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「仁人くん、付き合ってください!」
「あ、ごめんなさい」
「仁人ー、結婚して!」
「間に合ってますー」
「仁ちゃん、大好きー!」
「俺は好きじゃないです」
今日はリリース後の特典会だった。
さまざまなところから勃発するみ!るきーずの阿鼻叫喚を横目に、 今日も今日とて浴びるラブコールを一刀両断していく。
もうここまでの領域に来るとみんなもわかってくれるのか、笑いながら別れを告げて急足でブースから出る。
みんな顔を赤くして満面の笑みだったり、少し硬直した顔だったり、平然を装ってとんでもない仕込みをこさえてきたりと、特典会の日は何かと想定通りに行かない。
頭は常にフル回転、拘束時間も長い。
でも、この日のために、この10秒のためにネイルをし、髪を巻き、事前に用意したであろう言葉で愛を伝えてくれる。
NGが多い俺に対してもこうしてたくさん来てくれるというのだから、不思議だ。
「彼氏が出来ました!」
「おお、おめでとう!」
「彼氏が好きって言ってくれないので代わりに言ってくれませんか!?」
「彼氏にそっくりそのまま言いなさいそれは」
「仁人くんが彼氏です」
「俺は彼氏じゃないです」
…そういえば、俺勇斗になかなか好きって言えてないな。
いやまあ向こうは言ってくるんだけど。
毎秒。
「仁人、大好き。そう言えばさ」
「支離滅裂」
「仁人今日も可愛い。この後の会議だけどさ」
「この後の会議になんで繋げようとしたんですかあなたは」
こんな具合で毎日毎時毎分毎秒言ってくる。
大体ニヤニヤしてるけど疲れてる時とかは本音が出たかのように真顔で言ってくるから怖い。
たまにおねだりもされたりするが、のらりくらりと交わしている現実。
ぼやきながらソファーへダイブすると、勇斗がでかいボストンバックと俺のカバンを机の上にドン、と置いた。
「お疲れ仁人」
荷物はあいつから言い出した。
「持つよ」って。
持ってくれるなら、と持たせてくれるこの人としての違いっぷり。
確かに言われる。やじDにも相談したことある。
「…勇斗なんかツヤツヤしてない?」
「ファンのみんなと話すと元気になるタイプだから」
恐ろしいやつだ。
聞くところによればこいつはファンの子の大好き!に「俺も好き!」「いいよ、結婚しよ」とか言ってるとか。
写真も一枚一枚違う顔で撮る、まさにアイドルの檻。
今更そんなん目指さないけど。
「いーよ、仁人休んでな。俺が残りの家事やっちゃうから」
「まじ?悪いね」
「仁人が大切だからね」
彼氏としても完璧な勇斗。
手を洗いながら昨日の洗い物をリズムよく片す姿に、ソファーの腕掛け越しに眺めていた。
…完璧な彼氏だ。
たくさん好きだと言ってくれて、身も心もたくさん愛してくれて、デートにも計画を立ててくれる。
デートも、そうじゃないお誘いも、いつだって向こうからだ。
「俺が好きでやってることだから」っていってるけど。
…俺、返せているのだろうか?
その時、耳をつんざく破壊音に身を縮こませた。
「あーーーっ!!!」
「ウワーーッ!!!!」
「ごめん!!!仁人!!!」
その声にパンダのコラ画像のごとくソファーを飛び越えて急足で現場へ向かう。
勇斗が呆然と立っている元に、まさしく粉々になった煌めくガラスの破片たち。
「勇斗、怪我は?」
「俺は大丈夫。…うわーーごめん仁人」
「おいばかばかばか素手で触んな!!」
慌てて止めたが時すでに遅し。
勇斗が少し顔を顰めて肩をびくつかせた。
「絶対怪我しただろお前!ちょっと見せて、早く!」
「でもこれ片さないと…」
「そんなんどうだっていいから!」
苛々を全面に出して勇斗の手を引っ張り上げて救出し、ソファーへぶち込んだ。
救急セットを引っ掴んでテーブルの上にドン、と置いて無我夢中で消毒液を探した。
「あーもうほら手貸して」
「本当にごめん仁人、あれお前のお気に入りのグラスだったのに…」
「グラスとかどうでもいい、俺が片すから!」
まだグラスのこと気にしてんのか。
ほら、しょぼくれてやがる。
勇斗の手を取って思わず眉を顰めた。
綺麗にスパッと、人差し指に紅の線を走らせ、血液が轍を作る。
想像よりも血液が溢れる傷に考え込んだ。
「これ病院コースか…?」
「あのーーー俺絆創膏ぐらい1人で貼れるよ?」
その言葉を無視して、アルコールでティッシュを湿らせ血液を拭き取る。
痛いはずなのに勇斗はじっと処置する手を見つめている。
注射我慢している子供のようだ。
拭いた先からまた現れる血液はしばらく止まりそうにない。
「はい、このままストップ。動いたらキッチンから包丁飛ばすからな」
「こわ…」
そう言って息をついて、掃除機と粘着テープを を引きずりながらキッチンへ入っていく。
…グラスはまあ粉々。
さっきはそれどころじゃなかったけどちょっと胸の内が沈んでしまう。
とは言え、ものは諸行無常。
致し方ないことだ。
…己の人間の小ささに嫌気がさしながら、掃除機のコンセントを差した。
「止まった?」
戻ってきて手をかざしてみている勇斗に問いかけた。
「うん、止まった止まった」
…胸を撫で下ろした。
「痛いだろうから絆創膏二重にしといたら?あと洗い物とか水回りはしばらく俺がやるから」
「手袋すりゃ俺だってできるよ。過保護すぎ」
「あ?」
そう言った勇斗の顔は、はにかんでいた。
…なんだこいつ、ニヤニヤしてキモいな。
「でもごめんね仁人。新しいの探すわ」
「うん…まあ古くなってたし、あったらでいいよ。風呂入ろ」
「マジ?一緒に?」
「そんなわけねえだろうが!!!!!!!!」
特典会2日目も、大盛況であった。
入れ替わり立ち替わり名札を見せて名前を呼んでほしい、いつも元気をくれてありがとう、結婚したよ、と口々に報告やリクエストが上がる。
良い報告もあれば明らかに生み出した被害者とか。
最後の部に差し掛かると、疲れの色が見えてきながらもどこか楽しそうなメンバーも気合を入れ直し、再び表舞台に立つ。
「仁人くんさっきね」
最後の女の子がやってきて、キラキラとした目で、何か話したそうにしていた。
「勇斗くんに仁人くんの好きなとこ聞いたの」
「…おう」
付き合ってることは知られてないはずなのに、核心をつかれて身じろぎする。
ろくでもないこと聞いてんなマジで。
「『1番に俺の心配をしてくれるところ』って言ってたよ」
「そりゃそうでしょ」
「さすが会長!じゃあね!」
颯爽と色めきだってブースを出ていくのを手を振りながら見送る。
…俺も薄情に見られたものだ。
たしかにそうだけど。
…今日ぐらいは、言ってみようかな。
特典会後、いつも以上にアドレナリンのせいかテンションの高いメンバーの話が飛び交う中、帰りの支度をする。
「勇斗、帰るよ。先行こうか?」
「あ、うん。あとちょっとしたら向かうわ」
「お疲れ仁人!」
「おつー」
「仁人絶対待っててね!勝手に帰るとかやめろよ!!」
「うるせえな」
先に帰りの廊下を急ぐ。
「…そういえば仁ちゃんって勇ちゃんの片思いなんかってぐらい、温度差違うよな」
舜太が笑いながらいうと、勇斗は首を傾げた。
「だいぶわかりやすいけどな。俺は言葉と行動に表したいタイプだからやってるだけで、仁人はそういうタイプじゃないし」
「寂しくならんそれ?」
「全然。…俺にはわかるんだよね」
そんな会話が広げられていたとはつゆ知らず。
「勇斗、終わったよ」
「さんきゅーー」
ソファーで台本と睨み合う勇斗に、洗い物が終わったことを知らせた。
もう風呂上がりでサラサラな髪の毛が目元を隠す。
…あ、そうだ。
「勇斗、傷見せて」
「見てもいいもんじゃないよ」
「いいから。…どう?あ、でも昨日よりマシになってんね」
相変わらず動くたびに変形する傷の形はあれど血はすっかり止まり、意外とその深度は浅いようだった。
今日も今日とてフィルムを剥がし、1枚、2枚と絆創膏を、ガーゼ部分を揃えながら貼る。
「ありがと」
「ん」
「仁人明日午後からだよね?」
「そう」
「OK。明日からは普通に当番制にしよ」
「無理すんなよ」
「してねえよ。寝よ」
「あ、待って」
きょとん、とした勇斗に、流れるように頬に唇を押し付けた。
耳がカッと熱くなる感覚があるが、こういうのは止まったら終わりだ。
そして、勇斗だけに聞こえる声で教えた。
「…好き」
そしていつも通りの体勢に戻れば硬直している勇斗が目に入って大笑いしてしまった。
「はははっ!!ガッチガチすぎんだろ!!」
そういってさっさと寝室に入ろうとすると、勇斗がばたばたと追いかけてくる。
「ちょ、ちょっと待って、ちょっと待ってくれよマジで」
そして勇斗が追いついた頃、そのまま神の思し召しかというグットタイミングで…俺にとってはバッドタイミングだが…勇斗が覆い被さる形で2人でベッドへダイブする形となった。
「あーーーいつもこうなる…」
「ごめんて…俺も悪いと思ってるけど…」
「しねえよ???」
「お願いします。俺辛くて枕濡らしちゃう」
翌日の帰り道、タクシーに揺られながら考えていた。
俺の言う『好き』の重さが10だとしたら、仁人の言う『好き』は100。
そこに付随して、俺のことになると過度な心配性になったり、『綺麗にしてるから』といって顔や髪にベタベタ触れないようにしたり、うたた寝しているとブランケットをかけてくれるところだったり、いろいろ尽きない。
その100に対してもっと大きなもので伝えたい、と思うとどうしたってこうなってしまう。
…タクシーを降りるなり、家路を 急ぐ。この前壊したグラスの入った箱と、多分仁人が喜びそうなフレグランスを手に、今日も2人の家へ帰る。
「ただいま仁人。今日もかわいいね」
「家間違えたんじゃないですか」
今日も今日とて塩対応。
俺だけわかってればいいからね、こういうのは。
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