それから染谷さんは学校に来なくなった。もう三週間もあっていない。
「なあ樹。そろそろやばいだろ。謝ったんじゃなかったのか。」
「凌哉ぁ。俺何したんだろ。」
「知らねえよ。何したんだよ。」
染谷さんの席に染谷さんが座ってないと変な感じがする。
帰り道、染谷さんと化け物退治をしていないと暇だったので俺はなんとなく図書館に寄った。気がつくと俺は吸血鬼に関する本がないか探していた。いつからだろうか、こんなに自分の生活の中に染谷さんとの共通点を見出そうとし始めたのは。どれもオカルトじみた胡散臭いものばかりだったが思っていたよりも吸血鬼の本はあった。そのうちの一冊を手にとって目を通す。俺はある一つのページに目がついてハッとする。ページを戻って今度はじっくりとそのページを読み返す。『吸血鬼はある一定の人物のみから血液を吸う約束をすると、自分からはそれを破ることができない。これはその一定の人物なしでは生きられなくなることを意味する。よってこの約束は人間でいう結婚に等しい。』内臓が罪悪感で捻り潰されそうだ。貸出記録を確認する。染谷千秋。一番下の欄にそう記入されている。急いで本を棚に戻すと俺はもう走っていた。目的地もなく、ただただ染谷さんを探すために走った。一刻も早く約束を取り消さなくてはいけない。本当に俺は染谷さんのことを何も知らないとこんなときに思い知る。住所も連絡先も、あんな大切なことだって知らなかった。いや、知ろうとしなかったのかもしれない。
結局日が暮れても染谷さんが見つからない。途方に暮れて俺はコンビニに立ち寄る。そう言えば染谷さんのことを好きになった日も同じ位の時間に同じコンビニにきていたっけ。わらにもすがる思いでいつもの公園に足を運ぶ。まだ冷たい雪解けの風が吹く。黒曜石のような瞳。春の妖精。
「三吉くん。」
「…。染谷さん。」
立ち上がって逃げようとする染谷さんの手首を咄嗟に掴む。
「待って染谷さん!お願い。話そう?」
ゆっくりとベンチに座る染谷さんはまだ俺と目を合わせてくれない。
「染谷さん、なんでもうやめようなんて言ったの?知ってたんでしょ、俺以外からもう吸えないこと。」
「…知ってたよ。知ってたけど…。知ってたけど三吉くんがつらそうで、私のせいなんだって思ったら嫌になったの。」
「俺は大丈夫だよ。」
「そんな事わかんないじゃん!そんな事言って三吉くんが死んじゃったら私。。。一生乗り越えられないよ。」
「じゃあ何で俺とあんな約束したんだよ。あんな約束が染谷さんを縛り付けてるって知ってたら俺あんな事言わなかった。」
「だって、あのときは嬉しかったの。三吉くんが意味分かってなかったとしても嬉しく思わずにはいられなかったんだよ。初めての友達だと思える人なの、三吉くんは。」
いつもはあんなに強い染谷さんが初めて涙を見せている。
「吸血鬼じゃなくて普通の女の子に生まれたかった。」
「俺は吸血鬼としての染谷さんも学校での普通な染谷さんもどっちも好きだ!だからそんなふうに言わないでよ。ちゃんと死なないように体力つけるから。」
目を見開いて染谷さんがこっちを初めて見る。ぽろりと頬をつたった染谷さんの涙を俺は拭き取る。
「好きです染谷さん。」
しゃっくりをしながら涙を拭く染谷さん。
「わ、私も三吉くんが好きです。」
夜の街灯の下で俺は染谷さんにキスをする。血を吸われる以外で彼女の柔らかい唇に触れるのは初めてでとても新鮮な気分だ。
「染谷さん、俺ちゃんとおとなになったら迎えに行くから。責任取って結婚するから。」
「待ってるね。」
やり返すかのように俺の首すじに飛びついた染谷さんは今度は優しく堪能するかのように血を吸っていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!