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「あ、あの、ご主人さま、男性のアクセサリーのお店に寄りたいのですが?」
勇気を出して聞いてみたものの、
自分の要望などエルバートが聞き届けることはきっとない。
「どうしてだ? まあ、良い」
思っていたことと反対の返しに、フェリシアは驚く。
「えっ、よろしいのですか?」
「あぁ、帝都に来た際にいつも立ち寄る店でも良いか?」
「は、はいっ、ありがとうございます」
お礼を言い、エルバートに付いていくと、
やがて男性物のアクセサリーのお店に辿り着き、
一緒に中に入る。
「これはこれはエルバード様、お久しゅうございます」
店の優しそうな主人が声を掛けて来た。
「あぁ、久しいな。見せてもらってもいいか?」
「どうぞどうぞ。ゆっくりご覧下さいませ」
「あ、あのっ、エルバード様に似合うオススメのお品は何かないでしょうか?」
口を開き、そう勢いよく主人に尋ねたフェリシアは、ハッと我に返る。
――しまった。つい聞いてしまった。
「そうですねぇ、あ、これはいかがでしょう?」
主人が勲章のようなブローチを差し出す。
(あ、かっこいいブローチ……ご主人さまに似合いそう)
けれど、自分はいつ婚約を破棄されてもおかしくない身。
そんな自分からお返しのプレゼントをされてもエルバートはきっと喜ばないし、おこがましいに決まっている。
でも、何もせずにはもういられない。
「そのブローチ、買わせてください」
「お前、何を……払えないだろう?」
「だ、大丈夫です。お給金を持って来ておりますので」
フェリシアはお給金を主人に差し出してブローチを買い、ブローチを主人から受け取る。
「あ、あの、付けても……?」
「あ、あぁ」
胸をドキドキさせながらも、ブローチをエルバートの貴族服に付ける。
すると、エルバートはふいっと顔を背けた。
「ご、ご主人さま?」
フェリシアの顔が暗くなる。
(やっぱり、ご迷惑だったかしら……)
* * *
その後、エルバートはフェリシアを連れて外に出る。
まさか、フェリシアにブローチをプレゼントされ、付けてもらうことになるとは。
つい、照れ隠しで顔を背けてしまった。
フェリシアの左腕にブレスレットを付けた時さえ、
彼女の微笑んだ顔は見られなかったものの、
今までで一番嬉しそうな表情をし、思わず、自分も頬が緩みそうになったのだが、なんとか堪えたというのに。
彼女に照れた顔を見られずに済んで良かったが、
(軍師長の座に付く私が、ブローチを付けてもらっただけで表情を変えてしまうとは、全く不甲斐無い)
きっと彼女は自分がブローチをよく思わなかったと思ったことだろう。
早く弁解したいが、今はそれどころではないようだ。
エルバートの目つきが一瞬、鋭くなる。
帝都を訪れてからずっと魔の気配を感じる。
魔に監視されている――――。
近くには寄って来る様子はないが、そろそろ、ここを離れた方が良さそうだな。
「今から帝都を離れ、特別な場所に向かうが良いか?」
「は、はい」
フェリシアに了承を得ると、
ディアムが御者を務める馬車の元まで歩いていき、
ディアムに手を差し出され、エルバートから順に馬車に乗り込む。
そしてすぐさま馬車が動き出し、
向き合って気まずく座るフェリシアをよそに窓の外を見つめる。
魔は明らかにフェリシアを見ていた。
監視とはほんとうに胸糞が悪い。
* * *
フェリシアはふぅ、と息を吐く。
(ご主人さま、目も合わせてくれない…………)
ぎゅっと自分の胸元を掴む。
エルバートは余程、自分がプレゼントしたブローチが迷惑だったのだ。
フェリシアも窓の外を見る。
早く謝りたいけれど、
エルバートが言う特別な場所とは一体どこなのだろう?
そう疑問に思いつつ、馬車は進み――、
しばらくして、特別な場所に辿り着いた。
初めて見る景色にフェリシアは目を奪われる。
特別な場所では海が広がり、白く美しい花が咲き誇っていた。
その花々を見た時、家に咲く同じ花を両親と見たことをぼんやりと思い出す。
――ああ、無意識にこの花に惹かれ、料理の皿にいつも添えていたけれど、
両親と見た大切な花を自分は添えていたのだ。
この美しい景色と両親のことを思い出し胸がいっぱいになると、エルバートが隣で口を開く。
「帝都の帰りには必ずここに寄ることにしている」
「綺麗だろう?」
「――はい、綺麗です、とても」
「あの、ご主人さま、ブローチ、ご迷惑でしたよね。申し訳ありません」
「いや、私こそ、つい嫌な態度を取ってすまなかった」
「あれはその……、照れ隠しだ」
「ブローチをお前からプレゼントされるなどと思ってもいなかったものだから」
(え………照れ隠しで――?)
エルバートの思いもしなかった返しに驚くと、
エルバートは自分の頭にぽんっと手を置く。
その手はとても優しくて、自然と涙があふれ出る。
ここのところ、
両親のこと、伯母のことで強い絶望感を抱いて落ち込み、
エルバートにも酷い態度を取ってしまった。
なのに、いつの間にか気持ちは和んでいて、
ようやく気付いた。
一通の手紙から地獄のような生活が始まるかと思っていたけれど、
幸せな生活が始まっていた、だなんて。
穏やかに流れる海が煌く中、優しい風が吹き、白く美しい花びらが舞う。
こんなこと、望んだら、
願ったらだめだと分かっている。
だけど、もしも叶うならことなら、
(わたし、ほんとうの花嫁になって、ご主人さまと、このままずっと一緒にいたい…………)