剣持side
鞄の中に差し込む光で目が覚める
数回瞼を擦った後、いつものように両腕に力を込めて鞄を押し開けた
一気に飛び込んでくる光のシャワーを浴びて目が慣れてくるのを待っていると
「おはようございます剣持さん、早いですね」
朝のコーヒーを持って優雅に微笑む社長がいた
「お、はようございます」
ドラマのワンシーンかよ
随分慣れたと思っていたが朝一番でこの顔面は、非常に心臓に悪い
美形度でいったらガクくんもそうなのだが…
そこは、ほら
大人のオーラみたいなのの差…?
「今日、日曜日なのに社長も早いですね…まさか休日にも仕事ですか?」
「いえ休みですよ、早起きして2人と長く一日を過ごすのもいいなと思いまして」
ニッコリと笑みを作る彼に、ふーん?と些細な違和感はあれど一緒に過ごせるというなら素直に嬉しい
僕は鞄から抜け出し社長の足下まで近寄ると彼の服をぎゅっと握って見上げる
「社長、トマトジュース入れて下さい」
「剣持さんトマトジュース好きですね」
「まぁ好きですけど、それより目を覚ます為のルーティンって感じです」
ルーティン?と首を傾げ思考の旅へ出掛けていきそうな社長に細かい事は気にしないで下さいと呼び戻す
それもそうかと適応力の化け物と化してしまった彼は速攻納得し、すっかり慣れた様子で僕を抱え上げた
慣れたといえば僕だってそうだ
精神年齢的に赤子のように抱えられるなんて本来耐え難い
なんたって中身は、16歳と云百年である
考えたくないけど歳だけでいえば社長より…いや、やめよう
最近は社長が当たり前の如く、この態勢をとるので疑問に思う事も少なくなってきた
そればかりか自ら待っている節があるから、そんな自分にも呆れてしまう
二人でキッチンに向かい冷蔵庫を覗いて目的のものを社長が手にした所で僕は思った事をそのまま口にした
「社長って無意識に他人を依存させるの上手そうですよね」
「えーと、話が見えませんが…」
出会って間もない頃、社長が買ってきてくれた人形サイズのマグカップにトマトジュースを入れて僕に手渡される
「ふふ、ついつい甘えてしまうみたいな?でもスマートになんでもしてくれる社長も悪いと思います」
「そんなつもりは、ないんですけどねぇ」
「僕、社長に会ってから生きてた頃の夢をよく見るようになったんですけど」
「えっ」
「薄情な事に僕にも兄がいたのを思い出しました、兄と社長どことなく似てるんです。」
優しくて、あったかくて
ついつい甘えてしまう雰囲気を持ってて
大きな手で頭を撫でてくれる仕草なんかそっくりだ
兄と自分は歳が離れていたからか可愛がられていた記憶しかなく兄弟喧嘩なんてものは、したことがない
ただ相手は、もう大人だったのですぐにあの屋敷から独立してしまい実際一緒に過ごせた時間は短かった
「そうだったんですね」
慈愛に満ちた眼差しを向けられ僕は気恥ずかしくなって慌ててトマトジュースを飲み干す
「あの…剣持さ」
ガチャ
「はよーっす二人とも早いすね〜」
キツネ姿のガクくんが前足で器用にドアを開けてリビングに入ってきた
くあ〜と大口で欠伸をすると立っている社長の横にピタリとくっついて雰囲気が何やら嬉しそうだ
「おはよガクくん、なんか機嫌いいね」
「えー?そうっすか?」
ニヤニヤと僕と社長を交互に見て、最後こちらに視線を留めると
「や〜なんか幸せだなぁって」
そんな事を言う
瞬間、ヒヤリとした
その幸せそうな表情と言葉には完全に同意するのに
なんでだろう
長年の勘というか
言語化出来ない嫌な予感がする
「……」
ガクくん…なにか
僕に隠してる事ある…?
昔から彼は、僕に隠し事がある時いつもより穏やかになる
それは必死に悟らせないように余計に気を配るから
この穏やかさは、僕にとって危険だ
逃げなきゃ
ガクくんは、また
ボクノタメニ
「剣持さん?」
俯いて青ざめる僕を心配そうに見る社長と目が合う
「あ」
「どうしました?気分が優れませんか?」
「…大丈夫です、なんでもありません」
ふるふると頭を左右に振って僕はニコッと社長に笑顔を見せた
「そうですか」
安堵の表情を浮かべる彼を眺めて残念に思う
自分は案外この生活を気に入っていた
せっかく社長とも仲良くなれたのにな
そっと彼の胸に頭を預けて目を瞑り、過去出会ってきた人々を思い描いた
誰かと親しくなる度、消したくない記憶がどんどん増えていく
だけど
消さない為には離れるしかない
そうして何人今までお別れしてきただろう
大抵、ロリやショタの遊び相手をしてきた僕だけど
社長と過ごす賑やかな日々もなかなかに楽しかった
タイムリミットは近い
さぁ、今回はどうやって逃げようか
優しい優しい僕の死神から
つづく
ストーカーやら死神やら剣持から酷い言われようなガクくんw