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『ENCORE』🔞
鳴り止まぬアンコールの拍手が、まだ耳の奥で反響している。数万人の熱狂を一身に浴びた身体は、アドレナリンという名の炎に焼かれ、心地よい疲労と奇妙な浮遊感に包まれていた。
ホテルのスイートルームの広さが、やけに虚しい。僕は、窓の外に広がる宝石箱のような夜景を、ただ無感動に見つめていた。ステージの上で放電しきった魂は、まるで空っぽの器のようだった。
「元貴」
シャワーを終えた若井滉斗が、濡れた髪をタオルで乱暴に拭きながら、静かな声で呼んだ。
その手には、冷えたミネラルウォーターのボトルが握られている。
「お疲れ」
「……ん」
差し出されたボトルを受け取りながら、元貴は曖昧に頷いた。言葉を交わすのも億劫だった。
若井は、そんな元貴の様子を黙って見つめ、そして、ゆっくりとその後ろに立った。
大きな手のひらが、元貴の肩を、そっと揉み始める。
強張っていた筋肉に、じんわりと体温が沁みていく。
「すごい力入ってるぞ」
「……」
強がりは、すぐに無意味になった。若井の指が、首筋から肩甲骨にかけて、凝り固まった場所を的確にほぐしていく。いつもそうだ。この男は、元貴が言葉にする前の痛みや疲れを、いつだって見抜いてしまう。
「あ…」
思わず、小さな声が漏れた。若井の指の動きが、一瞬止まる。
そして、マッサージとは違う、どこか躊躇いがちな手つきで、うなじのあたりをそっと撫でた。その指先から伝わる熱が、友情とは違う種類の何かであることを、元貴はもう気づかないふりはできなかった。
“元貴”
耳元で囁かれた声は、熱に潤んでいた。元貴は、ゆっくりと振り返る。至近距離にあった若井の瞳は、いつもと変わらぬ穏やかさの奥で、激しい炎を揺らめかせていた。
長年、互いの胸の奥底にしまい込み、鍵をかけてきた感情。その錠が、壊れる音がした。
若井の顔が近づき、唇が重なる。
最初は、互いの熱を確かめるような、臆病なキス。しかし、一度触れ合ってしまえば、もう止められなかった。堰を切ったように、貪るように、互いの存在を求め合う。
それは、長すぎた序曲の終わりを告げる、鐘の音だった。
シーツの海に沈められ、見上げる若井の顔は、知らない男のようだった。いや、違う。これこそが、ずっと見ないようにしてきた、彼の本当の姿なのかもしれない。
元貴の身体の上で、若井はまるで聖典を読むかのように、その指で一文字ずつ、肌の感触を確かめていく。
「元貴の音は、身体で聴くのが一番だな…」
彼の唇が、首筋から胸へと移動し、小さな突起を甘く吸い上げる。
「ひぅ…!ん、ぁ…や、め…」
「やめない」
きっぱりとした声で、若井は元貴の抵抗を封じる。その唇はさらに下へと旅を続け、臍のあたりに舌を這わせた。びくり、と元貴の腹が大きく波打つ。
若井の手が、元貴の昂りに触れた時、元貴はシーツを強く握りしめた。
若井はその手を一度離し、ベッドサイドからアメニティーのローションを手に取る。
冷たいジェルが、熱を持った秘所へと塗り込められた瞬間、元貴は羞恥に顔を赤らめた。
「大丈夫だから…全部、俺に預けて」
若井の指が、ゆっくりと、未知の領域を解きほぐしていく。
戸惑いと痛み、そしてそれを凌駕する、背徳的な快感。内壁を優しく広げられ、身体の芯がじんわりと熱を帯びていくのがわかった。
「元貴…入るぞ」
ゆっくりと、しかし抗いがたい力で、若井のすべてが内側を満たしていく。異物を受け入れる痛みと、パズルの最後のピースがはまるような、絶対的な充足感。完全に結合した時、元貴の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「痛かったか?」
「…ううん」
それは、悲しみの涙ではなかった。
若井は、元貴の涙を舌でそっと拭うと、ゆっくりと腰を動かし始めた。
ずぷ、と生々しい水音が、部屋の静寂を破る。最初は、ただ魂を重ね合わせるように、深く、穏やかな律動。しかし、元貴の身体が快感を覚え、吐息が甘い喘ぎに変わるにつれ、若井の動きは次第に激情を帯びていった。
「んっ…ふ、ぁ…あ、ぁっ…」
「元貴…声、可愛い…」
「ん、ん
ねだるような声に、若井の理性が焼き切れる。腰を掴み、いちばん奥にある、震えるほどの快感の源を、深く、激しく突き上げた。
「ひゃっ、そこ、だめ、ぁ、ぁん、」
「ここだろ? 元貴のいちばん好きなとこ…」
知っている。知り尽くしている。音楽も、癖も、そして身体のすべてさえも。視界が白く明滅し、思考が溶けていく。
快感の波が、すぐそこまで押し寄せている。若井の動きも、限界が近いことを告げていた。その、頂点が見えた、まさにその瞬間。
元貴は、涙で潤みきった瞳で、
見たこともないほどの愛情と欲望に満たされている親友を見た。心の奥底から、ずっと、ずっと呼びたかった名前が、喘ぎと共に零れ落ちた。
「ひろとぉ…っ」
その声が、最後の合図だった。若井が、獣のような低い唸り声を上げ、灼熱の奔流が、元貴の奥深くに叩きつけられる。同時に、元貴の身体も、金色の光に包まれるように、激しく、何度も痙攣した。
「んぅっ、♡」
「元貴っ、」
嵐が過ぎ去った後の静寂の中、二人は汗だくのまま、ただ互いを抱きしめ合っていた。窓の外の夜景が、滲んで見えた。
「…やっと、触れられた」
若井の掠れた声が、元貴の耳元で震える。
元貴は何も答えず、ただ、彼の広い背中に回した腕に、そっと力を込めた。
言葉にならない想いが、空っぽだったはずの器を、温かく、満たしていった。