「あれー…?」
「どうしたの?」
朝、私が洗面台の棚を漁っていると、姉が助けに来てくれた。
「歯磨き粉いつものとこにないんだけど…」
「ほんとだ、またお父さんが使い切ったのに新しいの出し忘れたんだよ、きっと」
お姉ちゃんがお父さんを呼び、状況を話すと、お父さんは謝りだした。
「もう、いいよいいよ(笑)お姉ちゃん、新しいの出してくれる?」
出してもらった歯磨き粉で歯を磨き、自分の部屋でメイクをする。
「えーっと…あ、あったあった」
手で触って分かりやすいように、化粧品の蓋にそれぞれ違う形の立体的なシールを貼っている。
化粧水は○、日焼け止めは□、化粧下地は△、リキッドファンデーションは♡で…という感じで、そのシールを触って、持ったものが使いたいものかを確認する。
ただでさえメイクは難しいのに、見えない分余計に難易度は高い。
「あっ!…うわ、絶対ミスった…もう…!!」
若干イライラしながらもなんとかメイクを終え、玄関に向かう。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、気をつけて!」
「あ、愛芽奈さーん!」
「げっ…」
やっぱり来た。また!!って言ってたしね…
なんで来るんだよ…もう会うための口実ないだろうに…
「おはようございます!元気そうでなによりです!」
「もう…今度は何ですか?白杖は返してもらいましたし、お互い謝ったんだから来る理由ないですよね?」
「え?別に理由とかないですよ」
は?どういうこと?理由もなくわざわざ来たわけ?
「あなた仮にも会社の社長でしょ?こんなとこにいていいんですか?」
「あ、でも…別に俺会社行く必要ないんで大丈夫です!」
会社に行く必要がない、とは?テレワークってことか?社長が?テレワーク?そんな会社があるものか。
「だとしても、わざわざなんでいるのかほんとに理解できないというか…なんか仕事関係で用事あるんでしょ?」
「ないです!」
「はあ?」
契約する社長相手に、思わず辛辣な態度をとってしまう。が、それくらいには意味が分からない。理解ができない。
「あんまりしつこいと通報しようかな」
「え!?なんでですか!?俺はただ待ち伏せてるだけなのに!!」
「それが不審だって言ってるんじゃないですか」
「それは…すみません」
私もあんまり男の人と話していたくないので、さっさと会社に入ろうとする。
「もう出勤時間ギリギリなので」
「ああ…お気をつけて!また今度!」
また今度…やはり私は懐かれている…?
なぜ…むしろ嫌われることした気がするんだが…
人に蹴られるの初めてとか言ってたっけ…もしかしてそういうのに目覚めちゃったの?ドMなの?
もしくは、攻撃されて惚れちゃう道○寺タイプなの?
いや、怖。怖いな。
もはや色々な意味で恐怖を感じながら、出社した。
「やっぱり?待ち伏せてるのあのイケメン社長だったよね…」
雛に待ち伏せ男のことを相談すると、一緒に怖がって…は、くれなかった。
「めっちゃいいじゃん!!毎日あのイケメンが会社の前にいるってことでしょ!?なんという目の保養…あのご尊顔が毎日見られるなんて…ありがとう、愛芽奈」
なぜか逆に感謝してくる。
「いやいや、よくないよ!!こっちは怖くて怖くて仕方ないんだから…」
「もうそんな怖がらなくて大丈夫じゃない?だって顔接近しても何もしてこなかったんでしょ?そういうつもりじゃないんだよ」
「そうなのかな…」
その日一日は、とにかくそのことに悩まされながら仕事をこなした。
「んー!疲れたー!じゃーね、愛芽奈」
「うん、また明日ね」
雛とは帰る方向が逆なので、会社の前で別れて歩く。
さすがに退社時間は違うのか、あの男はいなかった。よかった。
「じゃあ、俺もう帰るわ!」
「え、今日ダンス練ありましたっけ?」
「ない!ただちょっと用事がねー」
社員さんたちに濁して理由を言い、予定より早めに帰ろうとすると、とあるメンバーが来た。
「ないこ、もう帰るん?一緒に帰ろ」
「…あーーー…」
愛芽奈さんに会うためには、1人で帰らなければいけない。なんとかこいつにも上手いこと口実を…
「ごめん、まろ…俺実は今から病院に行くんだ…」
「え、そうなん?なんか悪いとこあんの?」
昔から平然と嘘をつくのが得意で、顔色ひとつ変えずに真実とは全然真逆のことを言える。
「いや、そこまで酷いわけじゃないんだけど…一応ね」
「そっか…じゃあもう行きな」
なんとか1人で会社から抜けることに成功し、足早に彼女の元へ向かう。
いない。
会社の前に、彼女はいなかった。出てきた人に聞くともう定時は終わっているらしく、今日は残業無しの彼女はとっくに帰ってしまったらしい。
くっそ…緩そうな支社だと思っていたが、そこまで緩いとは思ってもみなかった。
仕方なく1人で家路を歩いていると、駅前の歩道橋で白杖の音がしてくる。
前を歩く人を注意深く見ていると…白杖を持ったボブの女の子が。愛芽奈さんが。
「いた…!」
この駅前の歩道橋は、いつも色んな匂いが漂ってきて、お腹が空く。
スイーツの匂いや、レストランの匂い。
目が見えない分、人一倍嗅覚や聴覚、触覚に敏感なのだ。
「おーい!愛芽奈さーん!」
何か聞こえてくる気がするが、気のせいだろうか。あの男が、私の名前を呼ぶ声が。
うん、幻聴だ、きっと。慣れない状況下に置かれてストレスが溜まってるんだ。次の土日はおうちでゆっくりしたほうがいいな。
「愛芽奈さーん?」
聞こえない、聞こえない。聞こえるって認めたくない。
「愛芽奈さん、聞こえてないんですか?」
肩を掴まれ、体が跳ね上がる。
「うわっ!?」
「うおっ!?」
なぜか向こうもビクッとし、大声をあげる。
「も、もう…やめてくださいよ…」
「…そんなに俺が怖いですか?」
「…まあ…なんで私にそんなついてくるんですか?何が目的?」
そう聞くと、うーんと考え出す男。
「なんでだろう、なんでだと思います?」
「いや、こっちが聞いてるんですけど」
「そういえば俺、あなたに名前聞くだけ聞いて、自分の名前言ってなかったですよね。乾無人って言うんですけど…」
「そ、そうですか…」
急に名乗られ、少し引き体制でまた歩き出す。
しかし、この男はついてくる。
「もうなんなんですか!次ついてきたら通報しますよ!?」
「ええ!?それは困ります!」
「じゃあ理由を吐け!!」
もう相手は社長だとか考えている余裕が無いくらいイラついていて、命令形でそう言い捨てて、もう一度歩き出す。
もうついてこなくなったと思ったら、彼から衝撃発言が飛び出した。
「これが…
恋だからです!」
「…え…?」
「たぶん…そうだと、思います…」
「恋だからです!」
恋…恋ねぇ…恋か…恋…恋…?恋!?
あの人が?私に?
なんで?恋する要素どこにあったんだ?
「んー…もう…なんでなんで…?」
私が頭を抱え、悶々としていると、雛が顔を覗き込んできた。
「何がなんで?なのよ」
「あー雛…?あのさ…恋って何?」
「え…何、もしかして愛芽奈!?」
どうやら私が恋をしたとでも思ったらしく、たぶんニヤニヤした顔で聞いてくる。
そんな雛に事情を説明すると、さらにニヤニヤした声で話を掘り下げてくる。
「そっかー、あんなイケメンに好かれちゃったかー…!でも愛芽奈かわいいし当然の結果か!」
「いやいやどこがよ…てかあの人普通に身長高そうだし顔の位置遠すぎて顔見えないんだよ」
「たしかに高い方だったかも…?愛芽奈何センチだっけ?」
「146…」
コンプレックスのひとつである身長を口に出すのは抵抗があったが、渋々言う。
「あの人見た感じ、170後半は絶対あったよね?てことは…30センチ差は確定!?キャー!♡いいじゃん、身長差カップル!!」
「ちょっと…勝手にカップルにしないでよ…私別にあの人のこと好きじゃない…どちらかというと嫌い、苦手なんだけど」
「えー…そんなこと言ったんなよー…てかさ、さっきからあの人あの人って…名前聞いてないの?」
名前…言っていたような気がするが、あの時は逃げたい一心だったからよく覚えていない。
「言ってた気がするけど、忘れちゃった」
「あーあ、これじゃ完全に脈ナシだね。まあせいぜい頑張れ、イケメンくん」
雛は心の中で彼を思いながら、残念そうな声で彼に言い聞かせた。
「愛芽奈さん!」
また来た。なんなんだ。
「…なんですか」
「やっぱりここ通り道なんですね、明日からここで待ってます」
「はあ?嫌です、まっすぐおうち帰ってください」
「嫌です」
「………」
話にならねーと思いながら、点字ブロックの上を行く。
「愛芽奈さん、昨日『からかわないでよ。本気じゃないでしょ?』って言ってましたよね?」
「たぶん…そうだと、思います…」
「……は?…からかわないでよ、どうせ本気じゃないでしょ?」
「だから俺、本気度伝えるために手紙書いてきました!」
「は、はぁ!?マジで言ってんの?」
「え?マジですよ?なんかネットで調べたら本気度を伝えたいなら、手紙を渡すべしだって…」
そう言って、手紙らしきものを差し出される気配がする。今どき、見えない私が手紙を渡されるとは思ってもみなかった。
「帰ったら読んでほしいです」
「…なんで…私に、私なんかに…恋…?したの?」
「なんでって…強いじゃないですか。俺、あんなふうに誰かに攻撃されたの初めてで…特に社長になってからは、みんな俺より下です、みたいな感じで。でも、あなたはそれでも物怖じせずに一撃入れてきたじゃないですか」
物怖じはずっとしてるだろ。なんなら逃げたし。
「いや、あれは…白杖がとられるのが怖くて咄嗟に…」
「あ、その白杖とか、点字ブロックとか、色々調べてきました。点字ブロックの水玉模様のやつは”止まれ”で、線のやつは”進む方向を示す”んですよね?」
「おお…そう、よく調べてくれたんですね」
以外と真面目に、ちゃんとした情報を調べられているあたり、頭が悪いわけではないのかと少し感心する。
「で、白杖は、弱視の人にとって命と同じくらい大事なもの!」
しかし、その感心は一瞬で崩れた。
「いや…そりゃ命の方が大事に決まってるじゃん」
「あれ?でも、ネットではたしかにそうやって…」
やっぱりバカなのか?でも社長やってるくらいだし…
「あの、言葉を選ばずに言っていいですか」
「はい、何でも言ってください!」
「バカなんですか?」
「ええ…いや…成績はそれなりによかったですけど…こう見えて、高校では生徒会長やってたんですよ!」
ドヤ顔で言ってくるが、私はそんな話がしたいのではない。成績は関係ないと思うが…
「ところでおいくつですか?俺は24です」
「あの、会話のキャッチボールできます?」
「え?」
「…25ですけど」
「うわー!くっそ…同い年かと思ったのに…」
「同い年がよかったんですか?」
謎のこだわりに首を傾げながらもまたまた歩き出した。
「なんでそんなに逃げようとするんですか!?」
「だって早くおうち帰りたいし」
「おうち、って言うのめちゃくちゃかわいい…」
唐突にかわいいと言われ、思わず立ち止まってしまう。
「…や、やっぱりからかってるんでしょ?」
こんなチビで見窄らしい私がかわいいと言われることが信じられなくて、少し睨んで聞く。
「え?そんなわけないじゃないですか。俺、興味ない人間に自分から近づいたりしませんし。自分に必要ない人間は切っちゃうだけです」
切るって…捨てるってこと?社長らしい考えだな。私には全く理解できないけれど。
「…案外冷酷な人なんですね」
「そうですかね?今までそれが普通だと思ってきたんですけど…そんなことより、俺のことなんて呼んでくれますか?ていうか呼び捨て、タメ口でいいですよ。いやむしろ、そうしてください!俺の方が年下だし弱いんで!」
「ちょ、ちょっと待って…一気に喋らないで!」
「ああ…さーせん…」
何?元生徒会長だとか言ってたけど、元ヤンとしか思えないくらい年上である私にヘコヘコしてるんだが。「さーせん」とかヤンキーしか言わないだろ。
「じゃあ…苗字呼び捨てで…タメ口で…」
「ん?もしかして、名前忘れちゃいました?」
あ、バレてる…
「…うん、ごめんなさい…」
「乾です!乾無人です!」
せっかく教えてもらった名前を忘れたのに、一切怒らずにまた教えてくれる。優しい人なのか…?もうよく分からない。
「じゃあ…乾」
「はい!なんでしょう!」
「…ふふっ…」
「あ、笑った!」
確認のために名前を呼んだだけなのに、元気よく返事をする彼に思わず顔が綻びてしまう。
「笑ってない笑ってない」
「え、笑いましたよ絶対!笑った!」
「笑ってない!…もう帰る」
「はい、お気をつけて!また明日!」
後ろからそんな言葉を何度も言ってくるので振り返るか迷ったが、前に前に歩いた。だが、考え事をしながら歩くとすぐコケる私なので、案の定つまづく。
「ひゃっ…」
「あ…!愛芽奈さん!」
倒れかける体が、また何かに支えられる。乾が腕で支えてくれた。
「あ…ああ、ありがと…」
突然のことなのに、咄嗟に反応出来る乾の反射神経にびっくりしながらも、こんな些細なことで無意識のうちに、以前よりも心を許してしまう自分がいる。さっきだって、思わぬ笑顔を見せてしまった。
「愛芽奈さんって危なっかしいですよね…俺がセコムにでもなりましょうか?」
「…は?セコム?」
ほんとにバカなのか?やっぱりおふざけなのか?やっぱり、全信頼を置くのはまだ早すぎるようだ。もっと慎重にいかないと。
家に帰って、最近の出来事をお姉ちゃんに話してみた。
「それでね、その乾って人が…」
「ふーん…でもさ、悪い人じゃなさそうじゃん。それに社長なんでしょ?玉の輿に乗れちゃうかもね」
「いやいや、ないから。超脈ナシだから。それに、社長って言っても、いっつも私服なんだよね…ちゃんと仕事してるのかなー…」
「え、そうなの…?テレワークとかかな」
「私もそれは思った。でも社長でテレワークってやばくない?それに、髪色ピンクだよ、ピンク!」
「ピ、ピンク…!?なんで…?アイドル事務所じゃなくてホスト事務所なんじゃないの…」
「…怖…もうホストってそっちのイメージしかないんだけど…」
「やっぱりやめといた方がいいんじゃない、愛芽奈…?なんかあってからじゃ遅いんだよ…?」
「うん…でも、悪い人ではない…かも」
「たっだいまー!」
「「またタイミング悪い!(笑)」」
お父さんのあまりのタイミングの悪さに、またまたお姉ちゃんと顔を見合わせ笑ってしまった。
「愛芽奈さん!今日もお仕事お疲れ様です!俺の手紙読んでもらえました?」
その次の日も、当たり前のように彼は待っていた。
「…乾、ごめんけど…やっぱりもう私に付きまとわないでくれる?」
「え?なんでですか?」
「…おかしいよこんなの。私、別にそんな慕われるようなことしてないし」
ただ、道を聞かれても答えられず迷惑をかけて、契約を結ぶ会議の日にみぞおちを蹴りつけただけ。なのに、なぜこんなにも慕われているのか理解できない。
「こんなの、おかしい。フツウじゃない。
だから、もうついてこないで。ごめんね」
そうはっきり言って、乾に背を向け歩き出す。
こんなのおかしい。どう考えても、からかわれてるとしか思えない。からかって、かわいい反応が出来るほどいい女じゃないんだよ、私。あなたの顔も見えない、分からない。どんな表情してるか分からないんだよ。どこにいるのかも、どっちを向いているのかも、どんな動きをしているのかも、全部。分からない。乾、なんで私なんかを。
「フツウってなんなんですか!?」
「…え…?」
「俺、分かんないです!その定義が!そんなの人によって違うじゃないですか。愛芽奈さんの思うフツウってなんなんですか…!?」
私の思う、フツウ…?
たしかに、なんなんだろう。フツウ、普通、ふつう、Hutuu…
フツウって…なに…?でも、みんな曰く、私はフツウじゃないんだよね…?だったら。
「私みたいに、目が見えないとか、ちゃんとした人間じゃない人のことじゃないの!?」
きっとそうだ。私はちゃんと機能していない人間だから、普通じゃないのだ。
「…そうですか。そうなんだ」
…あれ…?「そんなことない!」って言うと思った。こいつの事だから。
そんな簡単に引くの…?それじゃあまるで…
こいつも、”私が普通じゃない人間だ”って認めてるみたいじゃない。こいつも…乾も、私が普通じゃないって思ってたってこと?
そりゃそうか。だってこいつはフツウだもん。
「なにそれ…結局おまえもそうなんだ」
「………」
何も言わない。やはり、こいつも周りと同じだった。こんな私にも優しくしてくれる側の人間だと、少しでも期待し、心を許そうとした私がバカだった。
「ただいまー」
「ん、おかえりー」
いつものように優しい声で迎え入れてくれるお姉ちゃん。
「…お姉ちゃん、私ってさ…」
「…うん?」
「普通じゃないの?」
また、困らせるような質問をしてしまった。
「…誰かに何か言われたの?」
「………」
「…そういえばさ、あなたの机の上に手紙?置かれてあったけど…誰からもらったの?」
私が質問に答えなくなると、気を使って話題を変えてくれるお姉ちゃんは、本当に優しい。
「…前から言ってた社長の人」
「そっか…ごめん、愛芽奈。名前書いてなかったから中身見ちゃった。知らない人からの不審なものだったら危ないと思ったから…」
「別にいいよ。もう読むことないだろうし」
「…中身、なんて書いてあったと思う?」
あの人が書きそうなことは2択だけ。
本当に私を想ってくれて、ラブレター的なことが書いてあるか、
ただからかってきただけで、「ドッキリでしたー」って書かれてあるか。
「…さあ?」
後者だった場合、今の私のメンタルにはキツすぎる。
「便箋3枚にね、小さい文字でギッッシリ。拡大読書器を使ってもたぶん読めないくらいには小さい字で、ビッシリ書かれてたよ」
「…は?」
なにそれ。やっぱりただの嫌がらせなのか。普通じゃない私をからかって嫌がらせするなんて、よっぽど暇な社長なんだな。
ああ、考えれば考えるほど腹が立ってくる。
「腹が立つでしょ?愛芽奈が読めない文字で書くなんてね…でもね、手紙の最後の文を見たら、考えが変わると思うの」
「え…?」
どういうこと?そう思った時には、お姉ちゃんが私の隣に、手紙らしきものを手に持って来た。
「最後の方の文、読んでみるね」
「うん…」
「『愛芽奈さんは自分を”普通ではない”と自己評価してるんじゃないですか?言葉の隅々からそんな感情が読み取れる気がして。でも俺からすれば、普通とか普通じゃないとかどうでもいいんです。俺が愛芽奈さんに恋したのに、弱視とか、嫌われる行動とか迷惑な行動とか関係ないです。目にゴミが入った時、取れたと言ったら、『よかった』と俺に向けてくれた笑顔、それなんです。誰よりもかわいらしくて優しいその笑顔を、守りたいなと思っただけです。
あなたが気にしている”普通じゃない”理由の全てが俺には普通に見えるので、普通に、普通の文字の大きさで、普通の文章量で書きました。見えないあなたに普通の手紙を書くのは、きっと普通じゃないって、嫌がらせなんだって思われると思います。でも俺は、それすらも普通のことだと思います。だから、俺の方がよっぽど普通じゃないんです。俺の中の愛芽奈さんは、普通の世界で生きる、普通の女の子だよ。』
だってさ。ここ以外の文は、ひたすら愛芽奈のかわいいところを書いてたよ…(笑)」
「…な…なにそれ(笑)バッカじゃないの…」
気がつけば、目からポロポロと液体が落ちていることに気づいた。
普通普通って…あんたが1番気にしてるじゃん。こんな私に嫌われないように必死になって書いちゃって、ほんとにバカみたい。
「きっと、武器用な人なんだね」
「うん…不器用だよ、不器用すぎるぐらい。文章ぐちゃぐちゃだし、衝動書きしたんだろうなって丸わかり(笑)…明日、謝って来る」
「うん、それがいいよ」
やっぱり、長すぎたかな。小さすぎたかな。あんなの読む気失せるか。そりゃそうだよな。
それに、今日の会話できっと嫌われた。なんであんなこと言っちゃったんだろう。
「…そうですか。そうなんだ」
俺には、彼女の気持ちは分からない。だから、なんて言ったらいいか分からなかった。
目が見えない気持ちも分からないし、彼女自身が、自分を普通じゃないと言った意味も分からなかった。だって、俺の中の彼女はずっとずっと普通なんだよ。
目が見えないから普通じゃないのか?それは違うだろ。その人自身が自分は普通だと思ったら、その人はもう普通なんだ。自分が普通じゃないと決めつけているのは、周りではなく、愛芽奈さん本人なんじゃないのか。
そう言えばよかっただけの話なのに、咄嗟にその言葉は出なくて、不器用な俺にはそれが出来なくて。
変な挙動ばかりしてしまうし、嘘をついてばかりの俺の方が、よっぽど変だし普通じゃない。
明日、どうしよう。もうついてくるなと言われてしまったし、待ち伏せするのはやめよう…
いない。
どこにもいない。仕事終わり、いつも彼が待っている場所で、彼の名前を呼んでみても返事はなかった。当たり前だ、昨日私が「もうついてくるな」と言ったからだ。彼は素直に聞いてくれただけ。
なのに私は、手紙のたったあれだけの文で彼への印象が揺れ動いている。なんて単純なんだ。バカなのは私の方だった。
「すみません、人を探してるんですけど…」
「………」
いつものように、無視される。たぶん、面倒くさそうな顔をされた。
「すみません…人を探してまして…」
「どんな人です?」
立ち止まって聞いてくれる人はいたが、乾を見た者はいなかった。
「ごめんなさい、わからないです…」
「…ですよね、ありがとうございました」
やっぱり、もう来ないことにしたんだろうな。
歩き疲れ、乾がいつも座って待っている椅子に座って一息つく。すると、隣に誰かが座った気配を感じた。
「あの、すみません。人を探してて…170後半くらいの身長で、ピンク髪のホストっぽい感じの男見かけませんでした?」
「………」
あれ?誰も座ってない…?夕日が強すぎてよく見えない。
「友達曰く、見た目は女殴ってる男代表みたいな顔でちょっとチャラい?らしいんですけど…ほんとは、こんな私のことも普通に扱ってくれる、めちゃくちゃ良い奴なんです。私、その人のこと誤解して酷いこと言っちゃったんですけど、彼は私に普通の手紙を渡してくれて、普通の女の子だって…ほんとに優しくて」
誤解を解きたくて、彼に伝えたいことが溢れ出てくる。信じてみる、乾を。もう警戒しなくても大丈夫だ。あんなふうに優しいあいつなら。
「…ふっ…うぐっ…」
…ん?なんか呻いてる?
「な…大丈夫ですか…?どうしました…!?」
「うっ…うう…」
「な、泣いてる!?」
まさかの事態に動揺しながらも、隣に座る人に顔を近づける。
「だいじょう…ん…?」
「うぅ…愛芽奈さん、俺のことそんなふうに…」
聞き覚えのある声が聞こえ、ようやくそれが誰かに気づく。
「…もしかして…乾!?」
「そうです、愛芽奈さーん…」
「ちょっと、そうならそうと早く言え!!」
「すみません…」
心の内に思ったことを全て本人に聞かれてしまい、じわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。目が見えないが故の辱めだ。
「い、今のは…無しで」
「いーや、しっかり録音させてもらいましたよ!」
「なんでだよ、キモすぎるだろ」
本気で今のを取り消したくなる発言を聞き少し気分が落ちたが、聞かれてしまったものは仕方ない。素直に認めることにした。
「嘘、全部ほんとに思ってる。ちょっと見直したよ、乾」
「ふふっ、よっしゃ!…手紙、読んでくれたんですね」
「ううん、全然読めなかった」
「やっぱり…」
激しく一喜一憂しているのが声で伝わり、また顔が綻んでしまう。だけど、もういい。こいつの前でなら、笑っても。
「だからお姉ちゃんに読んでもらった。最後の方の文で涙出てきちゃって…(笑)」
「お姉さんに!?なんで他の人に見せちゃうんですか…」
「ごめんって(笑)…でもさ、いつもの時間にいなかったから来る気なかったんじゃないの?なんで…」
きっと視線は合っていないし、乾が今している表情も分からないが、出来るだけ乾の声がする方を向いて聞いてみる。
「…謝りに来たんです。また会いに来て余計に嫌われたとしても、悪いことしたし謝りたくて」
「え…」
なんで…あんたが謝る必要ないのに…私が一方的に怒ったのに、嫌な思いしなかったの…?
「あとはこれを渡しに」
何かを手に持たされた。
「…?何?」
「家に帰ってから見てください、今度は1人で…!でも、これは決して特別扱いしてるわけじゃないので…!この一言を、どうしても自分の目で見て欲しくて!」
そう言う乾の声が遠のいていく。言いながら向こうに走って行っているのか?
特別扱いしてない?この一言を自分の目で見て欲しい?どういうことだろう…
渡されたものはこの前のと同じ便箋だった。
言われた通り、家に帰って自分の部屋で開けてみる。
入っていたのは、たった1枚の紙。
その紙いっぱいに大きく書かれてある2文字に目を見張る。
「……ふふっ…バカじゃないの…?1か100しかないじゃん。字デカすぎるし汚すぎるんだよ…(笑)」
この2文字を、私の、自分の目で見て欲しい、か…
バカで何考えてるか分かんないけど…誰よりも優しい。
不意に、彼と仲良くなりたいと思ってしまった。
続く
もう設定ぐちゃぐちゃでほんとにすみません…特に社長の設定が全然定まらなくて…パロディ的なのって難しいですね…
本人と同じとは思わないでくださいね。二次創作、nmmnです。本人とはキャラブレてるので。
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