テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
『雨の日の乗客』
夜勤のタクシーは、静かな時間が長い。
その日もそうだった。
街を走っていると、道路脇で手を挙げる人影が見えた。
🍵「どうぞ」
ドアを開ける。
乗り込んできたのは、二十代くらいの青年だった。
レインコートを着ている。
しかも、びしょ濡れだった。
今日の天気は雨だったかな‥?
🦈「……こんばんは」
🍵「こんばんは。目的地は?」
少し考えてから住所を告げた。
声に力がない。
疲れ切っているように見えた。
🍵「お疲れですか?」
バックミラー越しに尋ねると、こさめは小さく笑った。
🦈「ちょっとだけ」
その笑顔はどこか弱々しい。
🦈「すみません」
🍵「はい?」
🦈「目的地まで、少し寝てもいいですか」
🍵「もちろん」
🦈「安眠したいんです」
🍵「分かりました」
安心したように頷くと、こさめはシートにもたれた。
数分もしないうちに寝息が聞こえてくる。
ずいぶん疲れていたのだろう。
すちはなるべく静かに車を走らせた。
信号。
交差点。
街灯。
窓の外の景色だけが流れていく。
バックミラーを見る。
こさめは穏やかな顔で眠っていた。
まるで何かから解放されたような。
そんな顔だった。
目的地に着く。
🍵「お客さん」
返事がない。
🍵「着きましたよ」
もう一度声を掛ける。
すると。
🦈「……ありがとう」
目を閉じたまま、こさめが呟いた。
すちは少し首を傾げる。
🍵「起きてます?」
返事はない。
だが次の瞬間。
後部座席には誰もいなかった。
🍵「……は?」
思わず振り返る。
確かにいたはずだ。
ドアが開いた音も聞いていない。
降りる姿も見ていない。
なのに。
誰もいない。
🍵「なんだ……?」
背筋が冷える。
だが、それ以上に気になるものがあった。
後部座席。
そこだけが、赤黒く濡れていた。
🍵「……」
言葉が出ない。
レインコートの雨水だと思っていたもの。
それが本当に雨だったのか。
分からなくなる。
その後。
警察への連絡や事情説明で夜が明けた。
後日。
すちはニュースを見つけた。
数日前。
大雨の夜。
交差点で事故があったらしい。
被害者の写真を見て、手が止まる。
そこにいたのは。
あの日の乗客だった。
記事によれば、事故が起きたのは大雨の夜。
急いでいたらしい。
そして、そのまま帰らぬ人となった。
🍵「……」
ニュース画面を見つめる。
日付を確認する。
間違いない。
あの日。
自分のタクシーに乗った日の前だった。
静かな車内。
ふと。
あの言葉を思い出す。
🦈『目的地まで、少し寝てもいいですか』
🦈『安眠したいんです』
それから何年経っても。
雨の日になると。
すちは後部座席をバックミラーで確認してしまう。
誰もいない。
当然だ。
なのに。
ごく稀に。
本当にごく稀に。
雨の夜だけ。
バックミラーの隅に、眠そうに窓へ寄りかかるレインコート姿が映る気がする
曲のMV出た瞬間思ったよ
緑水だぁぁぁぁぁぁぁって
てことでオリ曲とは少し変えてます
(物語の都合上)
#ご本人様とは一切関係ありません
コメント
3件
そうなんすよ!!!! 緑水だったんですよ!!!!!
うわあ、これ……読後感がじわじわ来ますね。雨の夜、疲れた青年が「安眠したい」って言ってタクシーに乗る。その一言が、事故で帰らぬ人になった彼の最後の願いだったんだなって思うと胸が詰まります。後部座席が赤黒く濡れてた描写と、今も雨の夜にバックミラーに映る気がするっていうラストが、静かで哀しくて、でもどこか優しい。藍翠さん、この空気感、本当に巧いです。