――我が家!
――そして、いつもの服!
日常とは、何と素晴らしいものか。
ファーディナンドさんとの話を終えて、ようやくお屋敷に帰ってくると、途端に気が抜けてしまった。
「はぁ~……。
やっぱりわたしも、このお屋敷と法衣が落ち着きます~……」
エミリアさんも同様だったようで、私の横でずいぶんと気が抜けている。
「まったくですね……。ジェラードさんはいつも通りって感じでしたけど」
「いやいや! あんな格好をしたのなんて、ミラエルツ以来だよ!?」
何故か少し取り乱すジェラード。
ナンパ師はもう、引退しちゃったのかな?
「あ、そうだったんですか?
それにしても、あそこにはもう行きたくないですね」
場所もそうだけど、服を変えないと浮いてしまうのがちょっと……いろいろとキツイ。
ファーディナンドさんと会うにしても、もう少し他の場所は無いのだろうか。
「わたしもつらいですね……。
で、でも! アイナさんがまた行くなら、わたしも頑張りますよ!」
「ありがとうございます。一度行ってみて分かったんですが、やっぱりエミリアさんにも来てほしいですね。
……一人だと、場違い感に圧し潰されそうで」
「それはとっても、分かります……」
何となく神妙な面持ちで、エミリアさんと意思疎通を果たすことができた。
「――さてと。
夕飯の準備ができているそうなんですが、ジェラードさんも食べていきますか?」
「あ、ごめん。今日はもう帰ることにするよ」
「そうですか? それは残念」
「ところで、ファーディナンドさんに……缶詰? 送るんだよね。
僕が届けに行くからさ、いつ取りに来ればいいかな」
「そうですね……。素材に魚が必要になるので、明日ちょっと魚屋さんに行ってきます。
そうすると、夕方には準備できるかな……?」
「それじゃ、明日の夜にまた来るね。
出来てなくても構わないから、急がないで気楽によろしく」
「はい、分かりました。ありがとうございます。
それじゃ、おやすみなさーい」
「うん、おやすみ♪ エミリアちゃんも、また明日ね~♪」
「お疲れ様でした! おやすみなさーい」
挨拶を済ませると、ジェラードはそのまま帰っていった。
「――うん。
ジェラードさんも、いつも通りに戻ったみたいですね」
「え? いつも通り……ですか?」
「今日はたまに変なときがありませんでした?
……ほら、語尾にあまり音符が飛んでなかったり」
「あー……、確かにそうかもですね。何かあったんでしょうか」
「さぁ……? やっぱり緊張してたのかな……。
まぁそれは一旦置いておいて、そろそろ食堂に行きますか」
「はーい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食堂で夕飯をとりながら、エミリアさんとゆっくり話の続きをする。
今日は気疲れしてしまったので、メイドさんたちの給仕は無しでお願いしていた。
ファーディナンドさんと話した内容も話題にしたかったから、人払いの意味も兼ねていた。
「……それで、私はずっとファーディナンドさんとお話をしていたんですけど――
エミリアさんはずっと、イルナさんと遊んでいたんですよね?」
イルナさんというのは、ファーディナンドさんの横にいた、耳の聞こえない少女だ。
「はい、とっても楽しかったです!
身振り手振りで何とかなりましたけど、途中からは筆談も交えてお話をしたんですよ」
「へー。私も今度、遊びたいなぁ……。
……あそこにはもう、行きたくないけど」
「あはは……。
ところでアイナさん、イルナさんの耳って……もしかして薬で治せたりしますか?」
「む……、どうでしょう?
いつもなら何となく、状態異常を鑑定して調べたりしてしまうんですけど……。
今日は割とテンパっていたので、すっかり抜けていました」
思い返せば、ファーディナンドさんの脚の薬も同じだ。
育毛剤は渡したものの、脚の薬は完全に忘れてしまっていた。
どう考えても、脚の薬の方が優先度が高そうなのに……。
「そうでしたか……。ちょっと話についていけてないんですけど、ファーディナンドさんに缶詰を届けるんですよね?
それなら一緒に、薬も届けてはいかがですか?」
「うーん。缶詰だけならまだしも、薬はどうなんでしょうね。
缶詰もファーディナンドさんには直接渡せないだろうし、そうすると途中で没収されちゃうかも……」
「むぅ……。
それなら缶詰に薬を入れて、手紙とかでその説明を――」
「それだと多分、手紙が没収されてしまいますね」
「ダメですか……。
それではやっぱり、次に会ったときになってしまいそうですね……」
「はい。でも、ひとまず薬は作っておこうかな?」
時間はまだあるだろうし、作るのは都合の良いときに挑戦しよう。
あまり無いことだけど、もしかしたら素材が足りないかもしれないしね。
「ところで、何でファーディナンドさんに缶詰を送るんですか?
どういう流れか、まったく分からないんですけど……」
同じ部屋にいたとはいえ、エミリアさんはイルナさんとずっと遊んでいたのだ。
こちらの話はまったく聞けていなかっただろう。
ちなみに、ジェラードに対しても特に缶詰の話はしていなかったんだけど……彼の場合は、横で密かに聞いていたのかな?
さすがジェラード、というか、こういう話は聞き逃さなそうだ。
そんなことを思いながら、とりあえずファーディナンドさんとの会話をエミリアさんに共有する。
「――ふむふむ。とても臭いの強い、お魚の缶詰を作る……ということですか。
ところで臭うものって、意外と美味しいんですよね。どんな味なんでしょう、とっても興味があります!」
……味に興味がいくとは、さすがエミリアさんだ。
「上手くできたらお裾分けをしても良いですけど、お屋敷では開けないでくださいよ?
本来は屋外で食べるものだったような気がしますし」
「むむむ、やっぱりまるで想像が付かないです……。
ちなみにアイナさんは、食べたことはあるんですか?」
「いえ、無いですね。実物を直接見たこともないです。
でも臭がっている人はテレビで……あ、いや。映像としてなら見たことがあります」
「ふむぅ……?」
私の微妙な物言いに、エミリアさんは不思議そうな顔をした。
この世界にはテレビみたいなものが無いから、こういうのは上手く伝わらないんだよね……。
「……さて、申し訳ないですが、今日は早めに寝ませんか?
私はもう、何だかごろごろしたい気分です」
話がひと段落したところで、エミリアさんに就寝の提案をしてみる。
食事ももう終わったことだし、あとは身の回りのことをして寝るだけだ。
「そうですね、そうしましょうか。
あ、そうだ。今日着てた服って、持って帰ってきたんですよね?」
「はい。ジェラードさんに返そうとしたんですが、返されても困るって――
……まぁ、ジェラードさんも着れませんしね」
「ジェラードさんが着たら、ちょっと引きますけど……」
「でもメイドさんに変装するくらいだから、結構何とかなるかもしれませんよ?」
「確かに……って、何とかなっちゃったらやっぱり怖いですよ!?
……それであの、アイナさん。ちょっと相談があるんですが」
「はい、何ですか?」
「アイナさんが着てた服……ちょっと今晩、貸して頂けませんか?」
「お……? 着るんですか? やった! 見たいです!」
「えっ!? い、嫌ですよ!?」
「えー……?」
エミリアさんのミニスカ姿……。見てみたいんだけどなぁ……。
少し残念に思いながら、その服をアイテムボックスから取り出す。
改めて見ると、こんな服をよく着ていたものだ……。
……と、まぁそれはそれとして、一応綺麗にしてから渡すことにしよう。
服を綺麗にする魔法は――
「ウォッシング・クロース」
そう唱えると、特に見た目は変わらないものの、何となくは服がシャンとしたような気がした。
「え、ええぇ!?
アイナさん、そんな魔法まで使えたんですか!?」
「あ……、初めて見せましたっけ?
神器の素材を調べたときに、夢の中でこれも覚えてきたんです」
「う、羨ましい……! わたしもそんな夢、見てみたいです……!」
「結構しんどかったですけどね……。
はい、それではお貸しします。ささ、それじゃエミリアさんの部屋まで見に行きましょう――」
「見せませんよ!!」
「えぇー……?」
少しゴネてみたけど、エミリアさんの意思が変わることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋に戻ってごろごろしていると、私は私で、エミリアさんが今日着ていた服に何となく興味が湧いてきた。
……いや、本当に何となく。
例の服をジェラードから渡されたとき、エミリアさんの服との交換が承諾されていたら……私があっちの服を着ることになっていたんだよね。
そこら辺の話もあって、エミリアさんはミニスカの服の方に興味が湧くことになったのかもしれない。
それにしても、一度そんなことを考えてしまうと、何だか気になってしまうわけで。
何の気無しに、エミリアさんが着ていた服をアイテムボックスから取り出してみる。
上半身が結構|肌蹴《はだけ》た、丈の長いドレスのような白い服。
胸元がかなり開いているけど、そこを上手く編み上げている黒いリボン。
「……ちょっと、着てみようかな……」
何となく髪型も、エミリアさんがやっていたように結ってみて……。
緊張しながら着替えをして、いざ鏡の前に立ってみる。
――……あれ。何かがやっぱり足りない。
何とは言わないけど、何だかそんな感じしかしない。
ふむぅ……。
……あ。食堂のおばちゃんは、脳内に出てこないでください。
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