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月のあかりだけの薄暗い部屋で、俺は今日も彼の腕の中にいる。お酒を飲んだ日や、仕事で何かあった日はふらっとやって来ては、俺の事をめちゃくちゃに抱いてそのまま寝てしまう。
前から少し好意を抱いていたから、求められるのは嬉しい。でも、彼のことは愛してはいけない。甘くて1度口にしたら忘れられないような魅惑の果実。でも二度と抜け出せなくなる、麻薬のような猛毒を秘めている彼。俺はきっともう抜け出せない。
「寝てる時はこんなに可愛いのに……」
彼の額にかかる髪をサラッとどかして、あどけなさの残る寝顔を見て呟いた。俺より少し歳下なのに、惹き付けられて仕方ない。
「飲み物飲んでこよ……」
俺はベッドから出ると、そばに落ちていた服を適当に羽織、キッチンへ向かった。
冷蔵庫から水のペットボトルを出すと、それをもってベランダへ出た。
「さむっ……」
もう5月も中頃なのに、真夜中の空気は冷たかった。でも、事後で火照っている身体にはちょうど良かった。立っていると、さっき出されたものが中から出てきて少し気持ち悪かった。でも、彼の1部だと思うと、それすら切なくなった。
まだ彼に抱かれている感覚の残るからだを、ギュッと自分で抱きしめて、その感覚を消そうとした。愛してはくれない相手を思って泣きたくはなかったから。
でも、抱かれると心と身体が喜ぶから拒めなくて…。抱かれる度にこうして一人で泣いていた。
「俺……バカみたいだな……」
愛してくれないと分かっていながら受け入れて、でも終わると虚しくなって惨めになって、一人で涙を流す。もう、どうしようもなくて、その場にしゃがみこんだ。膝を抱えて声を押し殺して泣いた。
俺の事を見ているのは、夜空に浮かぶ小さな月だけだから…。誰にも気付かれずに泣き続けた。
「あれ?キャメさんなにしてんの?」
「あ、りぃちょくんこそどうしたの?」
閉めていたはずの窓が開いて、彼が顔を覗かせる。眠そうに目を擦る彼は、先程まで獣のように俺を求めていた人物と同一人物だとは思えないほど穏やかだった。
俺は、涙をそっと隠すと彼の側へ寄った。
「トイレ行こうと思ったら、キャメさんいないからさ」
ちょっと探したじゃん。そう呟いて不貞腐れる彼が、俺の事だけを見ててくれたらいいのに。そう思ってすぐにやめた。不毛なだけだから。
「そっか…布団戻ろ」
「ん。ね、もしかして泣いてた?」
「え?泣いてないよ?」
無理に笑顔を浮かべても、全てがお見通しだったようで、すっとまつ毛に残っていた涙を指で拭われた。
「ほら、涙ついてる…どうしたの?」
「ん…なんでもないよ?」
誤魔化そうとしても彼は誤魔化されてくれない。気づいて欲しいことには気づかないくせに…。
「ね、なんかあるなら話してよ」
「なんもないってば!」
少し語尾が強くなってしまって、俺自身も驚いた。彼はもっと驚いたみたいで、一瞬固まっていた。それから、少しため息をつくと俺の腕を掴んで寝室へと誘っていった。
「言わないなら言わせる……」
そう言ってニヤリと笑うと、俺の身体に無数のキスを振らせて言った。その感覚に身体を震わせながらも、唇を強く噛み締めた。そうしないと言葉を飲み込めなかったから…。シャツについてた赤いrougeはなに?誰の移り香を纏ってきてるの?ねぇ…その腰使いは誰に仕込まれたの?誰のためのテクニックなの?
それを言ったら全てが終わるから…だから言葉を飲み込んでいった。
「キャメさん……キスしたい……」
「ほら、血が出ちゃうから……」
そう優しく囁きながら、噛み締めていた唇を優しく食まれる。緩く打ち付けりる腰の動きに、優しく甘噛みしてくる優しいくちびる。キスをやめて欲しくない……離れたくない……。その言葉もまた飲み込んだ。
「なか……中に出して……」
その言葉だけ、精一杯伝えた。これなら重たくならないから…。そういえば、彼は嬉しそうに微笑んで、やさしいキスをくれるから。都合のいい相手でもいい。愛したりはしないから…。愛さなくていいから…。あなたの欠片を俺の中に注いで欲しい。
「ほんとに……どうしたの?」
事後、落ち着いた声で問いかけてくる彼。言えないことが多すぎて、口どもる俺。愛してくれない彼と、愛さないようにしている俺。相容れない2人だから、言わないでいた方がいいことは多い。だから言わない。涙に濡れる日が多くても…それでもいい。惨めでいいから、あなたに抱かれたい。
「キャメさん…?」
「泣かないで…どうしてあげたら笑ってくれるの?」
困った声で優しく聞いてくる彼。いっそ言ってしまおうか…。それで壊れてしまう関係ならそれでもいいかもしれない…。
少し自暴自棄になり始めていた。
「愛さないようにするから…」
「愛してくれなくていいから…」
「俺から離れないで…ひとりにしないで」
口どもりながら、ゆっくりと話す俺を、彼はじっと見つめていた。
「ほんとに愛してくれないの?俺は愛さなくていいの?」
真面目な顔で聞いてくる彼は、いつもより優し目をしていて、抱きつきたくなってしまった。でも出来ないから…。ふたたび唇をかみ締めた。それを、見た彼はそっと指先で俺の唇をなぞった。
「ほらまた…血が出ちゃうから…」
「っ…優しくしないで!」
俺は思わず大きな声を出していた。怒っても仕方ないってわかってても止められなかった。
「これ以上惨めにさせないで……」
俺は手で顔を覆って涙を流した。もうダメだ。この関係も終わる…。それが分かってても、1度吐き出してしまったものは止められなかった。
「本当はずっと……愛してた……でも……」
りぃちょくんは俺だけのものじゃないから…。そう呟いて、また口を噤んだ。そんな俺を少し驚いた顔で見つめていた彼は、ふっと優しく微笑んで俺の事を抱きしめてきた。
「もう……かわいいなぁ……」
「っ…バカにしないでよ……」
「してないよ。ただ愛おしいなって…」
優しい口調で紡がれる優しい言葉。上辺だけの言葉だとしても嬉しかった。
「キャメさん…愛してるよ?」
「え?うそ……」
「嘘じゃないよ。俺はキャメさんだけ愛してる」
「でも……いつも遊んでるって……」
「そう言ったら、キャメさん嫉妬してくれるかなって」
「最低……俺の涙返せ」
「その代わり……ズブズブに愛してあげるから……」
許してよ……と耳元で囁かれて力が抜けた。やっぱり彼は猛毒を持っている。俺は彼の毒からはもう逃れられないんだろう。
諦めた俺は、彼の首に手を回し愛を囁きながら甘い口付けをした。