フラフラとしていた敦くんは、夜風に吹かれて少しだけ酔いがマシになったのか、“もう1人で歩けるので大丈夫です”と言い、まだ少しペースを遅めながら歩いていた。私もそのペースに合わせて歩く。
夜中の横浜は、昼間と違った賑やかさがある。
昼間は、親子や会社の事務員さんの休憩などで楽しく騒々しいが、夜間は、一風変わった大人の街だ。
酔った男女が路地裏で……なんて、当たり前。
酔いつぶれた人が道端に転んでいたり、ナンパという名の悪絡みをされている人が居たり。
そんなことを思っていると、ふと、隣の敦くんが何処か暗い所を見て、驚きながら元々赤かった頬を更に赤く染めた。
太「ん、どうかした?」
敦「い、いえ何でも…!さ、早く行きましょ」
明らかに動揺し切っている彼を見て察した。
…初心だなぁ。可愛い。
その道から逸れて、やっと一息ついた敦くん。
眠そうにしながら、再びフラフラしている。
敦「…太宰さん、すみません、僕一寸歩くの辛くなってきちゃって…。…、手繋いでもいいですか?」
太「いいよ」
“肩お借りしてもいいですか”と言わなかったのは、きっと彼なりの配慮なのだろうけど、“手繋いでも良いですか”の方が圧倒的にダメージが大きい…、
そのあとも、他愛ない20歳トークをしながら少し賑やかな道を歩いていると、2人の女性に声を掛けられた。
嗚呼、そうだった。
…美人歩けばナンパにも当たるよねぇ。…なんて呑気に思う。
「あ、あの、お兄さん達、今暇ですか?良ければ私達と一緒に…」
2人とも、美貌な顔立ちで、今話した女の子は完全に敦くん狙い、後ろの女性は私狙いということか。
敦くんももう辛いだろうし…
言葉を返そうにも、先程言葉を発した女性は敦くんの答えを待っている。
すると、意外な事に、敦くんは自然と身体を女性の背丈に合わせて屈め、優しく気遣うように微笑んだ。
それから、アルコールでほんのり赤く染っている唇に人差し指を当てて、呟くように言葉を発した。
敦「ごめんなさい、僕、好きな人がいるんです。…だから、貴方のお誘いを受けることが出来ないんです。…でも、声を掛けて下さってありがとうございます。」
敦「もう遅いですから、気をつけてくださいね」
帰り際、顔を真っ赤にした先程の女性2人に手を振って、敦くんをもう一度見つめた。
太「…敦くん、好きな人居たの」
敦「気づかなかったんですか、太宰さんなのに」
太「何だか、最近の敦くんって分かりにくーい」
敦「そりゃまぁ、太宰さんの部下ですから」
先程の、女性を落とす紳士な言葉にも、上手く質問をかわす敦くんにも、はぁ、とため息をついて、半ば強制的に手を繋いで夜道を歩いた。
太「さっきの事と言い、やっぱ、敦くんは罪な男だよ。…この女たらし。…、否、人たらしだね」
敦「もう、…皮肉ですか?…太宰さんには言われたくないですねー、第一、先程の何が女たらし何です?」
えぇ…?
敦「…そんな事よりも太宰さん、太宰さんは好きな人、居ないんですか」
太「なんでそんな事聞くの?」
敦「いえ、特に理由は。…僕に想い人が居ることを知って太宰さんが驚いていたから、そういう太宰さんはどうなんだろうと思って。」
想い人…。か。
隣で眠そうに時々頭をかくん、と項垂れていく敦くんを横目に、手だけでなく、無意識に密着していた肩を感じた。
瞬きをする度に色っぽく揺れる睫毛や、風に吹かれる白髪の横髪。何よりも瞼の内に秘めた、宝石みたいに綺麗な瞳や、眩しい笑顔を思い出す。
…嗚呼、きっと私は彼の事が…。
好き、…なんだろうな。
ただ、今それを伝える勇気が私にはない。
だから、
太「…いるよ。」
そう一言だけ答えた。
敦「そう、…なんですね。」
その後に、彼が少し辛そうな顔をしていた理由は未だ分からない。
コメント
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すれ違いというやつですね〜、 わいの好きなやつじゃないですか!神ですね!?ありがとうございます!