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月城 蓮桜音
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こはる
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婚約式と披露宴にも似た食事会が終わると、四十日間にも及ぶ婚約公示期間の開始である。
その間、アレックスとレナは別々の建物に監禁され、結婚式当日まで顔を合わせることすら許されない。
そんな二人を見張る役目が招待された客たちだ。もちろん隠れて会いに行かないように監視するという義務もあるが、大半は結婚に対する助言をするのがその役目。
男性はアレックスの、女性はレナの監視を行うため、建物自体が男性棟と女性棟に分けられる。
……というのが昔の習わし。今はそれほどきつくはなく、建物自体は男女別にはなってしまうが、アレックスとレナ以外は比較的自由に動き回れる。
「じゃあ、また後でね。部屋の確認だけしたら、すぐそっちに行くわ」
「はい」
ネストに連れられてぞろぞろと移動していく女性陣。カガリに跨るミアに、白狐に跨るリリー。その両脇を固めるワダツミとコクセイ。
ドレス姿のまま弓を担ぐシャーリーが霞んで見えてしまうほど目立つ一団であるが、王女には手を出させまいという意気込みが溢れ出ているのはある意味、牽制にもなるだろう。
「俺だったら、あの一団に声を掛けるのは遠慮するね……」
「同感だ……」
ぼそりと呟くバイスに相槌を打ったのはヒルバーク。もちろん俺もそう思う。
だが、相手はそれでも声を掛けて来るだろう。敵国内を大手を振って歩ける機会なぞそうはない。内情視察を含め、ありとあらゆる情報を引き出そうとするに違いない。
ニールセン公の方でも監視に注力し目立った動きがあれば報告するとのことだが、後手に回らざるを得ない状況はもどかしくもある。
「それで? 九条はこれからどうするんだ?」
部屋へと戻り、これからの対策を協議する。
「ひとまずは相手の出方を待つしかないんじゃないでしょうか? 恐らくヴィルヘルム卿はこの四十日間の早い段階で第二王女との接触を謀ると思います。文書では証拠も残ってしまいますし、細かい打ち合わせは出来ないはず……。相手の出方がわかればその対応は取りやすいと思いますが……」
「いや待て九条。そうは言ってくれるが、難しくないか? まさかこんなことになるとは思わなかったから諜報役なんて連れて来てないぞ? たとえ九条の従魔たちに任せたとしても、ヴィルヘルム卿だって警戒しているはず。そう易々とは近づけないだろう。第二王女だって一応は王族だ。相手国との会談も不自然な事じゃない。理由はいくらでもでっち上げられる。本来であればニールセン公が何か理由を付けてその会談とやらに潜り込めるのがいいんだろうが、表向き第二王女派閥とは言えシルトフリューゲルとの関係は断つべきだと断言している以上、第二王女もニールセン公を味方だとは思っていないはずだ……」
「まあ、その辺は大丈夫でしょう。問題は俺の自由時間が極端に少ない事なんですが……」
その時だ。部屋を強くノックする音。俺の返事とほぼ同時に扉を開けたのは、レストール卿とその護衛のグラーゼンだ。
「久しいな九条殿! フェルヴェフルールに行っていたそうじゃないか。元気そうで何よりだ」
「どうも。レストール卿もグラーゼンさんもお久しぶりです」
「九条殿の武勇は我が領土にまで伝わって来ているぞ? 魔族を倒したんだろう? 九条殿の知人として私も鼻が高い!」
予想していた来客に頬を緩める。正直それどころではないのだが、事が起こる前に訪ねてくれるだけマシである。
知らない顔でもないため、雰囲気は悪くはない。バイスもグラーゼンとの会話を楽しんでいる様子。
しばらく座談に興じていると、またしても部屋の扉から聞こえるノックの音。
ようやくネストの登場かとも思ったのだが、入って来たのは知らない貴族の中年の男女。
式典の開始前までレナと一緒にいた夫妻。恐らくはレナの御家族だろう。
「お初お目にかかる九条殿。私はノースヴェッジの領主、エルヴィン・ノースヴェッジ。隣は妻のイザベラだ。君の事はレナから聞いている」
「はじめましてノースヴェッジ卿。本日はおめでとうございます。今後ともご指導いただければ幸いです」
出された手を握り返し、握手を交わすと俺の言葉に目を丸くするノースヴェッジ卿。
「いやいや、貴族でもないのにさすがは九条殿。礼儀を弁えておる。娘の言っていた通りだ。君がいなければ今日この日は訪れなかっただろう。君の尽力には感謝している。何か困ったことがあればいつでも言ってくれ。そして我が領土を訪れた時には盛大にもてなそうじゃないか」
満足そうな笑みを浮かべるノースヴェッジ卿。
元の世界でも結婚式は幾度となく経験している。目上の人への挨拶なぞ熟知しているのだ。
そして一時間後。ようやくネストたちが俺の部屋を訪れると、その混みっぷりに辟易とした表情を浮かべていた。
「なにこれ……」
椅子が足りず、殆どの貴族たちが立っている。ネストの来訪にも気付かぬ様子で一心不乱にしゃべくり、その中心にいるのが俺だ。
右を向いても左を向いても貴族のおっさんばかりである。
「どうかね? 九条君。自分で言うのもなんだが、ウチの娘は美人で気立てもいい。是非我が家の婿に……」
「いやいやヴェルナー卿。抜け駆けはいけませんぞ? 我が娘だって学院では九条殿の指導を賜ったのです。ウチにも権利が……」
「そもそもお前たちは前提が間違っている。九条殿にはウチのアンナが最も適しているのだ。なにせ冒険者志望だからな。プラチナの冒険者を婿にだなんて、家に縛り付けるようなものではないか。欲しているのは嫁だとなぜ気付かない? のう九条殿?」
「お気持ちは大変嬉しいのですが、皆様の大事な御令嬢を自分になどと恐れ多い。この先きっと良きご縁がありましょう」
顔も知らない女性の婿にも行く気もないし、嫁を貰うつもりもない。愛想笑いを振り撒きながら断るのも一苦労だ。
彼等は魔法学院に自分の娘を預けている貴族たち。アレックスとレナの御学友であるならば、その親が結婚式に招待されているのも何ら不思議ではない。
周りに従魔たちがいない今、俺に近づく絶好の機会。我先にと集まってきてしまうのも頷ける。
とは言え、写真でもなければ名前を出されても顔がまるで一致しない。唯一わかったのはアンナくらいだ。
「失礼だが、九条殿の歳ともなれば身を固めるには少々遅いと言わざるを得ない。リリー王女のナイトを諦めたその真意はどこに?」
少々回りくどい言い方であるが、その意味は理解した。恐らく俺とノルディックを重ねているのだろう。
ノルディックもいい歳だったにも拘らず、結婚はしていなかった。それは第二王女のナイトとして成り上がり、グリンダと共に歩もうとしていたから。非公式ではあるが、一応は婚約者がいたのだ。
しかし、俺にはそれがいない。俺がリリーのナイトを拝命しなかったのは、王族との結婚を望んでいないからなのだと捉えたのだろう。ならば好機とばかりに擦り寄ってはみたものの、そんな気配を微塵も見せない俺に対し戸惑っている……といったところか。
どう答えれば説得力を持たせ一気に断ることが出来るのか……。
候補がないわけではない。相手を納得させられるだけの説得力のある理由を持った答えは二つ。
一つは同性愛者を装う事。
そもそも女性に興味がなければ娘を持つ父親は諦めざるを得ないはず。息子を持つ貴族たちがどう出て来るのか疑問は残るが、この際それは置いておこう。
そしてもう一つは、ロリコンを押し通す事である。
恐らく――いや、最も説得力のある答えだ。既に俺にはミアがいる。十二歳以下の子供しか愛せないなどと言えば、これまでのことも相まって確実に信用してもらえるだろうが、俺はその十字架を一生背負わなければならなくなる。
同性愛よりはマシだが、正直言ってどっちもどっち。自分の評価を下げている事には変わりはなく変態呼ばわりは免れない。悩みどころだ……。
しかし、その答えが出されることはなかった。
部屋の入口から聞こえてきたのは、如何にも大袈裟な咳払い。
可愛らしくも聞こえるそれに一同が振り返ると、そこには白狐に跨り頬を膨らませるリリーの姿。
「「リリー様!?」」
リリーに向けて跪く貴族たち。リリーの表情はどう見てもご立腹だ。
当然である。俺がナイトを断ったとはいえ、リリーは諦めていないかもしれないのだ。そう考えると、俺への縁談はリリーの機嫌を損ねかねない行為。
部屋に残ったのはレストール卿とグラーゼンだけ。残りの貴族たちは頭を下げつつも我先にと部屋を出て行ってしまった。
「これでスッキリしましたね」
白狐の上でいつもの笑顔を見せるリリー。さすがは王女の貫禄である。
「ありがとうございます。王女様」
俺はようやく解放されたとホッと安堵の溜息をついた。
コメント
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第397話「究極の二択」、読みました! 婚約公示期間の仕組みや監視役の役割など、世界観の細かい説明が入るところが好きです。そして九条が「同性愛者」か「ロリコン」かの二択を迫られる展開には笑ってしまいました(笑)。リリーが絶妙なタイミングで登場して貴族たちを追い払う場面、最高でしたね。彼女の「これでスッキリしましたね」という一言がもう……王女の貫禄を見せつけられました。ホッとする九条の姿にこちらも安堵しました。