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テラーノベル(Teller Novel)
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私は今、森の中を歩いている。

女神様に対する不満はあるが、嘆いていても仕方がないという考えからだ。


「人ひとり出会わないし……森を抜ける気配もない……」


今は歩き始めてから1時間程だと思う。時刻は太陽の上り具合からして、お昼を少し回ったくらいだろうか。

時々休憩を挿みつつも、それなりの距離を歩いてきたはずだ。

町がある方向など分からなくとも、誰かしらに会うことはできると思っていたのだが……そんなに甘くはなかったか。

人がいる方向とは正反対に向かっているかもしれないが、確かめる術なんてものはないので信じて歩き続けるしかない。


――そういえば野生動物とかもあまりいないな。

最初は私もイノシシやクマなどを警戒していたが、危険そうな動物は見かけず、見かけるのは小鳥やリスみたいな小動物くらいだった。

小鳥やリスも前の世界と同じような見た目のものもいれば、やはり異世界なのか変な模様をしていたり、見たこともない種類だっていた。


女神様はこの世界には魔法が存在すると言っていたが、魔物などもいるのだろうか。私が想像しているような世界にならいそうなものだけど。

今、遭遇したら絶対にまずいだろう。もらった力というのもよく分からなかったし。

歩いている最中にいろいろ試してみたはいいが、思わしくない結果だけが残った。

とりあえず考えつく限りの魔法を唱えてみたが何も起こらず……周りに誰もいないのに赤面してしまった。

16歳になってこれは少しばかり恥ずかしいのではないかと冷静になったものだ。




それからさらに1時間ほど歩いた私は今、木に背を預けるような形で休憩していた。

しかし、2時間も歩き続けていると様々な問題が出てくる。主なところで言うと喉の渇きと歩きづらさだ。


今は己の履物が唯々恨めしく映る。歩きづらさの原因は、履いているローファーの所為であることは疑いようがない。

それに加えて木が倒れていたり、所々地面が抉れていたりするなど道が悪いことがそれに拍車をかけている。

だが、未だに疲れのようなものはあまり感じていなかったので、こちらは現状ではそこまで大きな問題でもなかった。

前の世界では部活動の助っ人などを積極的にやってきたおかげで、普段から運動をしていたのがここに来て生きてきた形だ。


一方で喉の渇きの方は由々しき事態だった。このままでは最悪、動けなくなる可能性だってある。

人生の再スタートを切ったというのに、こんなところで終了なんて冗談ではない。

ここまで来ると変に歩かずに誰かに見つけてもらえるまでジッとしておくべきだったのではないかという後悔も襲ってくるが、そもそもこの森が人の出入りがある場所なのかもわからないし、水も食料も何も備えがない状態ではどのみち同じだったのではないかという結論に落ち着いた。


そんな時だ。

ふと木の根元を見ると、手のひらサイズで赤くぷっくりとした林檎のような果実が落ちていることに気が付いた。


「え……?」


――どうしてこんなところに?

それがまず私の頭の中に浮かんだ疑問だった。周辺の木を見渡してみてもその林檎モドキが実っている様子はない。

それに休憩のために腰を下ろす前に確認した時には何もなかったはずなのだ。


私はそれを恐る恐る手に取ってみる。正直なところ、怪しさ満点なのだが見る限りでは普通の木の実と変わりなかった。

平常時なら毒が含まれているかもしれない木の実など口にはしないだろう。

しかし、喉の渇きが非常にまずい段階へと達していた私にとっては、そんなことは些細な問題でしかなかった。

大きく口を開けながら、思い切って齧り付いてみる。


「っ!?」


齧り付いた瞬間、口の中に果汁が溢れ出してきた。それに今まで食べた林檎の比ではない甘みと絶妙な酸味が味覚へと訴えかけてくる。

一度食べ出すと、もう止まることはできなかった。


「美味しかった……」


現状、散々なことばかりの新生活の中で一番幸福な出来事であったといえる。

最初に感じていた疑問など、もう気にならないくらいの満足感に私は包まれていた。


――だからだろうか。脅威がすぐそこに迫ってきていることに気が付けなかったのは。


「ッ!?」


間近で唸る生き物の声を聞いて危険を感じた私は咄嗟に身を捻り、倒れこむような形で飛び掛かってくる何かを回避することに成功する。

反射的に私がさっきまでいた場所へ視線を向けると、そこには黒い狼の姿があった。

さらに周囲に視線を移すと木の影から同じような黒い狼がさらに2匹、こちらとの距離を詰めてくる様子が窺える。

――まずい! このままじゃ囲まれる!

そう判断した私は即座に立ち上がり、狼から逃げるように駆け出した。


そして次の瞬間、不意に背後で迸った強烈な光が周囲の影を一瞬だけ掻き消す。


「なに!?」


急に現れたとしか言いようがないその光に驚いてしまった私は、思わず後ろを振り返る。

するとそこには、どういうわけか怯み苦しんでいる狼の姿があった。

――いったい何が起こった。……いや、今はそんなことを考えている余裕はない。

疑念はあったが、それを解決するよりも奴らが怯んでいる隙に距離を離す必要があると判断した私は、疑念を振り払いながら再び走り出す。


そうして、脇目も振らずに木々の間を駆け抜けていく。

途中で地面に足を取られ、靴が脱げ、枝が頬に擦り傷を付けるが、それでも走り続けた。

しかし――。


「ぐっ……」


背後から凄まじい衝撃を受け、勢いよく前方へ弾き飛ばされてしまう。

呻き声を上げながら何とか体を起こしたものの振り返ってみれば、私の視界には獲物を狙うような目をした狼たちが、別々の方向からこちらへとにじり寄って来ている光景が映った。

追い詰められた私の左手は、無意識のうちに胸元のペンダントをブレザー越しに握りこんでしまっている。

……もう覚悟を決めるしかないだろう。私は足元に落ちていた太めの枝を拾って構える。


「ど、どこからでも来いッ!」


大きく叫ぶことで気合を入れ、どこから襲い掛かられてもいいように周囲を警戒する。


それから数秒にも満たないうちに狼のうちの1匹が飛び掛かってきた。それに合わせて、横へ薙ぎ払うような形で枝を振る。

そして空中で上手く回避することができなかった狼を勢い良く地面へと叩きつけることに成功した。

――もしかして身体能力が上がっている? これなら……!

警戒するように私の周囲から様子を窺ってくる狼たち。地面に叩きつけた1匹も起き上がり、こちらを睨みつけてくる。

そしてそのうちの1匹がまた飛び掛かってきた。

私はまた同じように迎撃し、狼を地面に叩きつける――はずだった。


「ぐっ……!」


空中で身を捻るようにしてこちらの一撃を回避した狼の鋭い爪によって、私の右腕が切り裂かれる。

決して深い傷ではなかったが、鋭い痛みによって思考に隙が生まれてしまった。

さらにその隙を突くように次の1匹が襲い掛かってくる。反射的に迎撃するものの、警戒した狼には掠めることもできない。

そして入れ替わるように狼の攻撃を受け続けることとなった。


必死に枝を振るい、深い傷を負うことは逃れているがそれも長くは持たないだろう。

死がすぐそこまで迫っているという事実を、私は肌で感じていた。


「死ねない……!」


こんなところで死にたくなんてない。死が近づいてくるほど強くなる生への渇望。それが私を突き動かしていた。

まだこんなところで死ねない。死にたくない。だから――。


「死んでたまるかぁッ!」


次の瞬間、私の胸の内から暖かい何かが溢れ出し、衝撃となって周囲へ解き放たれた。


「……何?」


何が起こったのかは分からなかったが、決して悪いことが起こったわけではない。私の周囲には先ほどの衝撃で吹き飛ばされた狼たちが傷だらけの状態で横たわっていたからだ。

少しの間、茫然としていた私だったが少しずつ思考を切り替えていく。

――逃げないと。

あの狼が息絶えているとは限らない。倒れているうちに逃げるのが最善だろう。

狼によって脚にも傷を負ったことで走ることはできなかったが、枝を杖のように突くことで引き摺っている足を支え、ふらつく脚をがむしゃらに動かし続けた。


だが歩き続けて辿り着いた先は斜面になっており、負傷した脚ではここを降りることは難しそうだと判断する。

仕方なく他の道を進もうとしたその時、またあの獣の唸り声を耳にすることになってしまう。


「あぁ……! 本当にしつこい……!」


振り返った私が目にしたのは怒りを眼に宿し、歯をむき出しにした状態で私を目掛けて迫ってくる1匹の狼の姿だ。

迎撃するために杖代わりにしていた枝を構えようとした私だったが、負傷した脚では上手く踏ん張ることができずに体勢を崩してしまう。


そして崩れた体勢のまま狼の突進を受けた私の体は斜面へと強く叩きつけられ、そのままの勢いで転がっていく。

再び迫ってくる死の恐怖を覚えながら、私は激しい衝撃と共に意識を手放した。

七重のハーモニクス ~異世界で救世主のスライムマスターになりました~

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