「神楽起きろ!遅刻しても知らないよ。」
「あと5分はいけるアル…」
こんな会話がずっと続くと思っていた。
朝早くから彼女の家に行き、遅刻常習犯をせっせと起こす。幼い頃からずっと続く日常だ。小学生の頃から中学生になった今にかけて、色々なことが変わったが、彼女の寝顔だけはずっと変わらず、無邪気な顔。そう思っていた。
でも彼女は変わってしまった。
朝は私が着く頃には既に起床し、鏡に映る自分と睨み合いながらチャームポイントである両サイドのお団子をつくっている。
授業中は寝るか早弁をするかだったのに最近では隣の席の沖田くんのことばかり見ている。私の前ではずっと淡々とした表情も、怒った顔から悲しそうな顔まで、彼の前では色々な表情を見せる。
もう彼女の寝顔は私だけのものではないのかもしれない。彼女から頼られなくなってしまうのかもしれない。彼女の1番ではないのかもしれない。そんなのは嫌だ。自分の存在意義がなくなってしまうから。元の彼女に戻って欲しい…。そんなよこしまな事を考える自分に、親友なら喜ぶべきだともう一人の自分が汚い私を殺そうとする。そうだ。これは喜ぶべき事なんだ。汚い考えを一瞬でも持った自分が嫌になる。
沖田くんは、クラスの中心的な立ち位置にいるイケメン…?な男の子だ。私とは委員会が同じなこともあり時々話すが、業務連絡以上のことは話さない、そんな関係だ。
彼女は多分、沖田くんのことが好きなんだと思う。朝早く起床し、以前より丁寧に身支度をするのは彼に気づいて欲しいから。授業中に沖田くんの方を見ているのは…言うまでもない。
そして私は彼女が好きだ。多分恋愛的な意味で。騒がしく、いつも明るい彼女のことがたまらなく好きだ。
きっとこれは失恋というやつなんだろう。自然と負の感情は湧いてこなかった。最初からこの恋は叶わないと分かっていたから。今の私にできることは、その事実に気付かないふりをし、今までどうり彼女と関わっていくことだ。もちろん、彼女から沖田くんのことで相談を受けたら一緒に悩み、喜んだり、ムカついたりする…つもりだ。いざ事実を突きつけられた時、私には彼女と今までどうり接して行ける自信はまだない。こんな自分が本当に嫌になる。でもこれが私なのだ。しょうがないじゃないか。
「どうしたらいいのよ!!」
誰にも聞かれていないからいいだろうと、放課後の校舎で一人叫ぶ。いや、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。誰かに聞かれて、相談に乗って欲しかったんだ。とはいえ、私の叫びなんて誰も聞いてくれているはずもなく、その日はとぼとぼと家まで帰った。
翌日、彼女の家に行くと彼女は寝ていた。あれ?三日坊主ならぬ七日坊主だろうか。呆れていると、自分の口角が上がっていることに気づいた。私、今、喜んでいるんだ。最低だ。彼女の恋が終わったのかと思って安心したんだ。こんなの親友だなんて言えない。
その日を境に、私は彼女とは余り関わらなくなった。
登下校は適当な理由をつけて辞め、学校でも悟られない程度に彼女を避けた。全く罪悪感がわかなかった訳では無い。彼女は、私の身勝手な理由で友達を一人失ったんだ。登下校のやめを話した時の彼女の顔が今でも脳裏に焼き付いて離れない。でもこれでいいんだ。これで彼女は私の事なんか気にせず、沖田くんにアタックすることが出来る。私もその間に心の準備をしておくんだ。
「あれ?」
なんで私泣いてんだろ。私から切り出したのに。私が、自分から、自分で彼女を引き離したのに。つくづく自分が嫌になる。早く涙を止めないと。そう思い必死で目を擦った。鏡で見ると目が腫れている。誰にもみられないといいんだけど。こんな所を見られて言いふらされたらたまったもんじゃない。早くこの場を立ち去ろうとした時、後ろから沖田くんの声がした。
「あれ、どうしたんですかぃ?」
最悪だ。1番会いたくなかった相手だ。彼女から好かれているのに、私の方が好きなのに、いつも彼女と仲良さそうに喧嘩して、彼女から好かれてることも知らないで、こうやって私に話しかけてくる。大嫌いだ。
私「どうしたも何も、ただ帰ろうとしているだけだよ。沖田くんこそこんな時間に学校に残ってどうしたの?笑」
少しトゲのある言い方をした。これ以上、私に関わってきて欲しくなかったから。分かってる。こんなの八つ当たりだ。胸の端がいたむ。私がイラついていることを察したのだろう。彼は私の質問には返さず、何があったのか聞こうとした。
沖「悩みがあるなら聞きますよ。その原因が俺なら話しにくいかもしれませんが」
そういって少し悲しそうな顔をする。なんで、なんでそんな顔するんだよ。私は君を傷つけようとしたのに。普通、嫌いになって、ムカついて、私と関わらなくなるもんじゃないの?君から優しくされると私の胸が痛むんだ。やめてよ。寄り添ってこないでよ。
私「だ、大丈夫。沖田くんは神楽ちゃんのところにいったら?」
沖「なんでチャイナの話が出るんですかぃ?」
返答を間違えた。どう誤魔化したらいいのか分からない。考えがまとまる前に口が動く。
私「だって、だって、彼女は貴方が好きで私は貴方達が幸せになってくれれば良くて、それで、私は彼女が好…」
それまで溜まっていたことが一気に口から出る。ようやく口が止まった。でもその時は既におそかった。驚いている沖田くんの後ろから彼女が出てきた。彼女の顔は赤く、戸惑っていた。同時に彼女は少し怒っているようにも見えた。
神「な、なんでそうなるアルか。私はこんなやつのことなんか好きじゃないし、私が好きなのは〇…ちがっ、そんなやついないネ。」
声が震えている。
沖「そうですよ。こいつが好きなのはアンタ…あ、、、」
え?
神「ちょ、なんてこと言ってくれてるアルか!!」
言葉が出なかった。その代わりに涙が出てきた。沖田くんがギョッとする。
神「え、ちょっと、なんで泣いてるアルか!?そんなに嫌ネ?汗」
2人とも困惑していた。なんで泣いているか?そんなのこっちが聞きたい。本当は今にも彼女に抱きつきたいのに、言葉も出ずに私はダダ泣き叫んでいる。どうしたらいいんだろう。沖田くんの方をみる。すると沖田くんは呆れたような顔で彼女に何かを耳打ちする。それを聞いた彼女は私の方に駆け寄ってきて泣きじゃくる私を抱きしめた。普段の彼女とはまるで別人だった。私が惚れた明るく、天真爛漫な彼女は今、私を、こんな顔をして抱きしめているのだ。私は彼女のこんな一面を見たことがない。きっと沖田くんも、世界で誰も見たことの無い、私だけにみせてくれる顔。嬉しかった。安心した。かっこよくも、包容力のある彼女の顔は以前見た、彼女の母親の顔にとてもよく似ていた。
気づけば涙はかわいていた。
神「やっと泣き止んだアルか…。」
「それで、えっと、その…私と…、付き合ってくれるアルか?」
彼女の表情は元に戻っていた。うん、やっぱりこっちの方がいい。見なれているはずなのに、いつもとはどこか違う彼女の顔。
返事?そんなのきまってる。私は笑顔で返事をした。
私「うん…当たり前でしょ!」
神楽が飛び跳ねながら喜ぶ。沖田くんも少し照れくさそうだ。
何年の片思いだったのだろう。きっと私達がまだ10歳にもならない頃だ。あの時は楽しかったとか、嬉しかっただとか、今まで神楽と過ごしてきた思い出がわきあがってくる。女性どうしだ。周りからの反対や、偏見はでかいかもしれない。学生の気の迷いだと思われるかもしれない。でもこのときはこの時だけはそんなことは全て忘れて、こんな心配がわかないくらい、神楽の温もりと、存在を感じていたいと思った。
コメント
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凄くいい… 続き楽しみにしてます!!!
面白い!感動しました