筈はない。
アルコールの所為で女の子と間違えた、じゃなくて。
俺が、涼ちゃんを、女の子の代わりに、した。
そう受け取られたって、おかしくはない。
涼ちゃんが何を考えているのか、関係が崩れる前までは少しはわかるつもりだったのに、『本当にそう受け取った』のか、『そう思うことで無理やり自分を納得させた』のか。自業自得だけれど、全くわからなくなってしまった。
本当に、自分が悪いのは重々承知だ。
透けるくらい薄ヴェールが、真っ黒な緞帳のようになって、そう簡単に向こう側が伺えなくなってしまったような、そんな感覚。
自分の愚かさに、眉根を寄せてしまった。
途端、ごめんね、嫌な言い方しちゃった?と静かな声が聞こえた。逸らされていたはずの瞳は、今、下から掬い上げるように俺を見上げている。
俺の表情を伺うような、その目が。何とも言えない、色と感情を宿している。
涼ちゃんってこんな目をする人だった?
少しずつ積み上げてきた時間と信頼と会話と。それで築けた関係の中で、そんな目をした涼ちゃんは見たことがなかった。
もっと、裏表のない純粋な、少しだけ憂うような陰のある、惹き込まれるような目をしていた。だから、俺は、この人を知りたいと思ったはずなのに。
すごく嫌だ。
自分が悪いのに、自分の知らない仄暗い光を宿してる、その瞳で、見つめられるのが、すごく嫌だ。
吐きそうだ。
知らない涼ちゃんを知りたいと思ったけど、こんな目をする涼ちゃんが知りたかったんじゃない。
ひゅっと背筋が一瞬にして、冷える。
ここまできて、ようやく、俺は自分が思っていた以上に愚かな行為に及んでしまったんだ、と冷水を浴びせられた気持ちになった。
涼ちゃんの中では、こんなふうに変化をする予定ではなかったはずだ。
元貴と同じようにとはいかなくても、他よりは大切だと思える位置に俺を置いてくれて。
これから先も対等な立場で、お互い思いやれるような時間を重ねていくと、信じてたはず。
その位置じゃ満足できなくて、もっと近付きたい、もっと知りたい、元貴と同じところに、できるなら元貴よりも俺を見てほしい、と暴走した結果、関係を歪に拗らせてしまった。
何も言わず固まってしまった俺と、しばらくの沈黙。
先に顔を反らしたのは涼ちゃんだった。
座り込んだ姿勢から、ゆっくりと立ち上がろうとして、
「…いっ、」
鈍痛に顔を顰めて、やっぱり立てなくて前に傾いた体を咄嗟に支える。
受け止めて、抱き締めるような形になったのは、不可抗力だ。
びく、と全身が強張ったのが厭というほど伝わって、慌てて距離を取ろうとした。
ごめん、と言いかけてーーこのごめんは、行為に対してじゃなくて、触れてしまってごめん、なんだ――と言い訳のように思って、けれど、次の瞬間には口を噤んでしまう。
結局、何も言葉が出せなかった、
涼ちゃんが、額を俺の肩に預けるように擦りつけてきたから。
「わ、かい…」
耳に飛び込んできたのは、小さく震えた声。
俺を呼んでいる。
縋るように、泣き出す寸前の子供のように肩と声を震わせて。
現状を把握した時から、我慢していたものが張り詰めすぎて糸が切れたのだろうか。
あんなわけがわからない状態で裏切りのように無理やり暴かれて、てっきり俺に触れられるのが嫌なのだと思っていた。一瞬。ほんの一瞬だけ、不可抗力で抱き締めた形の腕の中で擦り寄られたがために、触れられるのが厭じゃないんだという僅かな希望を見た気がしてしまった。
世の中、そんな都合のいいようにはできていないのに。
「元貴に…もときにだけは、絶対に、」
いわないで、おねがい。と祈るように額を肩に摺り寄せてくる。
浅はかすぎて、笑えない。
無理やり抱いた所為で、どこか遠く距離を感じてしまって、自業自得だと暴走した自分を後悔したところで、縋り付いてくるような仕草に、浅薄ながら淡く希望を見て、そして呆気なく打ちのめされる。
元貴。俺の親友。
もう一度バンドに誘ってもらえるようにと思うほど、まだ青かった俺から見ても、音楽の神様に愛されたみたいなひと。
もときに、だけは、知られたくない。おねがい。
涼ちゃんは、嗚咽し、全身を震わせて、そう繰り返して懇願する。
あぁ、やっぱりそうなんだ。涼ちゃんは、とっくに、元貴のものだったんだ。
俺の知らないうちに。
俺が、涼ちゃんを知りたいと思った時には、もう既に。
涼ちゃんが好きだな、元貴よりも俺を見てくれないかな、なんて。
徒恋も甚だしい。
涼ちゃんは、糸がプツンと切れたように泣き出してしまった。
俺にされた色々を思い出しても泣かないのに、元貴に知られたらどうしよう、と泣いてしまった。
激しくて静かな感情がふつふつと沸き上がる。
どこにもぶつけようのない、なんとも言い難い、心地いいような気持ちの悪い、感情。
敵う敵わないじゃない、圧倒的に遠い。
朝日が差し込む部屋で、涼ちゃんの嗚咽だけが聞こえて、俺は絶望に似た気持ちで目を閉じる。
あれだけ触れたいと思ったひとが腕の中にいるのに、抱き締めることが出来ないまま、 言わないよ。と言葉を落とすことしかできなかった。
続
書いているとプロットからどんどん離れていく…
どうしてかな…
軌道修正しないとな。
コメント
11件
更新ありがとうございます。 素敵すぎて、1話目から読み返してみて、💛ちゃんと❤️くんはヴェールの先で心で繋がってるけど、💙君が嫉妬しているようなリアルな関係だったのかな、って思ってみたり…。 だとしたら、余計にそんな大切な場所に❤️くんがいる事に💙君に気づかれてしまって、暴かれてしまって、💛ちゃんの絶望感⁇は深かっただろうなぁって思って読んでました。
💙💛のお話だけど、2人とも♥️くんを気にしてるとこがすっごい気になり、これからどんな感じになるのかな〜🤭と楽しみにしてます✨ 更新、ありがとうございます🙏
上手く言えないですが、この自分が悪い中でなお、暴走と後悔と懺悔とエゴと希望と絶望と羨望と恋情と責任転嫁と自尊心と人間の醜悪な部分が溢れてる💙さんがとても人間臭くてその表現力がすごいなぁと思いました。この若い人間臭い彼を応援したいなと… もとのプロットはどうだったのか、彼らが幸せになっていくのか次回も楽しみにしてます🥰