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* * *

「フェリシア!!」

エルバートの悲痛な叫び声が皇帝の間に響き渡る。

フェリシアが魔に弾かれた時、彼女の口元が微かに動いたように見え、

お ま も り で き て

よ か っ た

そう言っているように思えた。

恐らく、フェリシア自身は気付いていない。

心の中で思った言葉が自然と口に出たのだろう。

エルバートはフェリシアの元に駆けようとするも、ルークス皇帝の姿が目に入り、ぐっと堪える。

フェリシアを今すぐにでも助けたい。

だが、

(私はルークス皇帝に仕える身。ルークス皇帝を優先に守らねば)

エルバートは切なげな顔を浮かべる。

すまない、フェリシア。

少しの間、待っていてくれ。

エルバートは冷酷な顔で剣に手をかけ、抜く。

「魔め、フェリシアをよくも!」

「ルークス皇帝には触れさせない」

魔は袖の中で左右の手を合わせ礼をする仕草から両袖をバッと広げ、少し見えた左右の手から黒き液体のような炎を無数に放つ。

エルバートはその炎を瞬時に斬り、浄化していく。

だが、一部の炎が軍服の袖を少しかする。

すると袖が少し溶けた。

袖だけで済んだが、この炎は触れたものを全て溶かすらしいな。

魔は炎を放ち続け、エルバートも斬り、浄化し続ける。

「くっ」

これではキリがない。

そう思った時だった。

神の憤りのような物凄い気迫を感じた。

すると魔も感じ取ったのか固まる。

「エルバートよ、我と共闘せよ」

玉座から立ち上がったルークス皇帝が気迫を放ちながら言い、玉座の踏段を凛々しい光を司る神のような姿で下りてくる。

そして、エルバートの隣で剣を抜く。

「今から詠唱を唱える」

「お前にも詠唱の言葉を脳裏に流すによって、続けて唱えよ」

「はっ! ルークス皇帝の仰せのままに」

エルバートがそう答えると、

ルークス皇帝が詠唱を唱える。

「清き光たる神々よ、我等の刃に集いて汝の身となり」

「神域を穢す愚かなる魔を祓い尽くせ」

エルバートが脳裏に浮かんだ続きの言葉を詠唱をした直後、

ルークス皇帝とエルバートは光のベールに身体を包まれ、

剣の刃が神々しく光り輝いた。

そして、ルークス皇帝が魔の右側、エルバートが魔の左側を一瞬で美しく斬り裂く。

すると爆風が起き、魔は浄化され、光と共に消えると同時に、

ルークス皇帝の美しい紫髪とエルバートの麻紐で一つにくくった月のように煌く銀の長髪が微かに揺れ動いた。

「エルバートよ、見事な共闘であった」

「ルークス皇帝には及びませんが、光栄に思います。お怪我はありませんか?」

「この通り無傷だ、大事ない」

ルークス皇帝のその言葉を聞いた直後、自然と足が動き、エルバートはフェリシアの元へ駆けていく。

床に頭を打ちつけたようだが、血は出ていないか。

「我が見よう」

ルークス皇帝は駆け付けてすぐ、フェリシアの左の掌に触れる。

そして身体の中を見通す。

「大事ないようだ」

エルバートはルークス皇帝の言葉を聞き、安堵する。

「では私が医務室へ」

エルバートはそう言い、そっとフェリシアを抱き起こす。

するとフェリシアの両瞼が持ち上がり、両目が開いた。

「フェリシア! 大丈夫か!?」

エルバートが声をかけるとフェリシアはとても驚いた顔をする。

「フェリシア?」

「あなた……だれ?」

フェリシアの言葉を聞き、エルバートとルークス皇帝は両目を見開く。

まだ混乱している、のか?

「フェリシアよ、我のことは分かるか?」

「ルークス皇帝……?」

ルークス皇帝のことは分かるようだな。

「フェリシア、私はエルバート・ブランだ」

「エルバート・ブラン?」

フェリシアはその名前を口にした瞬間、頭痛が起きて意識を失い、くたっとなった。

「フェリシア!!」

エルバートは叫ぶ。

「エルバートよ、これより酷な事を言うが」

「フェリシアの身体は大事ないようだが、どうやら頭を打ちつけたこと、そして魔の影響で一部の記憶を」

「お前の記憶を喪失したようだ」

エルバートの瞳が揺らぐ。

まさか、そのような、嘘だろう?

エルバートは切なげな顔でフェリシアを強く抱き締める。

「フェリシア……」

その後、皇帝の間に皇帝の側近、ディアム、兵達が駆け入り、

ルークス皇帝が魔に襲われエルバートと共に浄化したことを伝え、

念の為、ルークス皇帝も共に皇帝専用の医務室へ行くこととなった。

そしてルークス皇帝とエルバートは大事なく、フェリシアは頭に包帯を巻き、ベットで安静となると、

エルバートはルークス皇帝の前に跪く。

「ルークス皇帝、責任を取り、私は軍師長を降ります」

「エルバートよ、その必要はない。軍師長を辞める事は、許さん」

「しかし……」

「ただ、このままでは示しが付かないと我の側近が不祥事としてお前の両親に通達をした」

「もうじき、宮殿に来るによって対面し、起こった事を全て伝えることとなる。良いな?」

「承知致しました」

* * *

やがて、エルバートの父であるテオと母のステラ、そしてアマリリス嬢が馬車で宮殿に到着し、客間に案内され、待機の状態になったとのことで、

エルバートはディアムにフェリシアを託し、一人で客間に向かい、客間の扉を開け、中に入る。

すると、ソファーの右側にエルバートの父と母、左側にアマリリス嬢が座っており、すぐさまこちらを見た。

「エルバート、不祥事を起こすとは一体どういうことだ?」

エルバートの父が強張った表情で尋ねる。

「父上、母上、そしてアマリリス嬢、この度はご足労頂く形となり、申し訳ありません」

「本日はルークス皇帝の元にフェリシアをお連れすることとなっており、フェリシアと共に宮殿入りをした後、皇帝の間でルークス皇帝とフェリシアが初の対面をなされ、そのご様子をフェリシアの傍で見守っておりました」

「しかしながら、突如、魔が私とフェリシアの後方に現れ、更に私とルークス皇帝の動きを一瞬封じられたことによりフェリシアが私を庇い、その後、私とルークス皇帝で魔を浄化致しましたが、フェリシアのみ頭を床に打ち付けたことと魔の影響により一部の記憶、私の記憶を喪失する結果となりました」

そのことを聞き、エルバートの父達全員が驚きの表情を浮かべる。

「フェリシア様が記憶を喪失してしまわれるだなんて……」

アマリリス嬢が動揺した声を上げると、エルバートの父は右手で顔を覆う。

「ルークス皇帝までも上回る魔の出現だと?」

「そしてルークス皇帝を危険に晒したとなれば軍師長の座を降ろされるのは間逃れないか」

「旦那様……」

エルバートの母が声をかけ、

エルバートはアマリリス嬢を見る。

「よって、フェリシアの記憶喪失、そして一時とはいえ、ルークス皇帝を危ない目に合わせてしまった私はまだ未熟である為、アマリリス嬢とのご婚約は破棄させて頂きたく思います」

アマリリス嬢が両目を見開くと、エルバートの母が怒りの声を上げる。

「ご婚約を破棄するですって!? エルバート、どれだけブラン家に泥を塗るおつもりなの!?」

「そもそも、本日の魔の出現はフェリシアさんが原因ではなくて?」

「ブラン伯爵邸の付近に魔が出現したのだって、フェリシアさんが訪れた日だったもの。間違いないわ」

「だからこれ以上、フェリシアさんとエルバートが関わることを私は決して認めなくてよ」

「それに、貴方のことを忘れたのなら丁度良いじゃない。あんな不吉なお人など責任を全て負わせ、今すぐお捨てなさい」

「そして、エルバートには旦那様がお決めになられた通り、2日後、アマリリス嬢をブラン公爵邸に住まわせ」

「アマリリス嬢と正式にご婚約して頂くわ」

エルバートの母がそう啖呵(たんか)を切った。

「どこまでフェリシアを愚弄すれば気が済む」

エルバートはとてつもない冷ややかな殺気を放つ。

まさに、その時だった。

失礼致します、と皇帝の側近が扉を開け、中に入って来た。

「ルークス皇帝により直々にお言葉を頂戴致しましたので伝達に参りました」

「このお言葉は皇帝専用の医務室におられるフェリシア様、ディアム様にも伝わるようになっております」

ルークス皇帝がお言葉を?

それにフェリシアにも伝わるようにだと?

「フェリシアは目覚めたのか?」

エルバートはルークス皇帝の側近に尋ねる。

「はい、起き上がり、ディアムが支え、お聞きになられるとのことです」

起き上がるのも大変だろうに。

今すぐ医務室まで駆け付けたい。だが、今はルークス皇帝のお言葉を聞かなければ。

「ではご静粛にお聞き届け下さいませ」

ルークス皇帝の側近はそう言うと、手紙を胸元から取り出し、開く。

すると光が浮かび上がる。

「この度の一件、非は我にもある。よって、全てを許す」

「エルバートは引き続き、軍師長として我に仕えて支えよ。そして、今回、我はフェリシアに命を救われた」

「その為、フェリシアをエルバートとの婚約の意を含めた“正式な花嫁候補”とする」

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