第6話:「消えた少女」
画面が真っ暗になる。
数秒の静寂のあと、ひとつの通知音が響いた。
“ピンッ”
その瞬間、画面に映ったのは、ぼんやりと薄暗い部屋。
小さなワンルーム。窓はカーテンで閉ざされ、机の上にはファンデーションの粉と空の水のペットボトルが転がっている。
カメラの前に現れたのは、ひとりの若い女性――渡辺凛だった。
長い黒髪は毛先が乱れ、口元には乾いた笑み。瞳はどこか虚ろで、光がない。
「……ねえ、皆さん、私が“悪い子”だって思ってますか?」
凛は、静かに話し始める。
「父が殺人を犯したって知ったとき、私は驚かなかった。
むしろ、“ああ、やっぱり”って。
だって、あの人、自分のことしか見てなかったから」
彼女は指で自分の首をなぞるようにして、笑う。
「ご飯のときも、学校のときも、体調悪いときも、ずっと“自分が正しい”って顔してた。
“俺がいなきゃお前は生きていけない”って顔して、私の自由を奪ってた。
でもね、私、バカだったから、ほんの少しだけ“期待”してたんだよ。
“きっといつか分かってくれる”って。……でも、それはただの甘えだった」
配信は静寂のまま進む。チャット欄は、最初の数秒以外、誰も書き込まない。
「私が“パパ活”を始めたのは、高校二年生のとき。
きっかけは、SNSで見かけた“キラキラした女の子たち”。
港区でタワマンに住んで、ブランドで身を固めて、食事だけで何万円ももらってる。
“そうすれば自由になれる”って思った」
画面に、彼女の別アカウントの投稿がフラッシュのように映し出される。
高級ディナー、ホテルのラウンジ、プレゼントの箱。
「最初は“食事だけ”だった。
でも、そんな世界が“そんなわけない”って、すぐ気づいた。
誰かの望みを聞かないと、存在価値なんてない。
“誰かの欲望のために笑ってるだけ”が、私の“価値”だった」
彼女の声は乾いている。まるで、感情というものを何年も前に捨て去ったかのように。
「そして、ある日、私は“あの夜”のことを知った。
――父が、私の“相手の一人”を殺したこと」
そこから、彼女の話すトーンが変わった。
「殺された相手は、確かに最低だった。
でもね、私は“助かった”なんて思ってない。
“どうせまた誰かと会う”って分かってたし、
“父に殺されるくらいなら、全部自分で決めたかった”」
凛は、机の端に置かれたタブレットをちらりと見やった。
「そして私、気づいたの。“このチャンネルの管理人”が、私をずっと見ていたって」
カメラの前で、凛はスマホをかざす。
そこに映し出されたのは――中村颯太とのDM履歴だった。
「君の話を聞かせてほしい」
「君は被害者であり、証人でもある」
「お金は払う。真実だけを、伝えてくれ」
「……だから、私は話すことにした。“真実”を」
彼女が、初めて真っ直ぐにカメラを見る。
「私は、父に感謝していない。でも、憎んでもいない。
それよりも――“このチャンネル”が、誰のためにあるのか、ずっと疑問だった。
だって、“正義”って名乗るには、やってることが少し、おかしすぎるから」
そのときだった。
配信画面が不自然にチラつき、画面の端に蓮の顔が現れた。
「渡辺凛さん、ありがとう。
あなたの“正直な声”は、多くの人に届いたと思います。
ですが、ここからは――**“本当の話”**を、私がいたしましょう」
凛の顔が凍りつく。
「……なに、それ」
「このチャンネル、“告白ノ間”は、ただの暴露チャンネルではありません。
これは、“ある実験”の一部です。人間が、どこまで“他人の不幸”に金を出すか。
“真相”とは、売れる商品なんですよ」
蓮がカメラに向かって微笑む。
「そして、この実験のスポンサーたちは、今夜、ある決断をしました。
次に暴露するのは――**“あなたの命が消える瞬間”**です」
配信画面が赤に染まった。
チャット欄に一斉に流れる不穏なコメント。
《は? これ冗談だろ?》
《今の台詞、本当にライブ?》
《誰か止めて……!》
《告白ノ間》がトレンド1位に躍り出る。
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