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電気消して、といつも涼ちゃんが言うから、ほんの少しの灯りの中でしか様子はわからない。真っ暗な中での行為はなんだか不安で、どうにかこうにか許しをもらったのは、部屋の隅にあるスタンドライトの淡い灯りのみ。
その光が僅かばかり届く程度の闇の中で、俺は涼ちゃんを抱いている。
泣いているか、泣いていないか。
気持ちよさそうかそうでないか。
わかるのは、本当に僅かなこと。
ただ、この体に感じる熱は本物で、脳を駄目にしそうな快楽も、紛れもない本物。
手に触れる体温も、汗ばんでしっとりとした肌の質感も、熱を包むねっとりとした内側の感触も。
突き上げることで擦れる熱の温度も、漏れる声も、確かなもの。
「ふっ、ん、っう、ぅっ、」
途切れ途切れの言葉の端は、鼻にかかって、上擦っている。
その声も、聞き間違う筈はない、いつもほわほわした笑顔で笑っている彼のもの。
涼ちゃんのナカの奥のいいところを突くたびに、押し出すように漏れる声。俺が今確かに涼ちゃんを抱いているんだ、という証明にもなって、何とも言えない気持ちになる。
「りょう、ちゃん…っ」
小さく名前を呼ぶ。
思ったよりも欲しがっている色が滲んでいて、羞恥を感じた。
それを払拭するように何度も体を揺すり、受け入れる器官ではない腸壁を硬い熱欲で押し拡げて擦り上げる。
鋭く突く度に体がびく、と戦慄くから、言葉にはしてくれなくてもいいところはよくわかる。
ぎしり、とベッドが微かに軋む音。
慣らすために擦り込んだ潤滑油が、抽挿によってにちゃにちゃと鳴る粘ついた音。
互いの肌がぶつかる乾いた音。
手の甲で塞がれて喘ぎにも満たない嗚咽のように啼いている声。
少しずつ切迫していくお互いの呼吸音。
僅かな音ばかりで、部屋を満たすには十分とは言えない。
なのに、何とも言い難く仄暗くて湿っぽい、肌に纏わりつくような、体の奥からぞくぞくさせられるような淫猥な熱と匂いで、この空間は満ちている。
とん、とん、とした緩いリズムを不規則に激しくすれば、鼻にかかる声が細く上がる。
「ぃっ!う、んぅーっ」
喉が反って、耐えるように涼ちゃんの腕の筋が浮いた。
口元を覆うその手を剥がしてしまいたい。
けれど、それが許されるのは最後の一瞬だけ。
今までに何度も、行為の最中に思いきり激しくして思う存分に喘ぎを聞かせてほしいと試みたことがあるけれど、それは強い拒否によって叶ったことはない。
どれだけ激しく抱いても、律動を強いものにしても、涼ちゃんの唇が解放されることはなくて。
実力行使だと口元を覆う手を引き離そうとすれば、快楽で緩んだ眸が、強い色を灯してこっちを見た。
僅かな灯りの中でしか見えないのに、はっきりとした強い色で。
睨む、とは違う。牽制するような、懇願するような、そんな。
本能が警告する。
強行すれば、きっともう涼ちゃんと体を重ねる夜は訪れることはない。二度と。
普段は表情とか考え方とか緩々なのに、なんでこの時だけそんな頑ななの、と歯痒くなる。
本当は、無理矢理にでも唇を覆う手を捕まえて引きはがして、ベッドに押さえつけて、接吻けて、唇を綻ばせて、その体を思う存分突き動かしてあられもない嬌声をあげさせたい。
俺の名前呼んで、どこが気持ちいいのか教えてほしいし、もっと気持ち良くしたい。
けれど。
やっと、手に入れたのに、嫌われたくない。
体を許してくれるだけで、充分なんだ、って。そう思うほかない。
情けなくてもいいんだよ、必死すぎてダサいって思われてもいい。
どうしても涼ちゃんが欲しかったから。
果たして、この状態が『手に入れている』と言えるかどうかは疑問だけれど。
「ふっ、ぐ、うっ」
逃げるように引く腰を掴まえて、自分の腰をぐっと押し付けて凶悪とも言える熱で奥を抉るように打ち、叩きつける。
びくん、と大きく体が跳ねあがり少し高く声が漏れた。
隙間がないほどぴたりと下腹部を添わせたまま動きを止める。
眼下、薄っすらとした灯りに浮かび上がる体は汗ばんでいて、腹筋の辺りが痙攣していた。
硬く尖った胸の頂を指で弾くと、押さえた声を漏らしていやいやと横に振られる首。汗を含んで湿った髪がぱさぱさとシーツを叩く。
脇腹、臍と指を辿らせて、腹筋を撫で、俺のと同じく硬くなって震えているその熱に触れる。
「ん…っ」
陰嚢を爪で引っ搔いて、輪っかにした指で根元から緩く摺り上げると、息を詰まらせる気配。
切なそうに、ふるりと震え、とろっとした粘液が先端から零れている。
「ねえ、もうイく?」
首を傾げて訊ねれば、ずっと行為の最中横を向いていた眸が俺の方を向く。
ほとんど、声も出さない。
極力、俺の方を見ない。
でも、俺のことは嫌いじゃないって言う。
好きとも言ってはくれないけど。
好きだよ、って言っても、ありがと。と笑うだけで、抱いていい?って言えば、いいよ。としか言わない。
何を考えているのか正直わからないけど、それをすべて暴いて明かすには勇気が必要。
今の俺は、そんな勇気を持ち合わせていない。
薄暗い灯りの中で、水分を存分に溜めた眸が俺を見て、ひとつ瞬きをする。
ぽろ、と涙が一筋零れて、元貴じゃないのに、その一瞬の場面だけを切り取って曲が作れそうだ、と思ってしまった。
口元を押えた手が外れ、はぁっと大きく音を鳴らして呼吸する。
「…うん」
ずっとひた隠されていた唇が露になる。
唾液で濡れ、喘ぎを殺し続けた唇が、俺の問いに答えた。
涼ちゃんの両手がこちらに広げて伸ばされ、
「ひろと」
快楽で震える声が名前を呼んで、おいで、と音にならない言葉が続く。
普段感じさせない大人な部分を、存分に醸し出して。
堪らなくなる、この瞬間。
同じ気持ちでいてくれるのかも、と思ってしまうようなこの瞬間が、とんでもなく好きで嫌いだ。
「…涼ちゃん…っ」
その腕の中に倒れ込んで、片手で背中を掻き抱いて、もう片手で彼の熱を激しく擦り上げる。
止めていた腰を一度ぐるりと回して肉を拡げ、律動を再開して、短いストロークで硬い熱を何度も奥に突き立てた。
「あぅッ、っあ!や、ひろ…ッ」
覆うもののない唇から、俺の名前交じりの嬌声が迸る。
抱き締められて首筋に噛みつく。
もっと、と言わんばかりに涼ちゃんの腕が俺の頭を抱える。
密着した体がお互いに汗ばんでいて、突いては引いて抽挿を繰り返して腫れた結合部は糸を引くくらいにぐちゃぐちゃだ。
涼ちゃんが両脚を更に広げ、もっと奥への侵入を許すように腰を突き出してくる。
遠慮なく、うねって蠕動する肉壁を擦って内臓に近い奥を強く穿つ。
「あっ、ぁ…っ、だ、め…っ」
体を拓いてこちらの動きに合わせて腰を揺らすくせに、ちぐはぐな言葉を吐き出す、奔放な唇が憎らしい。
絶頂を迎える間際だけに解放される唇。
涼ちゃんを抱いていられる時間は限られていて。
早く終わらせたくなくて、いつもゆっくりでしか行為を進めない俺を、嘲笑うようでいながら。
確かな快楽を感じ取って蕩けた眸が融点を超えた飴玉みたいになっている。
好きと言ってはくれないのに、抱かせてくれて。
声を聞かせてくれないのに、最後は愛しいものを抱えるように伸ばされる両手。
おいで、と受け入れるような優しい言葉で、取り付く島もない眸をして。
涼ちゃんが、好きだよ。
でも、好きが伝わっている様子がなくて不安で、伝わっていたとしても受け入れてもらえるような雰囲気もなくて。
俺はどうしていいのかわからない。
とても優しく温かい人なのに、凍てつくように冷たい。
だから、ただ、今目の前にある、その体を、繋ぎとめるように抱き締める。
快楽に溺れ切ったような、何とも言えない恍惚の表情がそこには確かにあるから。
「ひろ、ひろ…っも、ぅっ、出、ちゃう…っ」
引き攣った声が上がって、この瞬間しか口にされない名前を呼ばれる。
髪をぐしゃと握る指先がぶるぶると病気のように震える。
掌で擦り上げた性器が脈打って、膨張する。
振動の激しさに抗議するように軋むベッドに構わず、鋭く強く、奥を突く。
涼ちゃんのナカを好き放題に荒らした俺の熱も、心臓のようにどくどくと脈打って、硬く膨れるのを感じた。
「…っ」
「ア…ッ!あ、ぁ、ん…ッ」
互いに息を詰めて、涼ちゃんの声が一際高く上がり、同時に熱を解放させたのだった。
涼ちゃんの上に倒れ込んで体を抱き竦める。応えるように、涼ちゃんの鼻先が首筋に近い髪束に埋められた。
まるで深く愛し合ったかのような、そんな。
しばらく粗ぶった短い呼吸だけが部屋を満たして、それが徐々に落ち着いてくると
「…若井、もう」
とものすごく申し訳なさそうに涼ちゃんが言葉を零す。
抜いて、と聞こえるか聞こえないかの声音。
恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら言うのに、行動は、ピロートークさえ許さない空気がある。
わかった、と欲を解放して少しの芯だけを残して萎れた熱を引き抜く。
「…ぁ、は…っ」
吐き出された粘液を溜めたゴムが、にちゅと僅かな粘音を立てて抜けていく感覚に、小さな声が零れる。
いつの間にか離れていた指先がぎゅとシーツを握り、足の爪先が耐えるようにシーツを掻いた。
いつもそう。
愛し合っているのかと錯覚するような絶頂を迎えるのに、息が整う間もなく涼ちゃんは離れていく。
「立てる?」
「えー、若井がそれ言う?」
俺もそれには慣れたもので、そう声を掛ければすぐに困ったように笑った顔で返答が来る。
やり取り自体は自然な流れで、涼ちゃんはくすくすと笑っていて一瞬甘い雰囲気にも見えるのに、そうではなくて。
涼ちゃんは、内腿が余韻で痙攣していようが、腰が半分抜けた状態だろうが、その身をベッドに残すことはしない。
まだゆっくり余韻を楽しみたい、とか。
ぬくもりを感じていたい、とか。
もっとぎゅうっと抱き締めていたい、とか。
そういう思いつく限りの駄々はすべて一通りやったと思う。
けれど、行為の最中に声を出さないのと一緒で、頑なで。
慣れたものだ、というけれど、空しさというか…遣る瀬無い感情を感じずにはいられない。
行為が終わってすぐ、抜いてと言ってベッドを抜け出す涼ちゃんの姿は、最中のあれだけの熱をなかったことのように感じさせる。
床に放り投げられていたスマホを拾って画面を一度確認し、ゆるゆるとした動きで衣服を身に着けていく。
その背中を眺めながら
「もう行くの?」
わかっているのに、いつも同じ問いかけをする。
全然慣れてなんかいない。
本当は、好きだって答えてほしい。
何の我慢もなく、求めて求められるように体を重ねたい。
声を聞かせてほしい。
どこがいいとか、駄目とか、もっと知りたい。
情事が済んでも、熱が冷めるまで抱き合っていたいし、熱が冷めた後も接吻けをして、一緒に眠りたい。
それができないなら、いっそ、拒んでくれたらいいのに。
いいよ。おいで。と体を抱かせてくれるから。
どこかで期待して、胸が苦しくなる。
一度手に入れた体を手離すことは、どうしてもできなくて。
「30分切ってるからね」
と衣服を整えた涼ちゃんは、ちらりとこっちを見遣って言う。
何とも言えない、感情の読めない表情で。
時刻は23時42分。
涼ちゃんは、0時を迎える前にここを出ていく。
まるでシンデレラみたいだ。
「終電まではまだまだ時間あるけどね?」
わかっていて、敢えてわかっていないような言葉を投げれば、あはは、と涼ちゃんが笑った。わかってるくせに、と言外に滲ませて。
上着を羽織って、スマホをポケットに仕舞って、鞄を肩に担ぐ。
くるりと俺の方を向いて
「魔法が解けちゃうから、行くね」
ばいばい、おやすみ。
遠目にあるスタンドライトの灯りを背負っているから表情ははっきりと見えない筈なのに、今にも泣きそうでいて、こちらを精一杯慈しむような笑みを浮かべて、涼ちゃんはそういった。
胸が締め付けられて、何かを言わなきゃ、といつも思うのに、毎回凍り付いたように言葉が出ない。
そんな俺の言葉を待つことなく、涼ちゃんは手を振って部屋を後にする。
シンデレラみたい、と言ったこともないのに、涼ちゃんは、魔法が解ける、と言った。
魔法って、なにが?解けるって、どういうこと?
元貴みたいに察しもよく無いから、はっきり言ってもらわないと、俺はわからない。
俺が涼ちゃんを好きだという気持ちが、魔法にかかっていると揶揄するのなら、そうじゃないと証明したい。
なのに、上着もスマホも鞄も、持ち物はすべて一切なにひとつ残していかない。
きっとこのまま、この気持ちが魔法にかかっているのだと思われたままだとしても、数日後に優しいシンデレラはやってきて、酷なルールを強いて、体を好きにさせてくれる。
涼ちゃんは、どうしたいのかな。
俺は、本当は、どうしたいんだろう。
無理矢理声を引き出して、身も世もなく喘がせて、強く抱き潰して、0時を過ぎるまでその体を縛ってでも引き留めたら何か変わるのかもしれない。
だけれど、…それでもし、涼ちゃんを失ってしまったら?
怖気づいて行動に移せない、そんな自分が厭になる。
そう思って、シーツの上で身を丸めた。
まだ涼ちゃんの匂いと熱が残っていて
「残すなら、もっと形のあるもの残してくれたら追いかけられるのに」
と誰に言うでもなく呟いた。
ガラスの靴を落としていかないシンデレラを追いかける術を、俺は知らない。
とりあえず終
コメント
16件
初めまして。フォローさせていただきました。作者様の過去作品もいっきに読ませていただきました。お話楽しみにしています。
💛ちゃんはどう思って、魔法が解けちゃうからと12時前に帰るんだろうとしっとりと浸りながら考えてます🤤✨ 💙の片想い感が強いのですが、それも好きです🤭💕 続きがあると信じ、待ちます🫣❣️
いちりさんの仄暗くて、色っぽいお話、ほんと好きです💕 なんか無理やりじゃ無いけど、色っぽいシーンで気持ちが通じてるのか、通じてないのか掴みどころの無い雰囲気の涼ちゃんいちりさんが書かれたら最高ですよね💛💛🫠