この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません
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吐夢side
彼にコンタクトを取ったのは僕だけど、イライラする。昔からこういうやつだと言うことも知っていたけれど、腸が煮えくり返ってしまいそうだ。北斗は雑談を交えて馴れ馴れしく玖村さんに話しかけ続け、既に敬語も外している。僕の恋人なのに、僕の愛する人なのに
「…本題にはいってください」
《嫉妬…かな。ただ僕は毅の人となりを見ているだけだよ。彼自身の事を知ると言うのはこういう事例には必要なことなんだ》
『そう…なんですね、』
「…玖村さんのこと、名前で呼ばないでくれますか」
この態度が気に入らない。まるで自分の方が優位に立っているとでも言いたいような、余裕の口調と笑み。昔からコイツのこの風格というか、俺を嘲るような態度が苦手だった。彼が自分とは違う、特別な能力を持っていたからだろうか
《まあ話していて君のことはわかってきたよ。そろそろあの話に触れても大丈夫そうだ》
「…この後、僕たちは用事があるので手短に」
『じゃああの…最近見る夢、なんですけど、』
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要約すると僕が捕まって彼は別の男と会っていて、その男の顔を見ようとすると目が覚めるそうだ。その夢を見る長さや彩度は区々なようで、これよりももっと恐ろしい事態が起こったことが度々あるのに、なにも思い出せない。思い出せないのが怖い。毎晩魘されるほどに自身が恐れている何かを見ている筈なのに、目が覚める頃にはほとんど記憶もない。彼はそう語った
《なるほど…最近、誰かから何かをもらったりしなかった?》
『誰かから何か…』
《もしくは、リサイクルショップで古い何かを買ったとか》
「…ペンダント」
『ん?』
《…ペンダント、?》
「今日は家に置いてきたのですが、ペンダントは2週間前に知人から譲り受けました」
《何かそれが写った写真とか…なんでもいい。そのペンダントを確認できる術はありませんか》
『写真なら俺が…』
玖村さんがペンダントをつけてにっこり笑っている写真を北斗に見せる。よっぽど気に入ったのか、買った直後に満面の笑みでそのペンダントを首にかけていた
《これは…とても強い思念だ》
『思念、ですか』
《はい。このペンダントがきっと、元の持ち主の”籠り”になっていて…》
北斗が言っている言葉の意味は7割くらい理解できなかった。けれど、ペンダントに宿った死者の霊が何らかしらの悪さをしていると言うことだけは理解できた。その霊の念はあまりにも強くて、今の状態で放っておくと何か大変なことになるらしい。よりによってなんで玖村さんがそんな目に遭わなきゃいけないんだろう
《…だから、次会う時はペンダントを絶対に持ってきて。よろしくね》
その日はそれで解散した。北斗に会ってこの話をしたことで、今までと同じ何事もない生活が出来ると信じていた。それなのに、その後数日間も依然として彼は悪夢に悩まされているようだった
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『…、違…ぅ、そ…れは、…』
「…玖村さん、?」
『……?!っぇ、何どういう…』
パッと突然顔を上げた彼は酷く怯えていた。またあの悪夢を見ていたのだろうか。魘される頻度も寝言で言っている言葉もどんどん増えてきている。相手が実態のあるものであれば対処法なんていくらでも思い付く筈なのに、”そう言う気のやつ” には俺は疎いから、なす術もない
「…明日、お祓いにでも行きましょう」
『…でも北斗さんがもう少し待てって』
「北斗が、?」
3人で会ったのはあれっきり。なのになぜ北斗総一郎の話が出てくる?あの時は待てだなんて言っていなかった、つまりあの後個人的に彼らは連絡を取っていたと言うことだろうか
「…連絡先、交換したんですか」
『え?あぁ、その方が都合いいかなって。一昨日ペンダント渡すために会っt』
「貴方は。貴方は、僕のものですよね。他の男と…ましてや北斗と二人きりで会うだなんて、許されると思ってるんですか」
『いや別にやましいことなんかないし』
「俺に黙って会っている時点でクロです」
『はぁ?何その無茶苦茶な理論』
「…何回教えたら分かるんですかね。身体にも頭にも叩き込んだはずなのに」
『そもそも俺は物じゃない。吐夢さんの恋人ではあるけど、所有物として扱わないで』
未だ嘗て、彼がこんなにも俺に対して牙をむいたことなんてなかった。これも悪夢のせいなのだろうか。それとも、北斗総一郎が何か吹き込んだのか。どちらにしろ自分には不都合だ。というか、俺は彼を失ったら何を守って生きていけばいいんだ?
「…すみません」
『ずっと、嫌だったんです。吐夢さんのそういうところが。結局自分の事しか考えてない』
「…僕は」
『もういいです。明日は俺一人で行くので』
そう言ってまだ暗いのに彼は部屋を出ていった
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玖村side
結局リビングで朝を迎えて、テキトーな上着を羽織って家を出る。一旦距離をおいてお互いに頭を冷やそう、そうしたら多少は彼も俺の気持ちを考えてくれるはず。とりあえず今は北斗に会いに行くことが最優先だ
《ごめんね待たせて》
『…あ、北斗さん』
《こんにちは、今日吐夢は…》
『もういいですあんな人』
《喧嘩でもした?》
昨日あったことを洗いざらい話した。彼からの愛情に偽りや疑問を感じ始めていることも、全て話した。前に来たカフェに二人きりでそんな話をしていると、なんだか泣けてきてしまって。それが吐夢に対する贖罪の気持ちだったのか、北斗なら悪夢をどうにかしてくれるだろうと言う安心からだったのかはわからない。それでも、目の前の彼は俺の事をバカになんてしなくて、移動しようと言ってくれた
『…すみません、ほんと』
《気にしないで。吐夢がそう言う性格なのは昔からだから、僕もよく知っている》
『…吐夢さんに出会ってから、変な夢を見るようになった気さえしてくるんです』
《…それは、間違っていないかもしれません》
『え、?』
彼が一枚の写真を出した。そこには幸せそうな一組のカップルが写っている。なぜこんな写真を彼に見せられたのか、俺は理解できなかった
『これが何か関係あるんですか?』
《ここ。彼女さんの胸元のそれに見覚えはない?》
あのペンダントだった。くすんだ濃いピンク色というか、薄い赤と言うか。なんとも微妙な色合いの小ぶりな飾りがついたペンダント。珍しいデザインだし、元の持ち主はこの人だったってことか
『俺がもってたペンダント…ですね』
《そう。君はこのペンダントを吐夢からもらった。そして吐夢は知人からそれを譲り受けたと言っていた》
『そう…でしたね。それがどうかしましたか、?』
《嘘なんだよ》
『嘘?』
《譲り受けたんじゃなくて、奪ったんだ》
『え、窃盗ってこと?犯罪じゃん』
まあ吐夢ならちょっとやりかねないかもしれない。帰ってからキツく叱って、その後あれを返しに行こう。このカップルがどこの誰だか知らないけど。そう考えながら返答していると北斗は横に首を振った。何か否定すべきところがあったのだろうか
《窃盗なら、まだ良かった。返して更正すればいいだけなんだからね》
『…どういうことですか』
《彼らは先月亡くなったんだ》
『は?』
《他殺だった。犯行日時は…》
確かにその日、彼は家にいなかった。でもそれは仕事に行っていただけで、彼とその殺人事件は全く関係ないはず。大体、彼がその見ず知らずの人たちを殺さなければならない理由なんてものもないんだし
《君の夢の中に、僕と吐夢と、もう一人知らない女性が出てきたりしなかったかい?》
言われて初めて、夢の内容が少しだけ思い出せた。誰かが誰かを殺しているところを後ろから見ていること。馬乗りになっていた男の後ろ姿が自分の恋人の後ろ姿に酷似していること。目の前の男が、夢の中で自分を守ってくれている人にとても似ていること。でも今はそんなこと言わなくたっていい。女性の話を聞かれているんだからそれだけに言及すればいい
『出…て、きました。髪が長くて、なんかだる着みたいな服の背の高い女性です』
《それが彼女の最期の姿だよ。実体が夢に出てきているのか…厄介だね》
ぶつぶつと何か呟いている彼はふと思いついたように顔を上げて、今夜は共に過ごすように俺に言った。吐夢が怒るだろうからと一度断ったが、尚も食い下がってきたためその提案を飲むしかなかった
《吐夢の元にいるのは危険だ。僕が守るから、今日だけでも信じてほしい》
『…わ、かりました、』
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その夜、俺はまた夢を見た。誰かの家だ。知らない人の家に、一人でいて何の音も気配もしない。と、思っていた。けれどどこからか小さく何かが濡れたような音が聞こえてきていることに気がついた
『…あっち、?』
廊下を歩いていくと、だんだんその音は近づいてくる。ぐちゃぐちゃと何かをかき混ぜるような音やなんか…肉塊を切っている時のような音とか、そう言う聞いていて気持ちのいいものではない音がたくさん聞こえる。それに混じって小さな呻き声も聞こえてきているような気がする
『…な、に、あれ…』
少しだけ開いたドアの隙間から中を覗くと、誰かが繰り返し右手を振り上げては下ろしていた。その手には何か握られている。間接照明が当たると鈍く光る何かが刃物だと言うことに気付くと、意に反して俺の口からは声が漏れ出てしまった
『っひ、?!』
「…?!誰」
地の底から響くような、暗くて湿った重みのある声。こんな声色は聞いたことがなかったけれど、その声の主は紛れもなく俺の恋人である吐夢だった
「……あーあ、見られちゃいましたか」
『ゃ、やめろ、こっちくんな、!』
がちゃ、と扉が開いて腰が抜けたまま後ずさりした俺と彼の目がバチッと合った。こんな状況なのに、彼は顔色一つ変えず淡々と話を続ける。気味が悪かった、こんな彼は知らないから
「酷いなぁ、僕は彼らを苦しみのない世界へ送ってあげただけなのに。最愛の恋人に向けてそんなこと言うんですか?」
『…こ、殺したんですか』
「…人聞きが悪いですね、まあそんなことどうでもいいんですけど」
俺はこの後どうなるんだろうか。この男に、彼らと同じように殺されるのだろうか。あ、でもどうせ夢の中だし。死んでも現実に問題はない、はず。ふと今日の夢には出てこなかったあの男のことを思い出す。彼は一体、何から俺を守ってくれていたのだろうか。そもそも、本当に俺の事を守っていてくれたのだろうか。吐夢と俺を引き離すのが目的だったんじゃ
「…また、ダメだったなあ」
『待て、おま…』
俺の首に刃物が突き立てられた瞬間、彼の背後からぐちゃりと音がなった。薄れゆく意識とぼやけていく視界の中で俺が最期に見たのは、赤黒い肉片のような何かに取り込まれていく吐夢の姿だった
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優しく頭を撫でられている感覚で目が覚める。眩しいくらいの光の中に居たのは、恋人の北斗総一郎だった
『…んん、?…北斗さん、』
《おはよう、よく眠れた?》
『…んー…なんか、悪い夢を見ていたような。すごく怖い夢だった』
《…そっか。来る?》
『ん。』
夢の内容は全く思い出せないけれど、何となく胸がざわつく。その嫌な感覚に飲み込まれたくなくて、腕を広げてくれた彼の胸元に飛び込むとふんわり彼の香りがした。あったかくて、安心する
《落ち着いてきた?》
『うん、ありがとう』
《どういたしまして。そういえば昨日、君の恋人だって人が訪ねてきたんだ》
『えぇ?俺の恋人は北斗さんでしょ。家間違えたんじゃない?』
《そう、だから追い返したんだけど一応銀髪の男には気をつけてね》
銀髪の男、?どこかで見たことがあるような気がする。と言うか、今日起きてから何か大事なことを忘れているような気もする。…でも思い出せないんだから大した事でもなかったんだろう。もう忘れよう
『銀髪…ほんとに誰だろ、』
《大丈夫。これからは、俺が君の事を守るから》
『ふふ、頼りにしてる。大好きだよ北斗さん』
頬に口づけると同じように頬に返されて、ついでに首元にも一度キスされた
《僕も大好きだよ、この先もずっと》
彼は口の端だけを吊り上げて笑った
コメント
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総一郎ってだてさん‼️ あべだてと、あべさく‼️
わあぁぁぁすごい!!怖い!!いい意味で!!😳😳
口角が旅に出かけたまま帰って来なくなりました(((