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私には、忘れられない前世の記憶がある。
変な装置で飛び回り、人間を捕食する巨人を殺してきた。
前世なんて、言ってもどうせ信じてもらえないし
言うメリットも感じない。
だから私はこのことを誰にも話したことは無かった。
ある日、夜のことだ。
部活が長引き、真っ暗な夜道を一人で帰った。
私には一緒に帰る友達もいないからだ。
確か、訓練兵だった時もそうだったな、と前世のことを思い返す。
すると近くで、ドンと鈍い音が聞こえた。
高いところから、何かが落ちたような。
近くには不良どもが集まるような廃ビルがひとつ。
自殺か?それとも何か、喧嘩でもやっているのだろうか。
どちらにせよ、私が解決出来る問題ではないし
そういうことに首を突っ込むと碌なことにならない。
何も聞かなかったことにして家に帰ろう、
そう、無視して帰路につこうとしたその時。
「あれ?モブリットじゃねぇか」
高い位置から、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ここら辺で高いところといえば、廃ビルしかない。
廃ビルの屋上に、見覚えのある人物がいる。
金髪のベリーショート。少し悪戯っぽい目。そして、 太い縁のメガネをかけている。
柵から身を乗り出しながら、彼は手を振っていた。
「…アーベル?」
前世、私の同期だった馬鹿なやつ。
憲兵に頭を撃ち抜かれて死んだ。
こいつも生まれ変わっていたのか。
私は彼に促されるまま、廃ビルに張り巡らされている
立ち入り禁止のテープをくぐる。
あいつの馬鹿が移ったのか、無茶な真似をしてしまったと思った。
「よう、めちゃくちゃ久しぶり」
「久しぶり、どころじゃないだろ。馬鹿」
お前は相変わらずだな、と言いながらアーベルは笑う。
私はというと、廃ビルに入ってから背筋に変な寒さを感じる。
まあ、こんな辺鄙な場所だ。
幽霊の少しいたって驚きはしない。
「そういえば、お前。髭無いな」
「そりゃ身体はまだ高校生なんだからな」
「…高校生のままで、もう成長しないしな」
そう、幽霊の少しいたって驚きはしない。
例えそれが、昔の戦友だったとしても。
「あー、お前には全部お見通しってワケか」
「足が透けてるんだ」
「うわっ、マジかよ!」
自分で透けていることも分かってなかったのか…
こいつは相変わらずの馬鹿のようだが、気になることといえば山ほどある。
「なんでお前は死んでるんだ?巨人もいない、平和な世界で」
「いや、この世界はそんなに平和じゃないぜ」
「オレは、また人間に殺されたんだよ」
…そうか。巨人がいる世界でも、巨人がいない世界でも
こいつは人間というものに殺されたらしい。
ある意味運命とも言えるだろう。そういう因果がこいつにはあるそうだ。
「お前と一緒にもう一回青春やりたかったけど。死んじまった」
「どうせ私らには年齢差が出来てしまってるんだ。無理だろ」
「悲しいこと言うなよ…」
肩をすくめながらアーベルが嘆く。
それにしても、こいつは誰に殺されたのだろうか。
確かにムカつくやつではあるが、恨みを買うようなやつではない。
それどころか好かれるようなやつだと思う。
私怨で殺されたとかではなさそうだ。
「やっぱり、お前が今立ってる場所で殺されたとかか」
「ああ。まあ、厳密には違うけどな。オレはここから突き落とされて
そのまま地面に…」
「分かった、もう言わなくていい…じゃあさっきの鈍い音は… 」
「それは太った猫がにゃんぱらりした音だな」
こいつが誰かを道連れにした音かと思ったが、心配して損をした。
それにしても、こいつはさっきからいつも通りの様子だ。
人間に殺されたというのに。
「…恨んでたりしないのか?」
「誰が?」
「お前がだよ」
「オレが?誰を?」
「お前を殺したやつをだよ」
「ああ、まあギャフンと言わせてやりてぇけど」
「…」
やはりこいつは馬鹿なのかもしれない。
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あの夜から、あいつは私にひっついて歩くようになった。
帰り道に着いてきた時からこうなると思っていたが。
「おい、ストーカー。毎日毎日なんのつもりなんだ」
「失礼だな…!ストーカーじゃねぇよ。お前に憑いてんの!
オレはこうでもしないとあそこから移動出来ないからな」
「じゃあ、私が水飲んでる時に変顔するのはやめろ」
「はいはい、善処します」
まあ、幽霊のこいつは一般人には見えないわけで。
そこまで実害はないからいいとすることにした。
(たまに私の方をじろじろ見てくる人は、多分霊感がある人だ。)
幽霊のクセにうるさいから、学校の授業中は苦労するが。
死人に口無し、とはよく言ったものだが
死人にも個性があるということを覚えておいてほしいものだ。
「お前、何か思い出せたか」
「悪いが、まだ何もだな。高所から落とされたってこと以外は」
「そうか」
やはり、こいつを殺した犯人については何も分からない。
何か覚えていてくれさえすれば良かったが。
「…ていうか、なんで私がお前を殺した犯人探しをやってるんだろうな」
「まあまあ、前世ではオレに返してなかった貸しもあったろ?
それを返すつもりで頼むよ」
「何年かかるか分からないけどな。全ての鍵はお前が握ってるんだから、
早く思い出してくれないと進展しないぞ」
「ああ、オレも頑張るよ」
そう言いながら、アーベルは私の肩にもたれかかる。
途端に、私の身体は嫌な寒さに包まれた。
忘れがちだが、こいつも一応幽霊なんだから当たり前だ。
「おいアーベル…これから二度と私に触るなよ」
「え!?なんで!?」
「分かれ馬鹿、塩撒くぞ」
「それは嫌だ! 」
幽霊に塩をかけたらどうなるのだろうか。
気になるところだが、万が一こいつが消えてしまったりしたら困る。
限界まで薄めた塩水…とかなら大丈夫だろうか。
いつも学業の邪魔をされているお返しに、
今度お見舞いしてやろう。
「最近、モブリットの近くにいると冷えるんだよねー…」
「そ、そうですか?」
身体を小刻みに震わせながら、ハンジ先輩がそう言った。
やはりアーベルがいるせいだろうか。
そう思い、私は自分の後ろにいるアーベルに視線を向ける。
「え?オレのせい?」
「…」
「そんな怖い顔すんなよ…オレにもどうにも出来ねぇよ」
私はため息をついた。
このままでは周りの人にも迷惑をかけてしまう。
「モブリット?後ろに何かあったの?」
「ああ、私も背中ら辺が寒くて。冷房が効いてるんじゃないですかね」
誤魔化したつもりだが、ハンジさんは今世でも勘が鋭い。
まだ納得していない様子で、一応は納得したという返事を返す。
この後クラスメイトが話しているのを聞いたのだが、
最近のこの教室は冷房が効いていて過ごしやすいという話だ。
この話のオチは、そもそも教室に暖房はあっても冷房はなかったということだ。
とりあえず、アーベルは冷房としてはかなり役に立つということらしい。
「なんか最近オレの扱い酷いよな」
「お前がなかなか思い出さないからだろ」
常温に戻ってしまったジュースを、アーベルの冷気で冷やしながら答える。
こいつが何かひとつでも情報を思い出してくれればいいものの、
ひとつどころか何も思い出せないときた。
犯人探しは難航どころか、私は何にも手をつけられていない。
犯人の性別も分からないのでは、探しようがないからだ。
「そういえば、最近うちのブレーカーがよく落ちるって
姉さんが愚痴ってたよ」
私は雑談がてら、そんなことを口にした。
その瞬間、アーベルの身体がびくりと跳ねる。
「…何かやましいことでも? 」
「……それ、多分オレのせいだわ…」
「なら、今すぐやめてくれ。迷惑だ」
「いや!オレのせいなんだけど、オレがやってる訳ではないんだよ!」
アーベルは慌てて説明をする。
自分の周りに、なぜか低級の霊が集まりやすいことだ。
低級の霊は、あまり知能を併せ持たない。
例えば昆虫の霊や、胎児の霊。
そういうのが集まって、嫌な怪奇現象を起こす。
それこそブレーカーを落とすだとか、
酷いものだと、死なない程度に首を絞めてきたりだとか。
「そうか、なら廃ビルに帰ってほしいんだけど」
「いやいやいや!お前だって学校帰りに
毎日立ち入り禁止の廃ビルに忍び込んでたら、いつか見つかって…!」
「大丈夫だよ、上手くやる」
「うぅ…じゃあ低級の霊はオレがなんとかするから…!」
「…そこまでしてここにいたいのか 」
私は頭を抱える。今もこの家に低級霊が徘徊しているなんて、
考えたくもない事実だからだ。
そんな私をよそに、アーベルは自身ありげに続ける。
「大丈夫だ!言葉も話せて知性もある、生前の記憶もしっかりあるオレは
一応上級の霊だからな、低級には負けないぞ」
「信用ならないんだよお前は。まあ、勝手にやって勝手に死ねよ」
「冷たいじゃないか…」
そう言いながら、アーベルは頬を膨らませる。
やはり髭が無いからだろう。いつもよりかは可愛いらしい。
(髭のせいで気付き辛いが、アーベルは美形と言われる類い。)
「けど、お前の姉ちゃんって霊感あるんじゃないか?」
床に寝転がりながら、アーベルが聞いてくる。
姉さんは、弟の私から見ても霊感があるようには全く見えない。
生真面目で冗談が通じなくて、そういうのを信じないようなタイプに見える。
幽霊を信じない人間に霊感があるなんてことは無いと思う。
霊感があるのなら、霊を信じる人間が大半だろうから。
「無いと思うけど。それがどうしたんだ?」
「いやぁ…たまに転がってるんだよな。低級霊の死骸。
お前の姉ちゃんが祓ってるとしか思えなかったんだが、まさかな」
「アリの巣コロリで死んだんだろ」
「霊にも効くのかあれ、気をつけないとな」
本気で信じているのか冗談にノっているのかが分からないのが
こいつの厄介な点だ。
当然アリの巣コロリに除霊効果なんて無い。と思う。
仮にあったとしても、私に知る由はない。
…だから、だ。
姉さんが祓っている可能性が高いのだ。
うちの家庭は色々あって、家には私と姉さんしかいない。
祓っているとしたら、どうやって?
その方法を姉が知っているというのも謎だ。
でも、姉さんが霊を祓えたとして、私には何も関係ない。
まあ本当かどうか気になるところではあるが。
丁度犯人探しの進展も無いところだ…
「姉さんのこと、監視してみるか」
「だな、暇だし」
姉を監視していて分かったことは、本当にこの人は真面目だということだ。
家事も全てきっちりこなすし、今日の予定も朝にしっかり組んで
その通りに動く。まさに完璧人間。
「モブリット、今日の夜何食べたい?」
「姉さんが食べたいものでいいよ」
「じゃあ麻婆豆腐でもいいか?」
「…辛くないなら」
「馬鹿言うな、辛くない麻婆は麻婆じゃないだろう」
…欠点があるとしたら、辛いものが異様に好きだということ。
辛くない麻婆豆腐が麻婆豆腐じゃないのは一理あるかもしれないが。
辛さにも限度というものがある。
姉さんが作る辛い料理は、大体殺人的な辛さだ。
逆に、辛くない料理は普通に美味しいから複雑な気持ちになる。
「じゃあ買い物行ってくるから、他に欲しいものないか?」
「無い…ああ、やっぱある。アクエリアス買ってきてよ」
「分かった。珍しいな」
「まあ、ね」
アクエリアスには、食塩が含まれている。
ここまで言えば分かるはずだ。
アーベルにアクエリアスをぶっかけたら、どうなるのか気になる。
それで除霊されてしまったら、こいつはそこまでのやつだったということだ。
私もアーベルのことは忘れて今世を生きることにする。
「そういえば、三十分ごとにブレーカーをチェックしてくれよ」
「三十分ごと?」
「ああ、三十分ごとに落ちることが多い」
「時間測るなんて、姉さんも意外と暇なんだな」
「いや、ただの体内時計だ」
姉さんは、体内時計も正確で完璧らしい。
言われた通り、ちゃんと三十分ごとにブレーカーが落ちる。
今、この家に私しかいない状況。(アーベルは幽霊なので除く)
そんな状況でこの家に低級霊が跋扈しているなど考えたくもないが。
三十分ごとに落ちるブレーカーが、人ならざる存在がこの場にいることを知らせてくる。
「モブリット、お前低級霊は見えないのな」
「ああ…お前が見えて低級が見えないのは不思議だけどな」
「それ、ピントを合わせる気がないだけじゃないか?」
アーベルが言うには、人間には二種類いるらしい。
ひとつ、霊的なものにピントが合わせられない人間。
こういう人間は、霊の気配は感じられるが見えはしない。
もうひとつ、霊的なものにピントを合わせることが出来る人間。
こういう人間が、所謂見える人。私もそうだ。
私はアーベルにはピントを合わせているが、低級にはピントを合わせていない。
だからこいつが見えて低級は見えない…そういうことらしい。
アーベルはにやにやしながら、私をつついてくる。
「へぇ?モブリットはオレのこと見たくて堪らないのか?
低級は見る気すらないのにオレには釘付けってことだろ?そうだろ?」
「うるさい馬鹿、ぞわぞわするからつつくな」
「もっとぞわぞわさせてやろうかー?」
「気持ち悪い、祓うぞ」
そんなやり取りを続けていた矢先、ブレーカーが落ちた。
まだ三十分も経っていない。
「またか…」
そう言いながら、私はブレーカーを見に行く。
見ると、ブレーカーは全て上がっていた。
「…落ちたわけじゃないみたいだな」
「なら、ただの停電か?」
「いや…違う気がする」
瞬間、風呂場からズルズルと何かが這いずるような音が聞こえてくる。
部屋の温度は、いつの間にか冷え切っていた。
明らかに私とアーベル以外の、何かが家にいる。
「…やべ…低級じゃないかも…」
アーベルが、口を手で抑えながらそう呟く。
独り言のつもりだったのかもしれないが、全部聞こえている。
「低級じゃないって、なら何級なわけだ」
「え?あ、ああ…低の上…くらい?」
「要するに中級か」
「ああハイそうです…」
明らかにオロオロしているアーベルを見て、
本当にコイツは使い物になるのかと心配になった。
まあ、いないよりかはマシだろうが。
「おい、先行けよ。風呂場」
「えぇ!?まぁ…いいけどさ…」
少し不服そうな表情を見せるも、承諾した。
アーベルが先行し、私がその後ろを歩く。
だが私は、脱衣所の中に入るつもりはなかった。
何故なら怖いからだ。
そこで私が足を止めると、先行していたアーベルがずっこける。
「何してんだ馬鹿」
「だって…!オレはお前に憑いてんだから、
お前との距離があんまり離れすぎると…アレだ、リードがピンと張った状態になんの!」
「…仕方ないな」
そう言い、私は一歩脱衣所の中に足を踏み入れる。
すると、先程まで聞こえていた這いずり回るような音が はたと止まった。
嵐の前の静けさ、とでも言うような嫌な静寂が訪れる。
開けるぞ、と風呂の扉に手をかけながら
小さくアーベルが言う。
風呂場の扉が開いた、その時。
物凄い速度で飛び出してきた何かに押し倒され、
床に背中を強打した。
「いっ…!?」
髪が長い女の霊…だが、下半身がヘビのようになっている。
這いずり回る音の正体は、本当にコイツが這いずり回っていた音らしい。
腕を強く掴まれ、痛みと恐怖に浅い呼吸を繰り返す。
巨人と比べればこんな怪異、怖くないだろうと思われるかもしれない。
だが、これは怖さの系統が違うのだ。
「クソッ、おい!モブリットを離せ!」
アーベルが女の霊を蹴って、無理矢理私の上から退かす。
コイツは相変わらずの馬鹿力らしい。
女の霊のヘイトは、さっきの蹴りで私からアーベルに向いた。
でも、霊なんてどう祓えばいいのか分からない。
コイツがそれを分かっているのかどうかも分からない。
「アーベル、うっ…」
あいつの名前を呼んだ瞬間、私は腕の痛みに呻きを漏らした。
先程女の霊に掴まれた場所だ。
痛む箇所を見てみると、掴まれた跡がくっきり残ってる。
「ああもう!どうやったら祓えんだ!?」
「ぐっ、知るか馬鹿!」
「低級ならこう…プチっと潰せんのにな!」
「逆に今までプチっとでやれてたんなら、それで良いだろ!力押しだ!」
私にしては、状況を見極めるということが今までで一番出来なかったと思う。
力押しなんて、失敗する可能性の方が高いだろう。
何か、何か策は無いか。
今祓えなくてもいい、時間を稼げればそれでいい。
もう一度風呂場に入れて扉を閉じてしまうとか。
ずっとあそこで扉も開けず、ずるずる這い回っていたということは
扉を開けることが出来ない可能性が高い。
「アーベル!そいつをもう一度風呂場に閉じ込めろ!」
「は!?閉じ込めるってどうやって!?」
「扉を閉めるんだよ!多分そいつは扉を開けられない!」
「えっ!?ああ、分かった!」
私がそう指示を出したと同時に、アーベルは女の霊に綺麗な回し蹴りをキメた。
こんな狭い空間でよくやるものだ。
衝撃で霊は吹き飛び、そのまま風呂場の壁にぶつかった。
起き上がれないうちに、扉を勢いよく閉める。
一気に家中が静まり返った。女の霊が出てくる気配も無く、
私とアーベルの荒い呼吸だけが部屋に響く。(こいつは幽霊だが、呼吸らしきモノはする。)
「…一応、これで持ち堪えた…のか?」
「ああ、まあ霊の祓い方を調べる余裕は出来たな」
そう言いながら、私は携帯端末をポケットから取り出す。
人間が積み上げた技術というのは輝かしいもので、
今ではこの板ひとつでなんでもすることが出来る。
それこそ霊のセルフ除霊の方法も、調べれば一発だ。
…ただし、それが出来る環境が整っていればの話だが。
「Wi-Fiが繋がらなくて調べられない」
「それ、霊の影響かもな」
「じゃあ、今までお前が近くにいたのにWi-Fi繋がったのはどういうことだ」
「それはオレに生者に対する悪意が無いからだ」
悪意とかそういうものらしい。
てっきり私は、霊が起こす現象…電気が消えるだとか金縛だとか、
そういう現象は、霊がいる環境下で無条件に起こるものかと思っていた。
まあ、それなら私は今頃ひどい霊障に悩まされていただろう。
こいつに悪意とかそういう概念が無くて助かった。
「じゃあ、塩撒いてみるか」
「それは階級が高い霊には逆効果なことがあるな、逆に怒らせるかも」
「お前な、そういうこと知ってるなら祓い方も分かるだろ」
「イヤ、今のはオレの経験談だ」
アーベル曰く、前塩をぶっかけられた時
ちょっとヒリヒリする程度で他は何もなかったらしい。
で、ムカついたから塩をぶっかけてきた奴を
朝から晩までくすぐり地獄に落としたとか。霊障の程度が低いのか高いのか…
「こいつが中級の下の方なのか上の方なのかで、大分変わってくるからな。
戦ってみた感じ、オレと大体強さ変わんないみたいだから…上の方か」
「なら、塩が効かない可能性が高いと」
「そゆこと」
私とアーベルが霊の祓い方で試行錯誤している中、
急に耳に入った無機質な音声に、私は肩を跳ねさせた。
“お風呂が沸きました”
「…なんだ、風呂沸いただけか」
私はそう、ほっと胸を撫で下ろした。
だがよく考えてもみろ、この状況で風呂が沸くわけがない。
これは間違いなく、先程の霊の仕業。
「あの霊、風呂なんか沸かしてどういうつもりなんだ」
「さあ、驚かせたかっただけじゃ」
アーベルが話している途中、扉を勢いよく開ける音が聞こえた。
間違いなく、風呂場からだ。
なぜこのタイミングで扉を開けられるようになったのか。
風呂が沸いたことで何かが起きたのか、分からない。
思考を巡らせている暇は無かった。後ろにはすぐ、あいつが
「お風呂ガ沸きマしタ」
「…っ!?」
「相手が悪かったな!コイツ、風呂場で自殺したとかそういうヤツだろ!?」
アーベルは私から女の霊を引き離しながら、そう話す。
相手が悪かったとはどういうことか、私は聞く。
「人間の霊は特定の条件下で強くなる。死んだ場所や時間、まあ霊によって違うわけだが…
コイツは多分、“沸いた風呂”が死因に関係している」
霊の攻撃を受け流しながら、アーベルは答える。
なるほど、そういうことか。
なら、この霊が風呂場にいた時点でその可能性を考慮してほしかったが。
「お風呂ががが、沸きマしタ」
「ああもう、分かってるって!沸いたなそうだな!!」
「沸きマしタ」
「くそ!同じこと何回も言うなよ!殺意が湧いちゃうだろ!」
こいつは戦闘中に何を言っているのか。
まあ、こいつが凌いでくれていることに変わりはない。
考えろ、自分が守られている間に。
私は今考えることしか出来ないのだから。
この霊に、勝つ方法を…
風が通り抜けていくように、私の隣をするりと抜けていく人影が見えた
「風呂なんて、沸いてないが」
女性にしては低い声が、脳みそを震わせる。
後ろを見ると、その人物は風呂からお湯を抜いていた。
ただそれだけのことが、霊に対しては大打撃だったようだ。
防戦一方だったアーベルが押し勝っている。
逆に、女の霊は守ることすら出来ていない。ただ茫然としながら攻撃を受けているだけだ。
「おい、邪魔だそこのベリショメガネ」
「はっ!?」
「悪霊はさっさと常世から出ていけ」
その人物はそう言った瞬間、スーツの内ポケットから取り出した
ハンマーで、釘を思い切り壁に打ちつけた。
キーンという甲高い不快な音が家中に響く。
その音が止んで少ししたら、女の霊は段々と薄くなって消えてしまった。
先程ので除霊出来たのだろうか。
釘を壁に打ちつけて除霊なんて、聞いたこともない。
そしてさらに驚くべきことは、霊を祓った人物が
うちの姉だということだ。
「姉さん、なんで…」
「イヤな予感がしたんだ。私の勘は当たる」
「ど、どうやって霊を…」
「低級の霊なら拍手の音でも祓える時があるんだがな、中級となるとそうはいかない。
そういう時はハンマーと釘を使ったり…学生の時の話だが、放課後の教室で
中級の霊に出くわした時は、黒板の音でも祓えた。まあ、除霊のトリガーは音ってワケだ」
淡々と非日常の極みのようなことを話す姉に、思わず目と耳を疑った。
そんなことに縁があるような人には見えないし、縁があったとしても
そういうものを信じる人には見えないからだ。
「ん…そこのベリショ、お前も霊だったのか」
「え!?まあそうだけど…祓わないでくださいね…」
「祓わないよ。モブリットが君を警戒している素振りが無いからな。
しかし、身体が薄くなっていなかったら霊とは気付けなかった」
姉さんがそう言った通り、アーベルの身体は
後ろの物が若干透けて見えるくらいには薄くなっていた。
原因は恐らくさっきの音だろう。
上級は祓えないが、ちょっと薄くする程度は出来るらしい。
今度こいつの耳元で爆音を鳴らしてやろう。
そして、私はもうひとつ気になったことを姉に聞いた。
「風呂からお湯を抜いたら、女の霊が弱くなった…あれはどういうことだ?」
「まあ、霊というのはある特定の条件下で強くなるんだが…」
「ああ、それは知ってる」
「ん、そうか。まあ単純に、その条件下というのを無くしてしまえばいいだけだ。
例えば輪っかに結ばれた縄が強くなる条件下だった場合、縄を解けばそいつは弱くなる。
強くなる前以上にだ。…厄介なのが、強くなる条件が時間や季節だった場合だが」
確かに、その場合だと条件下を無くすことが出来ない。
そういう霊が上級などに位置されることになるのだろうか。
「…ていうか、なんで姉さんはそんなことを知っているんだよ」
「趣味だ。知らなかったか?私は学生時代オカ研所属だった」
…それは、姉と十七年間一緒に暮らしてきて初めて知った新事実だった。
「…てことで、幽霊が死ぬ間際のことを覚えてないのって
どうすれば思い出させられるかなって」
幽霊騒動もひと段落し、夕食の席で私は姉にアーベルのことを話した。
少し考えてから、姉はこう答える。
「自分で思い出すのを待つしかないな。そもそも、霊が死ぬ間際のことだけ
覚えていないというのはよくあることだ。死因は覚えてるんだろ?ベリショメガネ」
「だからオレにはアーベルっていう素敵な名前があるんですけど…
…まあ、死因は覚えてますね。それ以外は全然」
「生前のことも覚えてるんだろ?ベリショメガネ」
「だから…ああもうめんどいな。まあ、大体は?たまに抜け落ちてそうなとこはありますが」
ということで、姉が言うにはやはり待つしかないとのことだ。
だが、生前の記憶を刺激してやれば思い出すのが早くなるかもしれないと。
例えば、思い出の場所へ連れて行くだとか…
あまりオススメはしないらしいが、死んだ場所へ連れて行くとか。
コイツの場合、自分が死んだ場所にずっといたから効果は無いと思うが。
「思い出の場所、か。うーん…?言われてみると難しいな」
「思い出の場所そのものが記憶から抜け落ちている場合もあるだろうからな」
私が助言できるのはこれくらいだろう、と姉さんは麻婆豆腐を食べながら言う。
…私も先程から少しずつ食べてはいるのだが、やはり辛い。
でも、この麻婆豆腐はしばらく食べられなくなるだろう。
「あのさ、姉さん。私しばらくこの家出ようと思うんだ」
「そうか、元気でな」
「…なんか、止めないのか。仮にも高校生が…」
「お前はしっかりしてるから大丈夫だろう。で、家を出る理由は
そのベリショメガネのことだろ?」
「アーベルです」
「気が済むまで好きにすればいい。ただ、絶対帰ってこいよ」
もう全て食べ終わったらしい姉は、そう言っていそいそと食器を下げに行く。
私は、まだ半分以上も残っている麻婆豆腐にラップをかける。
流石に、私の口はこれを完食出来るほど強くはない。
「少し辛すぎたか」
「うん、かなり」
「なら今度作る時は、もう少し辛くないようにする」
「いいよこのままで」
家を出る理由についてだが、姉が言う通りアーベルのことだ。
だがそれと同時に、姉さんのため。
とんだお節介なのかもしれないが、もう家にあんな霊を入れたくはない。
だが、アーベルがいる以上それは避けられない。
それが家を出る理由のひとつ。
もうひとつは、戦闘のしやすさ。
家の中という外界から軽く遮断された空間、しかもまた風呂場での戦闘などになった際。
とにかく狭い。アーベルもそれに文句を溢していた。
夜の宿泊場所はホテルを使って、朝になったら人通りの少ないところをほっつき回る。
これで閉所での戦闘は避けられる…はず。
要するに、アーベルがいる以上霊との遭遇、戦闘は避けられない。
なら逃げるよりも迎撃の体制というワケだ。
あと家という空間は、霊の強くなる条件下というのに当てはまりやすいというのが
私の見解だ。包丁だったり縄だったり、頭痛薬だったり。
外だったら条件下に当てはまらない事が多くなるはず。
…人通りの少ない路地裏が条件下の霊も、当然いるだろうが。
「あとお前、これやるよ」
「…コレって火の用心のやつ?」
「ああ。これを思い切り叩けば上の下の下くらいのやつまでなら祓えるだろう。
ただし、条件下の解除で弱体化したやつだけだがな」
「ありがとう。助かる。カスタネット持って行こうとしてたから」
「カスタネットでも中級の下くらいは祓えそうだけどな」
そう言いながら、姉さんは自室に戻って行った。
実はもう家を出る予定だったのだが、伝えるのを忘れてしまった。
まあ、姉さんの事だ。心配はされないだろうが。
:
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:
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:
家族公認家出一日目。
家を出たのが夜だったので、どこか休めそうなホテルを探す。
「こことか良いな」
「なっ…!馬鹿かお前、ここラブホだぞ…?」
「分かってるよ、普通は未成年一人でホテルに泊まったら怪しまれる。
だけどこういうラブホは受付が機械だから怪しまれない。って聞いたことある」
「へ、へぇ…でも嫌だけど」
そもそもお前のせいなんだから贅沢言うな、と私はアーベルを小突く。
私は霊感が人一倍強いらしいので、幽霊を今みたいに小突いたり、殴ったり出来るようだ。
まあ、出来ればめちゃくちゃ冷たいので触りたくはないが。
聞いた通り、受付は機械だった。
受付を終え部屋に向かう。
「やっぱオレこういうとこ無理かも。なんかギシギシ聞こえるし」
「そういえば、幽霊は性的なものを嫌うみたいなことをネットで見たような」
「ほら!生態的に無理なんだよ!」
確かに薄い壁隔てた先に、盛った二人組がいるというのは嫌だが。(二人以上かもしれない)
私達は休むためだけに使うんだから、気にせず眠りについてしまえばいいだけだ。
そもそも、こういうのは気にした方が負ける。
どれだけ図太くいられるかが重要なのだ。
部屋に入り、鍵をかけてベッドに倒れ込んだ。
複数人で使用することを前提とされているベッドは、私には少し大きい。
だが逆に言うなら、休むのにはうってつけのベッドだと言える。
「なあモブリット、もう寝るのかよ」
「寝るに決まってるだろ、今何時だと思ってるんだ」
「嫌だよオレ、こんな破廉恥な空間でお前が起きるまで待ってろとか」
幽霊は睡眠を必要としない。
というか眠れないらしい。目を閉じても眠りに落ちることは出来ない。
永遠に瞼の裏の暗闇を見つめるだけだ。
そんな中、幽霊が苦手とする性的な空間で過ごすのは苦痛だろう。
私は少し可哀想に思い、ベッドから降りる。
「じゃあ、えっちなものはまとめて全部見えないところに隠しておいてやる」
「うぅ…そういう問題じゃないだろ!あと…えっ、えっちとか軽率に言うな!」
「お前…なんか、慌てふためいてる姿が滑稽で可愛い。殴っていいか?」
「キュートアグレッションっていうのは心に留めるべきものだろ!」
そういう問題ではない、というのはそうだろう。
この空間自体が霊が好まない場所なわけで、ラブホの内装が清楚になっても
そこがラブホであるという事実は変わらないのだ。
少しはマシになるかと思っての提案だったが、やはり意味がないようだ。
「ならどうすればいいんだ。宿泊場所を今更変えるつもりは無いが」
「オレと一緒にオールしろ!さもなくばオレと一緒のベッドで寝ろ!」
「…はぁ?それ本当にどっちかやらなきゃ駄目か?」
「ダメに決まってるだろ!本当にオレのことを可哀想だと思うならそれくらいやれ!」
今の状態のコイツと、同じベッドで寝たくはない。
絶対幽霊の冷気にあてられて、嫌な夢を見てしまう。
オールも嫌だ。疲れが明日に響く。
…でも、コイツと一緒に寝ても悪夢を見て疲れるだけだ。
それなら、オールの方がマシなんじゃないか。
「分かった、オールする」
「そんなにオレと一緒に寝たくないワケ?」
よくよく考えてみれば、前世ではオールが普通だったじゃないか。
そう私は思い返す。分隊長の無茶な実験に夜中まで付き合わされたものだ。
そういえば、と思い、私はアーベルに気になっていたことを聞く。
「お前、前世の記憶っていつから持ってた?」
「あー?うん…うん…?ちょっと思い出せないな…」
「おいポンコツ」
「お前は?」
「私は、物心ついた頃には。それが前世の記憶だって分かったのは、中ニくらいの頃」
なんか厨二病みたいだな、とイジられ、私は少しムッとする。
それは心外だ。そもそも私にはそういう時期が来たことがない。
もしかしたら、同級生にかなり痛々しいやつがいて
そいつを反面教師にしていたおかげなのかもしれない。
闇の使者だとか漆黒の翼だとか、そういう類の痛々しさだ。
イジられっぱなしは癪なので、
自分は厨二病になったことがないという旨を言い返すことにした。
「へぇ、なんか意外だ。ポエムとか書いてそうなのに」
「書いてない。そもそも文才が無いから、そういうのを書く気にならない」
「苦手なのか?それも意外だ。お前って文系っぽい雰囲気あるし」
「文系だとは思う。けど、読むのは好きでも書くのは嫌いだ」
「ま、そういうもんか」
アーベルはそう納得しながら、部屋の中をぷかぷかと浮いている。
コイツは幽霊だから、もちろん浮けるらしい。
まあ、疲れるからあまりやりたくないそうだが。
「そういえばオレ、昔ホテルに閉じ込められるって小説読んだんだよな」
「今その話するか?」
「いやいや、大丈夫だろここは。低級とか中級の霊は入れすらしないし。
ホテルに人を閉じ込めるなんて、そんなことできる霊はなかなかいねぇよ」
確かにそれはそうだ。
こんな場所で霊に遭遇なんて、たまったもんじゃない。
一般の客もいる以上、あまり派手に戦闘は 出来ないというのもある。
だがそんな私達の思考を嘲笑うかのように、それは現れた。
部屋のど真ん中に、唐突に。
「…!?」
「お兄さん、遊びましょう」
そう言って、その少女の霊は悪戯っぽく笑みを浮かべる。
流暢に言葉を話し、見た目も人間そのもの。
少女の霊は、私達が唖然としている間に、現れた時と同じように唐突に消えた。
時計を見ると、時間は午前二時を回っ ていた。
所謂、草木も眠る丑三つ時というヤツだ。
この時間帯は一番霊が出やすいことは有名だが、
ここで霊が出るなんてイレギュラー中のイレギュラーだ。
低級、中級の霊はまず入ることが出来ない。
上級の霊でも入ることを嫌がる。
ということは、とりあえず上級であることは確かだ。
…なんてことだ、この短期間に二体の霊と出くわすことになるとは。
アーベルの方を見ると、明らかに落ち着きなくメガネの位置を整えている。
「おいアーベル、どうしたんだ」
「いやぁ…あの子この空間を嫌がってる感じがしなかったなって… 」
「つまり?」
「ここがラブホであることが、強くなる条件である霊の可能性が高いな…」
それは、かなり厄介だということがすぐ理解出来た。
まず、条件下の解除をすることが出来ない。
流石にここをラブホテルじゃなくするなんて、そんなことは不可能だ。
なら、逃げるしかない。
真っ向から戦って勝てるわけがないのだから。
「アーベル、逃げるぞ」
「まぁ、それしかないわな…」
バッグを肩に掛け、勢いよく部屋の扉を開ける。
そのまま廊下を走り、出入り口まで急ぐ。
この際廊下を走るななど言ってはいられない。
受付の機械が並んでいる場所にたどり着いた。
だがそこに出口など見当たらなかった。
確かに、私達はここから入ってきたはずなのに。
出入り口があった場所には、私達が先程走った廊下が続いていた。
まるでベルトコンベアのように、永遠に同じ光景が続いている。
「どう?お兄さん。私が作った永久の迷宮は」
「あっ!お前!オレ達何もしてないだろ!?頼むから出してくれよ!」
「ダメ。一緒に遊びましょう?私を満足させられたら、出してあげる」
少女の霊は、寸分変わらぬ笑みを浮かべながらそう話す。
遊び、とは何だろうか。私と同じ疑問を、アーベルが少女に投げかける。
「うーん、そうね。かくれんぼにしましょう!
お兄さん達は私に見つからないように逃げてね」
「なんだ、そんなことか。いいぜ」
「ただし、それじゃつまらないでしょう?
私はお兄さん達を見つけたら殺すから、頑張って隠れてね。
五分隠れ切ったら、お兄さん達の勝ちよ」
「は、はぁ!?」
“百数え終わるまでに隠れてね”
無機質な機械音声が、どこからともなく聞こえてくる。
カウントダウンが聞こえ始め、私は内心冷や汗が止まらなかった。
逃げることも出来ない。戦ったらほぼ確実に負ける。
見つかったら、殺される。
B級ホラー映画にありがちな設定も、いざ自分がとなれば怖くなるものだ。
隠れるといっても、どこに?
ここに隠れるような場所があるとは思えない。
少なくとも、客が使う部屋の中には。
逆に言えばそこ以外に隠れられる場所を見つけられれば、見つからないと思う。
「どっ、どどど!どこに隠れる!?」
「うるさいアーベル、声量落とせ」
うるさいとは言ったが、そうなる気持ちは痛いほど分かる。
私だって今すぐにでも叫び出したい。今すぐにでも逃げたい。
こんな非日常を塗り固めたような空間で、死のかくれんぼを強制されている。
どんなやつでも、こんな場所にずっといたら気が狂ってしまう。
隠れる場所、そんなものがどこにあるんだ。
部屋以外に隠れられる場所なんて、ぱっと見ただけだが見当たらない。
どこに隠れれば見つからない?そう、自分に自問する。
裏を掻いて、少女の霊の近くに隠れるか。
出来るだけ遠くに隠れるか。
そう考えていた私に、ひとつの案が思い浮かんだ。
「…思いついた」
「え?」
私は少女の霊に聞こえないように、作戦を話す。
要は、見つからないような場所ではなく
五分の間に巡回することが出来ない場所に隠れればいい。
少女は、かくれんぼを遊びだと言った。
もし仮に少女が何かかくれんぼに絶対勝てるような能力を持っていたら、
かくれんぼを遊びとは言わなかったはずだ。
…という、ただの推測だが。
そしてアーベルは囮の役だ。
私が見つかりそうになったら、少女を私の対角線上の出来るだけ遠い場所に誘導する。
ここではなぜか、アーベルは私に憑いていなくても動き回れる。
「また、雑だなオレの扱いが」
「いいだろ、お前を一応は信頼しているってことだ」
私は、そう言ってから急いで部屋の廊下を走る。
走って、走って、気が付いた。
そうだ、このラブホは今やベルトコンベア。
走り続ければ、少女がいる場所へ戻ってしまう。
その中で少女から一番遠い場所に隠れるなど、至難の技だ。
一番遠い場所…エントランスから一番遠い場所はどこだ?
考えても考えても答えは出ない。
何回考えてみても、やはり“ループする”という要素が邪魔で答えが出てこない。
もたもたしている私に、アーベルが言う。
「何やってんだ」
「いや…エントランスから一番遠い部屋って、どこなんだろうと思って」
「あ、ここだと思うぞ」
そう、アーベルが指を指す。
…説得力はあまりない。なぜならこいつは馬鹿だからだ。
だが、今は騙されたと思って従うのが最適解だろう。
ここで迷っているより、さっさと決めてしまう方が良い。
私が入った部屋の、右側の部屋にアーベルが入る。
アーベルはベッドがある部屋の左上の隅に待機する。
少女の霊に見つかりそうになったら、シャワールームにいる私が壁を叩く。
シャワールームは部屋の一番右端にあるため、
右の部屋の左上の隅にいるアーベルは、壁を叩く音がよく聞こえる。
これでこいつに囮になってもらうという作戦だ。
まあ、上手くいくかどうかはやってみないと分からない。
無機質な機械音声が、百を数え終わったことを告げる。
本番はここからだ。
今重要なのは、過程ではなく結果だ。
過程が上手くいっていても、結果死んでしまえば意味がない。
…それにしても、静かだ。
静かなラブホテルの一室で、自分の呼吸音だけが聞こえた。
シャワールームにいることも相まって、反響する呼吸音は
自分のものとはいえ少し不気味だ。
まだ少女の霊がやって来る気配は無い。
時間だけが過ぎていく。
体内時計は全く機能しない。今どれくらい時間が経ったのかも分からない。
一人きりになった瞬間、私は私の弱さを実感する。
前世では、そんなもの実感する余裕もなかったが。
実際、今の私は弱い。
この身体は、前世の私に瓜二つだ。
だが、兵士として鍛えた身体じゃない。
ただの、その辺にいる高校生。
精神的にも、多分弱くなった。
この時代で命の危険なんて、そうそう感じないからだ。
…まあ、最近は命の危険を感じる出来事ばかりだが。
アーベルは、きっとこの時代でも強かったと思う。
きっと、殺される時も道連れにする勢いで反撃してそうだ。
でも、意外と弱かったりするのかもしれない。
そう考えながら、あいつのシャツの袖口から覗く
白くて細い手首を思い出す。
掴んで力入れたら、ぽきっと折れたりして。
そんなくだらないことを考えていると、廊下から足音が聞こえてくる。
コツコツと、一定のリズムでこちらに近付いてくる足音に
私は血の気が引いた。まさか、もう来たのか?
いや、そもそも思っていたより時間が経っていたのかもしれない。
ああもう、考えている時間が無駄だ。
私は急いで壁を叩いた。
この壁の向こうで、あいつはどんな顔をしているのだろうか。
オレは、モブリットの顔を思い浮かべた。
あいつはこの時代によく馴染んでいるように見えた。
それと同時に、弱くなったと思った。
そもそも、あいつに強さを求めるのはお門違いかもしれないが。
元々あいつは、そういう奴じゃないから。
何にも関心がない、冷めたやつ。
訓練兵時代、モブリットへの第一印象はこれだ。
座学と技巧の成績は優秀だが、立体機動訓練や対巨人戦闘訓練、対人格闘訓練など
身体を使う訓練の成績はからっきし。
別に、筋肉がついていないってワケではなかったと思う。
ただ単に力の使い方が下手くそだっただけだ。
あと、あいつはものすごく卑怯だった。
対人格闘訓練では、ばかすか向こう脛を蹴られた。
対巨人戦闘訓練では、オレが見つけた模型を横取りした。
立体機動訓練では、くるくる飛んで“私やってますよ”風に装ってた。
まあ、そういうちょっと捻くれたとこも好きだった。
調査兵になって、ハンジ分隊長のお守りするようになってからは
あんな捻くれた感じは無くなって、すっかり丸くなったなと思った記憶がある。
どんなモブリットも好きだ。
…と、あいつは基本的に冷たくて毒舌で捻くれててむかつく奴だった。
ぶっちゃけ今もそうではある。
目上の相手や、逆に後輩だとなりを顰めるようだが、
オレに対しては抜群のキレがある言葉の数々。
おっとりした顔と雰囲気とは裏腹に
あいつは小型犬みたいなやつだ、気に入らない奴にはすぐ噛み付く。
噛み付く相手を選ぶところが、たちが悪い。
きっと、あいつはこの壁の向こうで
自分は弱いなどと考えているのだろう。
全くもってその通りだ、あいつはさらに頼りなくなった。
オレが守らないと…
だが、オレもさらに頼りなくなった。
具体的に言うなら、身体。
細くて白くて弱っちい。生前のオレはどんな生活をしていたのだか、
そう問いただしたいものだ。
…そうだ、オレは生前どんな生活をしていたんだ?
オレを殺した奴もそうだが、オレ自身のこともあまり思い出すことが出来ない。
思い出すことといえば、調査兵団にいた前世のことばかり。
今世のことは何ひとつ思い出せないのだ。
まあ、それを思い出すために頑張らなくてはならないのだが。
そう考えていると、壁を叩く音が聞こえた。
この音が聞こえたということは、モブリットが見つかりそうということ。
そういう時のための囮がオレだ。
すぐさま、オレは部屋の外に飛び出した。
「おーーーーい!!オレはここにいるぞおおおおお!!」
「…!あらお兄さんどうしたの?潔いわね!」
少女はさぞかし面白いといった様子で、腹を抱えて笑っている。
さあ、殺りましょうか。呟いた少女が一気に距離を詰めてくる。
「うっ…!?」
「あはは!いい顔!」
少女が手に持っているナイフが、オレの頬を掠めた。
幽霊のオレには効かない、そう思っていたが…
ナイフで切られた箇所が、明らかに薄くなっている。
おかしい、前はこんなこと無かったはずだ。
あのナイフが特殊なのか。
「これは私の霊気を込めたナイフ。これで霊に傷をつけることが出来るの。
霊が霊に干渉することが出来るのは当然でしょう?」
オレの思考を読んだかのように、少女はそう答える。
彼女の猛攻は続いた。オレでは避けるので精一杯だ。
「はぁっ…おい!今何分経った!?」
「あはは、四分!あと一分遊べるわね!!」
甲高い笑い声が鼓膜を逆撫でする。
あと一分、もう少しで終わる。
待っていてくれモブリット、あと一分だけ…!
「あなたは私に勝てない!!」
「そんなコト知ってんだよ!!!」
ああ、知ってる。だから、勝てなくたっていい。
そもそも一分間凌げばいい話なのだから、こいつに勝つ必要はないんだ。
“あと二十秒です”
無機質な機械音声が、誰もいないホテル内に響き渡る。
「私は…!もう二度と負けちゃいけないの!もう負けたらダメなの!
だから……!!だからずっと勝ってきたの!!」
それを皮切りに、さらに少女の攻撃は激しくなる。
これは凌ぎ切れるか、非常に怪しい。
まあ、少しくらい薄くなっても…
「なんで、負けたら駄目なんだ」
後ろから、モブリットの声が聞こえた。
あの馬鹿!出てきたら死ぬってのに!
あいつはオレに散々馬鹿と言うが、いざとなった時はあいつの方が馬鹿だ。
そう思ったが、どうやらモブリットの行動は正解だったらしい。
あれだけ続いた攻撃ははたと止み、少女は朧げな瞳で涙を流す。
「なんで、負けたら駄目なんだ」
部屋の外から聞こえた、少女の霊の声。
決して負けてはならないと、喉を枯らしながら叫ぶ少女の声。
これは、その声に対する単純な疑問だった。
確かに命がかかっている場面で負けてはならないのは当然だが。
このかくれんぼは、少女が私達の命を奪うことは想定されていても
私達が少女の命を奪うことは想定されていない。
そもそも、死人を殺すなんて不可能だ。
死人は、もう既に死んでいるから死人なのだし。
「だって…負けたら罰されるのよ。みんなが笑って私を罰するの。
“罰げえむ”だなんて、可愛らしいものの皮を被っているけれど、
あれはそんなものじゃない。だって、私はそれで死んだんだから」
「嫌じゃなかったら、罰ゲームの内容を聞いてもいいかな」
「…いいわ、教える。お兄さんには。」
私には、むつかしいことが分かりません。
だってまだ大人じゃないのだから、稚拙なままでいいのです。
それが子供の特権だと、私は知っています。
稚拙な私は、間違いを犯しました。
彼女たちと友達になったこと。
友達は、みんなが作っていたから作りました。
作りたいから作ったわけではありません。
友達の家でカードゲームをしていました。
私にむつかしいことは分からないので、難解なそのゲームに負けました。
「あなたの負けね」
「負けたから“罰げえむ”ね」
その言葉の意味がよく分かりませんでした。
でも、“罰げえむ”という単語の響きは、よく耳に馴染みました。
けどきっとそれは良くないこと。
私は、町であるおじさまを誘惑しました。
それが罰です。
そして、稚拙な私が犯した罪です。
ホテルに連れていかれました。
おじさまは私の髪を、何度も何度も撫でました。
「綺麗だね」
その言葉に、嘘偽りがないと知っている。
ですが、私はその言葉を跳ね除けました。
きっとそれにお怒りになってしまった。
私は殺されました。
馬鹿な少女に誘惑された、哀れなひとりのおじさまに。
きっと、むつかしいことなんて分からなくてよかった。
知ってしまったら、もう二度と戻れない。
私は知ってしまいました。そして、戻れなくなった。
稚拙なままでよかった。
それから私は、また間違いを犯しました。
もう稚拙なままではいられないから。
あんなことをされて、子供のままではいられないから。
永遠に続く私の罪と罰のような迷宮。
そんな迷宮で、私は幾度となくかくれんぼをしました。
…ずっと見つける側でしたけれど、もしかしたら。
私は隠れたかったのかもしれません…今となってはもう解りませんが。
遊びは好きです。楽しいのが好きだから。
負けるのは嫌いです。また罰されるから。
「私は、また罰されてしまう」
「罰さないよ」
「でも、私は負けました」
少女はそう静かに言う。
子供というのは残酷だと、つくづく思う。
特に女児はそうだろう。無理作りに覚えた知識の数々。
知識は、時に身を守る盾になると同時に
誰かを傷つける矛になり得る。
同級生の少女に、大人の男性を誘惑することを強制させ、
少女がホテルに連れ込まれたことを知っていて、わざと黙っていた。
…ニュースで見た内容だ。
「もし罰されるとしても、ただ黙って罰されるのは癪だろう。
そういう時は、足掻けるだけ足掻けばいいんだよ」
「…ああ、私にそれが出来ていれば、もう少し楽だったのかな」
少女は満足したような顔で、どこかに消えていった。
成仏したのか、はたまた見えなくなっただけなのかは分からない。
迷宮化していたホテルも元の構造に戻っており、難なく外に出ることが出来た。
「だからラブホにこそ受付の人間が必要なんだよな。
ああいう事件が起きないように」
「そうだな。まあ、この国は事後処理のスペシャリストだから」
「起きてからじゃ遅いんだよ!…って、何回も言ってんだけどね」
まったくその通りだ。
しかし、私は深刻な睡魔に襲われている最中で
その後の話は全く聞いていなかった。
とりあえず、別のラブホで寝直すことにした。
アーベルが何か騒いでいたが、もう私には関係ない。
:
:
:
:
:
:
:
:
:
:
:
家出三日目。二日目は全てを睡眠に費やしてしまった。
隣でげっそりした顔で飛んでいるアーベルが、ぶつぶつと文句を垂れる。
「ひどいぜモブリット、あんなの苦行の放置じゃないか」
「お前と違って私には十分な睡眠時間が必要なんだよ。育ち盛りだからな」
「ラブホ宿泊反対!オレにも安寧の時を過ごさせろ!」
そんな話をしながら、歩いているのは海沿いにある道。
ここをずっと行った先にもラブホがあるため、そこ狙いだ。
当然だが、アーベルの意見は受け付けていない。
「あ、こんなとこにも廃ビルあんだな…って、多くね!?」
「ああ、多いな…何かあったんだろうか」
アーベルが指差した先には、六棟ほどの廃ビル地帯。
ここら辺は人通りも少ないし、人がみんな出ていってしまったか…
それか、何か事件でも起きたか。
何か怪しい。そう思って、原因を考えている私の隣で
アーベルが頭を手でさすっている。
「どうした?」
「イヤ…なんか頭痛が痛い…」
「頭痛は痛いだろ。不運な不幸みたいに言うな」
「まずい…なんか本当に痛いわ…」
幽霊のくせに、頭が痛いらしい。
確かに顔色が悪い…いや、それは元からかもしれない。
だがまあ、本当に頭が痛いようだ。
原因は分からない。
幽霊の頭痛なんて、治す方法も分からない。
兎にも角にも、原因の心当たりを聞いてみる。
「うーん、廃ビル地帯に近付いたあたりかな」
「じゃあ、頭痛の原因はこの廃ビル地帯にあると?」
「あくまで予測だけどな…」
もしかしたら、こいつが生前訪れた場所とかかもしれない。
記憶が呼び起こされそう、的な頭痛だったり。
とりあえず他にやることも無いため、寄ってみることにした。
アーベルからは、おい正気か?などと言われたが。
確かにこいつが万全で無い状態で、霊が出そうな場所に行くのは危険かもしれない。
だが私は一刻も早く、こいつを殺した犯人を見つけたいわけで。
ここで行かないという選択肢は、ほぼ無い。
「行くぞ」
「マジかよモブリット!オレやだよ!」
「行くったら行く、キリキリ歩け」
まずは、どのビルを探索するかだが。
一番近いところからがいいだろう。
駐車場とも言えない杜撰な砂利場を歩きながら、廃ビルに近付く。
「あ痛たた、痛い痛い…!」
「悪いが我慢してくれ」
「仕方ねぇな…お前にも悪いと思う気持ちがあったとは」
アーベルはため息をつきながら、やれやれといった様子で首を振る。
どうやら、廃ビルに近付けば近づくほど
頭痛はひどくなるらしい。
やはり、この場所は何かしらこいつに関係があるということなのだろう。
どう関係しているのかはさっぱり分からないが。
一階はひどいあり様だった。
やはり不良共の溜まり場になっているのか、タバコの吸い殻が散乱している。
だが、少なくとも今は私達しかいないようだ。
周囲に人気が全く無いのを感じて、私はそう思った。
「人はいないみたいだけど、幽霊はいそうだな」
私の心を読んだように、アーベルが呟く。
こういうところには不良も集まりやすいが、霊も集まりやすい。
そしてそこにアーベルがいるというのなら尚更集まるだろう。
「オレ使い物にならないと思うけど、大丈夫か?」
「大丈夫だよ、私ひとりでも」
そうは言ったが、不安も残る。
火の用心のアレを思い切りぶっ叩けば、中級程度は祓える。
問題は上級だ。
こんな場所だし、上級の霊がいてもおかしくはない。
そうなった場合どうするか。
こいつが使い物にならないのでは、どうしようもないからだ。
逃げ切れるとも思えない…
そう考えていると、アーベルの肩が跳ねた。
「…いや、幽霊の気配が無くなっていってる」
「は?」
「おかしいな…そんなこと無いハズなんだけど」
「無いもなにも、あるからそうなってるんだろ」
それはそうだけど、と言いながら怪訝な表情を浮かべている。
私的には、ただ都合が良いとしか思わないが。
霊が勝手にいなくなってるなら、それが一番だ。
だがこいつがここまで警戒しているのは珍しい。
それくらい、霊が勝手に消えるのは珍しいことらしい。
まあ、よくよく考えれば霊が消えるパターンは二種類。
ひとつは生前の後悔や怨みを晴らして成仏するパターン。
もうひとつは誰かに祓われるパターン。
どっちにしろ他者の介入がなくては消えられないので、
誰かしらがここら辺で何かをしていることは確か…ということだ。
誰が何をしているのか、そこの肝心な部分が分からないが。
だが、誰かがいるにしては人の気配がない。
アーベルも、全く同じことをぼやいた。
「人がいないとおかしいのに、人がいない…不気味だな」
「幽霊のお前が言うか」
「幽霊でも、怖いもんは怖いんだよ。元は人間だし」
そう言いながら、大体周り終わった一階を後にして
次は二階に上がった。
エレベーターなど使えるはずもないので、階段で上がる。
ここの階段は高くてぼろくて、一段上がるごとに
キィキィと不愉快な音を出した。
多分、今この階段が倒壊して
自分が真っ逆様に落ちても驚かない。
私より先を行っていたアーベルが、突然動きを止めた。
「何かあったのか」
「な、なんかお札とミステリーサークルみたいな絵が書いてある」
「馬鹿、人はそれを魔法陣って言うんだよ。誰かのイタズラ書きだろうな」
「そっか…って、なんか動けないんだけど?」
アーベルが、魔法陣の上で動けなくなっている。
片足が張り付いたように動かなくなっているようだ。
引っ張ってやっても取れそうにない。
「超強力粘度のガムでも踏んだか」
「そんなガムはこの世に存在しねえよ」
「ほら、ふざけてないで行くぞ」
「ふざけてねーし、本当に動けないんだって」
そんな押し問答を繰り返していると、キィキィという音が耳に入った。
階段を登る音、誰か来たようだ。
こんな時間にここに来るなんて、不良以外考えられない。
私はそう思い、幽霊であるアーベルは放っておいて物陰に隠れた。
階段が軋む音は段々近付いてきて、ついに止んだ。
上がり終えたということだ。
だが、どんな奴が来たのか気になってしまった私は
隠れてこっそりそいつの顔を見ることにした。
「(あれは…リヴァイ兵長…?)」
間違いなく、その人物は前世で兵士長であった彼だ。
彼もまた、この現世に生まれ変わっていたらしい。
まあ、リヴァイ兵長が不良になっているのは納得がいく。
調査兵団に入る前は、地下街で有名なゴロツキだったという。
それはほぼほぼ不良と大差ない。
リヴァイ兵長に前世の記憶があるのかは分からないため、
物陰から飛び出てやあやあリヴァイ兵長、とは出来ない。
前世の記憶があるのなら、是非話したいものだが…
そう考えていると、不意に兵長が魔法陣に近付いた。
イタズラ書きに怒っているのだろうか。
「オイ、珍しいじゃねえか。こんなに上級の霊は」
「えっ、へいちょ…じゃなかった。あの、オレのこと見えてるんすか 」
「くっきりな」
「マジですか…」
どうやらイタズラ書きに怒っていたのではなく、
アーベルが見えていて、近付いただけのようだ。
だが“上級の霊”というワードを使ったのが引っかかった。
霊感があるだけの一般人というものは、そもそも低級上級などで
霊のランク付けをすることが無いからだ。
それをするのは、幽霊か幽霊を祓ったりしている人間、もしくはそれの関係者だけ…
ということは、リヴァイ兵長が霊を祓ったりするのに関係しているということ。
まさか、アーベルを祓う気だったりして。
そんなことを冗談半分で考えていたが…
「しっかりかかってるな」
「ああはい、ここから動けないもんで…って、これアンタがやったんですか?」
「ああ、オレが描いた封印陣だな」
「えっと…オレのことどうする気ですかね」
「無論、祓わせてもらうが」
そのワードを聞いた瞬間、私は勢いで物陰から飛び出してしまった。
まだこいつを殺した犯人が分かってないというのに、
全ての情報を握っているこいつが祓われてはどうしようもなくなってしまう。
「なんだお前は。ここは危ない、さっさと帰れ」
「あの…そいつ、悪いやつじゃないんです。だから、祓わないでください」
「も、モブリット…!そうなんすよ!オレ悪い霊じゃないよ!」
そう弁明してみるも、リヴァイ兵長…リヴァイさんの表情は変わらない。
敵と対峙しているような、鋭い目つきで睨んでくる。
「生きている奴を巻き込む気はない、邪魔をしないならな。
分かったらさっさと帰ってメシでも食ってろ」
「こいつが祓われたら困るんです…あいにく、昼食は先程おにぎりを食べました」
戦うつもりで言ったはいいものの、リヴァイさんに勝てる気はしない。
今はもうアッカーマンではないといえ、
この人はアッカーマンの力抜きでも、十分強いのだ。
おまけに、リヴァイさんは今世でもしっかり鍛えていそうな体型なのに比べ
私はどこにでもいる男子高生の体型。
筋肉がついていないというわけではないが、片腕だけ異常に筋肉がついている。
まあそれは、私が所属している部のせいだ。
ともかく、この人に勝てる気がしない。
逃げるのであれば、ワンチャンスくらいはあるかもしれない。
でも、アーベルが動けないのであれば逃げることは出来ない。
今まで異常に、アーベルを邪魔だと思ったことはない。
こいつが動けていれば、スムーズにことが運んだかもしれないのに。
そう若干の苛立ちを覚えながらも、私はあいつが動けるようになる方法を探る。
とりあえず、あの魔法陣…封印陣と言っていたか。
アレを擦って消せないか試してみよう。
書くことに意味があるものなんだったら、消せばいい。
安直な考えだが、多分これで動けるようになるはずだ。
他に方法も思い浮かばないわけだし。
隙を見て、封印陣を足で擦ってみた。
…が、全く消えなかった。
気持ち消えたかな?とかでもなく、効果は全く無い。
「舐められたもんだな…その程度じゃ消えないぞ」
「なら、どうやったら消せるんですか?」
「消えない、オレが効果を解くまでな。そもそも、ただ地面に書いたわけじゃない。
だから現世からは消せない」
言っている意味がよく分からなかった。
多分、すごくヒントになりそうなことを言われているのだろう。
分かりやしないと、舐められているのかもしれない。
すると、視界の端でアーベルが何かしているのが見えた。
見ると、唯一動く腕で封印陣を消していた。
「よし、動けるな」
「…!」
「何驚いてんですか、自分で言ったんでしょ。
現世から消せないのなら、オレ達霊が存在する幽界から消せばいい」
「イヤ…何故手が動かせるんだ、ということだ」
リヴァイさんが、怪訝そうな瞳でアーベルを見る。
どうやら、普通封印陣に入った場合、腕も足も手も首も動かせないらしい。
…まあ、こいつは最初から首も手も動かしていたが。
たまたまリヴァイさんが見ていないタイミングだったらしい。
もしかしたら、今世のリヴァイさんはドジなのかもしれない。
「お前…普通の霊とは何か違うな」
「何がですか?」
「分からないが…お前は、幽界に身体の片側だけ突っ込んでいる状態なのかもしれない。
一般的に、幽霊は幽界に存在するものだが…」
リヴァイさんは、そう言ってから
悩むように手を口に当てる。
霊のことについて何も知らない私には、何を言っているのか分からないが。
「とにかく、よく分からないですけど…こいつは悪い霊じゃないので」
「まったくお前は、さっきから何を言っているんだ」
「悪くない霊が、人を殺すか?」
返された言葉が、何を意味するのか。
分からない。分かりたくない。
だってこいつは、馬鹿だがそんな奴ではない…
「その霊は、”確実に“ひとりは殺しているぞ」
「そんなわけ…!!」
そう言いながら、私はアーベルの方を見る。
あいつも、わけが分からないといった表情だった。
そうだ、やはりこいつがひとを殺すはずがない。
そう、暗示をかけるように自分に言い聞かせる。
「オレは、趣味である殺人事件を調べている。
なにしろその事件に幽霊が関わっているという噂があるらしくてな」
リヴァイさんはそう言って、事件の概要を話し始めた。
ーー20XX年、沿岸沿いの廃ビル地帯で男子高生の遺体を
ジョギング中の老夫婦が発見した。
高所から落ちたらしく、地面に叩きつけられた部位が酷く損傷していた。
誰かに殺されたのだとしたら、一番近くの廃ビル屋上に
揉み合いになった形跡があるはずだが、そのような証拠は見当たらなかった。
そして、その事件は”自殺“として呆気なく幕を閉じられた。
…はずだった。
その数日後、飛び降り自殺した生徒が通っていた高校…
浄遥西工業高等学校にて、謎の変死事件が起きた。
男子トイレの個室で、ある生徒が死亡しているところを
清掃に入った用務員が発見した。
遺体は首が破裂したような様子で、ひしゃげた肉、目玉、脳などは
事件現場の壁や天井、床に張り付いていた。
発見した用務員は、恐怖で口も聞けないような状態になり、 自主退職。
通報を受けやってきた警察、救急隊員の中にも
そのような状態になり、しばらく仕事を休んだ者もいたそうだ。
それほどに、凄惨で惨たらしい事件現場。
そして被害者の遺体の首には、この世のものとは思えない力で
首を絞められた跡があったそうだ。
警察は“殺人事件”としてこの変死事件を捜査。
だが、犯人は見つからずその事件は幕を閉じた。
ただひとつ、このふたつの事件に言えること。
それは、飛び降り自殺した生徒と変死を遂げた生徒は同級生ということだ。
「それで、何が言いたいんです?」
アーベルが欠伸をしながらそう言った。
そんな不謹慎なとも思ったが、霊にはそういう感覚が無いのだろうか。
…だが、今の事件の話は少し引っかかった。
浄遥西工業高等学校、通称“西工”は私が通っている高校だ。
そして、生前はアーベルも。
廃ビル屋上から飛び降りた男子高生。
廃ビル屋上から、何者かに突き落とされたアーベル。
自殺と他殺という大きな違いがあるものの、似ている。
でも、やはり私達には関係のない話…
「一件目の飛び降り自殺をした男子高生。お前だな?」
「…は? 」
そう言いながら、リヴァイさんの視線はアーベルの方を向いている。
「似ているんだ…そいつとお前は。髪の色、背格好、制服の着こなし。
全てにおいてだ。そして、二件目の殺人事件。これの犯人もお前だ。
そう考えれば全ての辻褄が…」
「合わねーよ!オレの話も聞いてくださいよ!」
ひとりで推理を繰り広げているリヴァイさんの話を、
憤慨した様子のアーベルが遮った。
急に身に覚えのない罪を被せられたのだから、当然だろう。
「オレは殺されたんです!廃ビルから突き落とされて!」
「自分で落ちたの間違いじゃないか?」
「違います!そもそも、オレが死んだのはこの廃ビルじゃない!」
そうだ、そういえばこいつに会ったのは別の廃ビル。
もう少し西工に近い位置にある廃ビルだ。
…いや、あそこの近くで“高所から突き落とされて死亡”した
殺人事件のニュースなんて、見たことがない。
もっと早くに気付くべきだったのかもしれない。
殺人事件だったらニュースになっているはず、自殺と勘違いされたとしても
新聞の隅にくらいは載るはずだ。
「アーベル、お前が死んだのは、きっとあの廃ビルでもない」
「…何言ってるんだ、お前まで」
瞳孔を見開いて、そうアーベルが呟いた。
その声は震えている。嘘は、吐いていないのだろう。
「幽霊というのは、存外忘れっぽいからな…死んだ場所、やったこと、
忘れていたり勘違いしていてもおかしくはない」
「いや…!忘れてるっていうか勘違いしてるっていうか、
そもそもやってないし知らないんですよ!」
「だから、それが忘れているんだとオレは言っている」
そう、いたちごっこのような言い合いをしているふたりを
止めようと思った瞬間、背筋が凍るような気配がした。
振り返ると、得体の知れない正体不明の何かが
私の肩に手を置いていた。少なくとも、これがこの世のものでは
ない…霊ということだけは分かった。
アーベルに助けを求めようと思ったが、声がうまく出ない。
そうだ、確かずっと使っていなかったがあったハズだ…
私はカバンの中に、乱雑に手を突っ込んだ。
あった。手に触れたそれをすぐに掴み、取り出す。
正式名称不明の、火の用心のアレだ。
かぁーん、甲高い音が廃ビル内に響く。
…だが、正体不明の何かは消えずにそこにいた。
「な…なんで」
「っ!オイ逃げろ!そいつは音で祓えない!」
震える唇でなんとか絞り出した言葉に、
そう叫ぶリヴァイさんの声が重なった。
今まではアーベルが、これは低級やら上級やら教えてくれていた。
だから、その時その時の対応が出来ていたのだ。
だが私ひとりとなると、こんなにも無力だ。
ああ、前世でも今世でも同じだ。
私はひとりで戦える力を持てなかった。
うなじは私の腕力では削げないから、うなじを削ぐのはいつもアーベル。
私は足の腱を切って足止め。
その足止めで助かる命もあるのだろうが、私はどうしても負い目を感じていた。
そう、私より
アーベルの方が優秀だったから。
実際副隊長に相応しいのはアーベルだった。
頭も良い。私より力もあるし、明るくていつもみんなを元気付ける。
リーダー性もあった。教えるのも上手かった。
なのに何故私が副隊長になったのか。
なのに何故、あの時お前は死んだんだ。
何故、お前は今世でも死んでしまったんだ。
「まずいな、あの霊は上級。きっと能力は“負の感情の増強”」
「じゃあ、あの霊はこの廃ビルで死んだっていうことですか」
「いや、そうとは限らない。確かに霊は死因に関係する場所、物が
近くにあることで能力が強くなる。だが、あくまでそれは
能力の付与ではなく 能力の増強だ。」
そう話すリヴァイさんの言葉を聞いて、オレは驚いた。
モブリットの姉さんから聞いていた話と違ったからだ。
そのことをリヴァイさんに話すと、オレは睨みつけられた。
「お前、そんな素人の言ってることを信じていたのか。
正しい知識もあるようだが…そこに関しては全く違う。
霊はみな、死ぬ前に思っていたことがそのまま能力になる」
確かに、モブリットの姉さんはただのオカ研部員で
専門的な知識はなかっただろう。
ではリヴァイさんは何者なんですか、という質問は後でするとして。
「風呂を沸かす能力は?」
「死ぬ前に風呂に入りたいとでも思っていたんだろう」
「迷宮を作る能力は?」
「それは、自分を閉じ込めたいとでも思っていたんじゃないか」
「他人じゃなくて自分なんですね」
「まあ、大体の霊がそうだ」
そんな理屈的な部分も後で聞くとして。
今はモブリットが最優先だ。
長々と話しすぎてしまったが大丈夫だろうか。
手は出されていないようだが…
「きっと負のエネルギーを増強させて吸い取って、さらに力を増すんだろう。
今お前の連れは、食べ放題バイキングみたいなものだから手を出されない。
もったいないからな」
だが、あまり強くなられても困るからな。
リヴァイさんはそう呟くと、背負っていた筒状の鞄から
鉄バットを取り出した。
幽霊相手に鉄バットで何をする気だろうか。
そう考えていると、鉄バットを差し出された。
「オイ、これに触れ」
「え?こうですか?」
「力を入れろ」
「ふんっ!」
「助かった、ありがとう」
一体何がなんだか分からないままやらされたが…
何か意味がある行為だったのだろうか。
リヴァイさんは、そのまま一直線にモブリットと霊がいる場所へ歩き出した。
そして間合いに入るや否や、霊をバットで力一杯に叩く。
「ぎゅぇっ!?」
「オレらがずっと霊の話しをしていたから集まって来たんだろう。
だが、悪いがお前の求めるものはここにはないぞ」
霊は情けない声を出し、そのまま呆気なく祓われてしまった。
…いつの間にか眠ってしまったのだろうか。
でも、こんな雑魚寝するか?
そう思いながら、私は上体を起こした。
「じゃあ、鉄バットにオレの霊力を込めさせたってことですね 」
「ああそうだ、それで霊にも干渉できるからな」
「そういえばあの子も言ってたもんな…」
そう、リヴァイさんとアーベルが何か話し込んでいるのが聞こえた。
だが話の全貌はよく掴めない。
当然だ、話の始まりを知らないのだから。
「…起きたか」
「はい。ええと…何があったんですか?」
「端的に言うなら、お前は強力な霊に憑かれていた。
まあ、詳しくはこいつから聞けばいい」
リヴァイさんは、そう言ってアーベルを指差す。
そういえば、殺した殺してないでふたりは言い争いをしていた気がするが
その件についてはカタがついたのだろうか。
「あの、結局あの事件のことは…」
「ああ…お前らに頼みたいことができた」
浄遥西工業高等学校の、封鎖された東棟へ行ってほしい…
頼まれた内容はこうだった。
「三階には男子トイレがひとつしかない。そこの一番奥の個室が、
男子生徒の変死体が見つかった場所だ。そこへ行って会ってこい。
…もしお前が犯人なら、怒り狂った霊に連れが殺されるかもしれないが」
「は!?ふざけないでくださいよ…!モブリットに危険が及ぶなら、
オレは行きませんけど!」
霊を呼び寄せておいて何を今更、とリヴァイさんが鼻で笑った。
いや、もしかしたら鼻から短く息を出しただけかもしれない。
…こいつが本当に人を殺していたら、私はその男子生徒の霊に殺される。
だが、殺していなければ私は死なないだろう。
リヴァイさんがああいう言い方をするということは、そういうことだ。
それに、ただの勘だが…その事件とアーベルが死んだことは
何か関係がある気がする。
一刻も早く、アーベルが死んだ理由を知りたい。
アーベルはなぜ、あの廃ビルが自分の死亡地点だと思い込んだのか。
本当にアーベルは人を殺したのか。
「…アーベル、私は行くよ」
「な、なんで…」
「分からないことを分からないままにしておくなんて、私には出来ない」
「…決まりだな」
リヴァイさんはそう小さく言葉を発してから、廃ビル地帯をすぐに去ってしまった。
嵐のようなひとだな…そう思っていると、アーベルが何か思い出したように
私の肩を掴んで揺さぶる。
「あーっ!!まずいぞ!お前、早速明日に行こうなんて思うなよ!
明日は学校で肝試しやるとかなんとか、前聞いたぞ!」
「肝試し…?ああ、東棟の…」
予定がもろに被っている。
私は、明日にでも行きたかったのだが。
明日を逃せば、連休に入ってしまうからだ。
自然に東棟に行くには、まず朝から普通に登校して、
部活を終えてそのまま東棟に忍び込む。
でないと私は不法侵入の罪を着せられてしまう。
まあ、封鎖された場所に行く時点で不法侵入なのだが。
「無理だ。絶対に明日行く」
「なんっでだよ!他の生徒巻き込んじまったらどうする!」
「肝試しは十二時から始まるんだろ。その前に用事を済ませる」
我ながら無理矢理な計画だが、いい加減私もこの一連の騒動にカタをつけたい。
これで、全部終わるかもしれない。
もしかしたらこいつも成仏して、今世でももう二度と会えなくなるかもしれない。
実際、そうなる方が自然だろう。
生者と死者、元から相容れぬ存在なのだから。
「はは…お前、ハンジさんの元について少しは丸くなったと思いきや。
生まれ変わったらまた後戻りだよな…」
「…何の話だ」
「いや、なんでもないよ。オレは、またお前とこうやって話せて嬉しいよ」
そう控えめにはにかんだアーベルの顔は、触れたら
壊れてしまいそうなほど繊細で。
いや、きっと壊れてしまうのかもしれない。
このまま、この事件に踏み込んでいったら。
【後編へ続く】