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「じゃ、行ってくるね?」
あのプロポーズから数週間後。二人で暮らす家も見つけて、つい先日引っ越しも終えたとこ。
俺はひとりあるものを買いに行こうとソファーに座るいるまに声をかける。
「どこ行くの?」
婚約?してからいるまの独占欲はとどまることを知らない。
毎日、かわいい。好き。を言われる身にもなってほしい。
「んー、ちょっと買い物」
「俺も行っていい?」
「ダメ」
立ち上がろうとするいるまに向かって俺は言う。あれを買いに行くんだからいるまには家でお留守番してもらわないといけない。
「なんで?」
「まーま、待ってたらいいことあるから。」
いるまの返事も聞かず、俺は家を出た。
「寒っ」
頬にあたる冷たい風。さすが冬。寒い。マフラーやコートまで来て、防寒は完璧だと思ったけど、日本の冬をなめてはいけなかったみたいだ。
バスに揺られて早15分。着いたのは少し有名なショッピングモール。
「どこに行こう?」
いるまが好きなもの、と言われて思いつくのはやはり指輪。だけど、自分の薬指を見て微笑む。
最近、おそろいのをもらったばかり。
なんだったら喜ぶだろう。俺があげるものだったらなんでも喜んでくれそうだけど、これは「お礼」だから、真剣に考えないと。
エレベーターで3階まで上がり、ぶらぶら商品を見ることにする。
おそろいのマグカップ?いや、最近買った。
候補に出るものは最近買ってもらったもの。俺、いるまにもらいすぎか?
「あ、」
目についたのはネクタイピン。確か彼奴、最近壊れたって言ってたな。これにするか。
店に入り、中を見渡す。へー、いろんなのがあるんだ。
赤色の宝石がついたネクタイピンを手に取る。
「さすがに重すぎ?」
うん、やーめた。ほかのにしよう。どうしたら重すぎないいいものが買えるのだろうか。
あたりを見渡すと、腕時計も売ってるそうだった。
商品棚の前で眉間にシワを寄せて固まっていると、横からふわりと柔らかい声がした。
「何か、お探しですか?」
顔を上げると、ベテランらしき上品な女性店員が、すべてを見透かしたような優しい笑みを浮かべて立っていた。
「あ、いや……その」
「大切な方への、お返し……でしょうか?」
店員さんの視線が、無意識に俺が触れていた自分の薬指の指輪に落ちる。
俺は慌てて手を隠すように後ろに回した。
「……っ、分かりますか」
「ええ。とても真剣な、良いお顔をされていたので。……素敵ですね」
「素敵、っていうか……ただの、お礼です。あいつ、いつも俺にばっかり色んなものくれるから。……お返し、しないと」
ぶっきらぼうに答える俺に、店員さんは「それなら」と一つのショーケースを指し示した。
「毎日身に着けて、ふとした瞬間に相手を感じられる『時計』はいかがでしょう。時間は、共有するものですから」
彼女が出してきたのは、シンプルながらも重厚感のあるペアウォッチだった。
「こちら、盤面の裏側にメッセージや誕生石を刻めるんです。例えば、あなた様の色を、旦那様の……あ、失礼、お相手様の時計の裏側に忍ばせるのはいかがですか?」
「俺の色、を……?」
「ええ。肌に直接触れる場所に、あなたの証を置く。離れている時間も、ずっとあなたが脈拍を感じているような……そんな意味を込めるお客様もいらっしゃいますよ」
肌に直接触れる場所に、俺の証を。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏には温泉で抱きしめられた時の、あいつの熱い体温が蘇った。
もう、あいつの独占欲を笑えない。俺だって、あいつの時間を全部俺で埋め尽くしてやりたいんだ。
「……それ。それにします」
俺は、自分の色である赤の小さな石を指差した。
「あいつの時間を、俺が……もらいたいんで」
店員さんは一瞬驚いたように目を見開き、すぐに「最高のお返しですね」と、今日一番の笑顔で深く頷いてくれた。
渡された商品を大切にしまって、店を出る。あの店員さん「旦那様」って。
婚約したことの実感がわいてきて、頬が赤くなる。
やっぱりお返しなんてしなければよかったかな。
そんなことを思いながらふと、あるものに目がいく。
「カクテルだ」
なにかと俺たちの大事な日に飲んでいたカクテル。今日買っても怒られないよな?
キールと書かれたカクテルを手に持ち、お会計を済ます。
さ、帰るか。大切な人が待っているところに。
バスに揺られること10分。スマホが音を立てて鳴った。
メッセージが一件。いるまからだ。
遅い、と書かれたメッセージに、もうすぐ着く、と返す。
プレゼントの重みを感じる。幸せな気持ちだった。
「ただいま」
「おかえり」
玄関を開けると目の前にはいるまが立っていた。
「なに買ってきたの?」
「え、あー。」
「ん?」
「お前へのプレゼント?っていうか日ごろのお礼っていうか?」
「…」
「いるま?」
いるまは無言のまま固まる。そんなにうれしくなかった?
やっと動いたと思ったら、
「わっ、何急に!」
抱き着かれた。いるまのあったかい体温が疲れた体に染みる。
「……は? なにそれ……。お前、自分が今、どれだけ可愛いこと言ったか自覚ある」
「は?なんだよ、嬉しくないの?」
「そんなわけないだろ。うれしすぎる。多分今日が命日。」
「大げさすぎだろ。あと、」
「ん?なに?」
「死なれたら困る。」
「…」
今度こそ本気で固まったいるまを置いて、リビングへ向かう。
買った酒を出して、グラスに注ぐ。
「ほら、いるま?」
いまだ玄関で固まっている彼奴に声をかけて椅子に座る。
「ん、酒」
「ありがとう。」
「うん。」
「でさ、プレゼントって」
「ん、」
いるまは渡したプレゼントを壊れ物を扱うかのように丁寧に開ける。
「腕時計?」
「そ。似合うかなって思って」
「うん。かわい」
「だろ?」
「なつが」
「は?」
「うん。だってさりげなーく、なつの色がある。」
「そーかよ。」
「うん。ありがとう。」
「どういたしまして。」
恥ずかしくなって、一気にお酒を飲みほす。
「おい、そんな飲んだら、」
「いいもん。今日は特別」
「ま、そうだな」
「いるま、乾杯」
新しくお酒を注いで、グラスを高く上げる。
「ん、乾杯」
きっとこれからも、同じ時を歩むんだろう。
隣でずっと、いるまが笑ってくれますように。
~end~
「ウエディング・ベル」↝「幸せいっぱい」
「キール」↝「最高の巡り合い」・「貴方に出逢ってよかった」
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