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#契約結婚
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第4節 千崎雄二『毒をもって毒を制す』-3-
「まぁあの親父さんならそうするだろうな」
「はい。そうして親父が俺にだけは相談しないことも分かっていたと思います」
声が震えないよう、歯の裏で言葉を支えた。
「結果、岩倉は逃げ、闇金からの取り立ては親父が背負わされました……」
それでどうなったかは言わなくても分かるだろう。
今告げたことの中には、結構な割合で雄二の想像に基づく所見も入っている。
だが荻野に歯向かった自分を陥れる機会を、あの男が虎視眈々と狙っていたのは感じていたから……。そこに父親が巻き込まれたんだと思えばすべての辻褄が合うと思えた。
「俺の勘からいくと、恐らくは顧問弁護士もグルです。荻野辺りから甘い汁を受け取り、改ざんの稟議書を『正しい数字だ』と認める筋書きを用意するのに手を貸しているはずです。私が違和感を感じ、異議を唱えたデータが差し替えられていたことを、弁護士は知っていました。――不正を潰すはずの窓口が塞がっていたとしか思えない」
「なぁ、千崎の倅よ。データが差し替えられてたってこたぁお前さんの手元にゃ、証拠は残ってねぇってことだな?」
了道の言葉に、雄二は苦々しい思いを押し殺しながら頷いた。
「俺の端末の原データは消されていました。ただ、紙の回覧で回った稟議書の〝回付印の時系列〟と、荻野個人の持ち出し記録、――それに、稟議書の複写依頼票の時刻が食い違っていた控えだけは、辛うじて取ってあります。名目を変えた形で岩倉へ貸し付けられた〝繋ぎ金〟の額面と、私が関わっていた貸付金の金額との差が一致する証拠が見つかれば、正攻法で突破口が開けるはずです」
そこまで言ってから、雄二は「いや、もしかしたら……」とつぶやいた。
言いながら頭の中を整理している雄二を前に、了道は決して急かすような真似をしなかった。
まるでじっくり考えて答えを出せ、とでも言われているような気がした雄二である。
「――もしかしたら岩倉が貸し付けられた額ではなく、ネクサスの方で膨らんだ莫大な貸付利子。その総額を含めた金額こそが正しい補填額な可能性もあります」
とはいえ、全ては証拠を隠滅されてしまった話。雄二が手掛けた元の稟議書と、それに伴う資料さえない。
「……これとこれが繋げられれば……って点と点はいくつもあります。けど……それを繋げて線にして荻野らへ突き付ける力が、今の私にはありません」
了道は煙草を灰皿へ押し、指先で火をねじ切った。
ククッと笑い声が聞こえたが、目だけは笑っていなかった。
「なるほどな。絵は見えた」
そうしてゾクッとするような眼差しを雄二に向けると、「親父さんの鉄工所な。昨日から騒がしかっただろ? 警察も沢山来てた」とポツリとつぶやく。
「あんたも見ただろ? うちの門のあちこちに使われた鉄細工。あれ、作ってくれたのは幸太郎だ。何だかんだ言いながらいい仕事をしてくれた。俺としちゃあ、少なからず縁のあった相手だと思ってる」
それは初耳だった。
了道を指して、深く関わりたくない相手だと父親は言っていた。だが了道からの仕事は請け負っていたということか。
「でな、俺の方でも下の者使って色々調べさせてた」
そこで値踏みするように雄二を見つめるとニヤリとするのだ。
「概ねお前さんが言ったことと同じ調査結果だったよ」
要するに合格ということだろうか。
了道の視線を真っ向から受けて、雄二は何となくそう思う。
了道がスッと片手を挙げると、控えていた若い衆が一歩進み出る。
「――まず、俺がお前に手を貸すための条件は二つだ」
了道は、ゆっくりと雄二へ視線を戻す。
「ひとつ目。――これから先は何をするにしても必ず葛西組を通せ。勝手は許さん。お前の〝正義感〟は嫌いじゃねぇが、今回みたいに独りで動くのは感心しねぇ。死にたくなけりゃ、俺の言うとおりにしろ」
了道は雄二が単身葛西了道の元を訪れたことを指してそう言った。
「けど……俺は全てをそちら様へ預けるつもりはありません」
「自分でも動きてぇってんだろ?」
ククッと了道が笑って、「だからこそのふたつ目だ」と続ける。
「――今日からお前は〝葛西組預かり〟ってことにする。銀行屋なんてとっとと辞めて、うちの庇の下へ入れ。俺は堅気の人間を使う趣味はねぇ。自分で動きてぇってんならうちの組に入ることが条件だ」
了道の言葉に雄二は瞳を見開いた。そう言えばネクサスの半グレにも同じような勧誘を受けたことを思い出す。
「お前の度胸と肝の据わり方な。惚れ惚れするほど極道向きだ。うちの組に入るってんなら身内のこととしていくらでも手ぇ貸してやる。まだ頼まれちゃいねぇがネクサスの方にも手ぇ回してお袋さんと……お前の女を助けてやってもいい」
どうやら了道は、雄二がネクサスの取り立てから逃がすため、八重子と百合香をホテルに匿っていることも知っているらしい。
そこも雄二にとってはアキレス腱といえるものだったから……了道が手を貸してくれるというのならばこれほど心強いことはないだろう。餅は餅屋というやつだ。
「悪い条件じゃねぇだろ? なぁ千崎。てめぇは俺の指示で動けるか?」
雄二は了道の静かな声音を聞きながら、畳の目が不思議とまっすぐに見えた。
雄二は姿勢を正すと深く頭を下げる。
「……お願いします。命は、預けます」
了道の口角が、わずかに上がる。
「よし。じゃあ手順を言う。耳かっぽじって聞け」
指先で二度、座卓を軽く叩く。
若い衆が無言でメモを取る体勢に入った。
「まずはネクサス。――島の掟だ。俺の縄張りで勝手なことをしたケジメは取らせる。うちの若いのを回す。表の顔じゃねぇ。裏の入口から帳面も人間も押さえてやろうじゃねぇか。お前の母親と彼女へは、全てが終わるまで別の場所で警護をつける。こっちの都合で動かすが、構わねぇな?」
「……はい」
「次に荻野。こいつは表から殴る。お前の持ってる〝時系列のズレ〟は使える。――それ持って『あすな』の顧問弁護士を揺さぶる。そいつが原紙と改ざん前のフローを持ってるはずだからな。その上でわざと逃げ道は作ってやるつもりだ。『お前が吐くか、こちらが吐かせるか』だとな。ま、十中八九自分の身可愛さから自分で吐く方を選ぶだろうな。ま、その辺は上手いこと誘導してそいつに自分の手で告発状を書かせてやるよ。宛先は本部コンプラと監査、ついでに金融庁の窓口と地元紙の記者クラブに〝同着〟で飛ばす。匿名の投げ込みも別口で重ねる」
「ですが、それでは顧問弁護士のみお咎めなしってことになりませんか?」
雄二の言葉に、了道が指を一本立て、静かに続けた。
「顧問弁護士にももちろん悪事のツケは払わせる。キックバックの流れを、うちで拾ってやるよ。まぁ、粗方拾えてるから心配すんな。もちろん葛西としちゃ、弁護士は見逃してやったって体だからな。直接は名乗らねぇ。匿名のリークで職を断ってやる。――荻野は飛ぶ。弁護士は消える。ネクサスは黙る」
畳の上で、言葉だけが重く積み上がっていく。
雄二の胸に、初めて〝現実に動く道筋〟への明かりが灯った。
「……そこまでして頂いて、私が貴方の下で働くというだけで本当にいいのでしょうか? 普通、もっと対価を求められるもんじゃないんですか……?」
問うと、了道がククッと笑った。
「身内になるんだから当然だっつっても信用しねぇって面だな。まぁとにかくお前は俺のために働け。銀行で鍛えた〝数字〟と〝人を見る目〟。――その鼻を、こっちで使え。まずは内勤でいい。帳場の裏、帳簿の汚れを嗅ぎ分けろ。銀行屋やってたお前にしか気づけねぇ綻びがあるはずだ」
視線が、鋭く射す。
「とりあえずは幸太郎の死にケジメつけるぞ。親父さんの死に〝名前〟を付けるのは他人じゃねぇ。お前自身だ。そのためにも覚悟を見せろや、千崎。この件が片付いたら堅気の奴らとは決別することも覚悟しろ。もし途中で濁すってんなら最初から何もするな。今ここで引き返せ」
その〝堅気の奴ら〟の中には母・八重子も、恋人の百合香も入っているのだと言外に含まされているのを感じた雄二である。
雄二は、ほんの一拍だけ目を閉じた。
父の手。機械油の匂い。百合香の震える腕。母の細い背中。
――引き返す場所は、もう残っていない。
「……やらせてください」
了道は、短く頷いた。
床の間の掛け軸が朝の光を吸って、墨の線が濃く見えた。
「テメェら、今の話、聞いてたよな? ネクサスの連中は〝うちの島の外〟へ追い出すまで手を緩めるな。顧問弁護士へは〝今夜〟当てに行く。――動け」
「はい」
黒服が静かに散り、襖が音もなく閉まる。
座敷には、了道と雄二だけが残った。
「千崎」
名を呼ばれ、雄二は姿勢を正す。
「筋は通せ。――それだけは外すな。外したら……俺がお前を殺す」
淡々と告げられた殺気は、不思議と温度がなかった。
だが、その冷たさが、逆に〝帰る場所〟の輪郭をくっきりさせる。
「……承知しました」
了道は立ち上がり、羽織の裾を払った。
「まずはお前の母親と女を移す。うちの車を回す。騒がれても面倒だ。お前も付き添え。――それから、お前の持ってる〝ズレの控え〟は全部、うちの帳場で預かる。代わりに〝正面から効く弾〟で返してやる」
静かに黙礼した雄二に了道がニヤリと笑う。
「――いい面してんじゃねぇか、元銀行屋」
その笑みは、獲物を仕留める前の獣のそれに似ていた。
だが、雄二の胸の底で、凍った何かがようやく動き出す音がした。
コメント
2件
雄二さんはこうやって裏の道に足を踏み入れたのか😢
うわっ…第二章のラスト、めっちゃ重くて熱かった…!😭💥 雄二が了道の前で「命は預けます」って言ったシーン、ゾクッとしたけど同時に鳥肌立ったよ…。親父さんの死にケジメつけるために極道の道を選ぶ覚悟、エモすぎる…。 了道の「筋は通せ。外したら♡♡♡」って台詞、冷たいのに信頼感じるのズルすぎるでしょ…!🔥 次どうなるか気になってしんどい!続き楽しみにしてるね、れんさん!📖✨