テラーノベル
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次の日の早朝、スマホのアラームによって目が覚めてからは大変だった。
まず、衣装がめちゃくちゃに汚れてしまって、とてもじゃないけど人様になんとかしてもらえるような状態じゃなかった。これは、また後日洗い方を調べて、自分たちでなんとかしよう。
とりあえずは二人で慌ててシャワーを浴びた後、着替えを済ませて、次は部屋の中。ベッドも床もベタベタで、窓際の床なんか、目も当てられないほど汚れていた。
呆然と立ち尽くして、お互いに顔を見合わせる。
そんな事をしていても仕方がないので、僕が床をタオルで拭いて回り、元貴がシーツやらパットやらをお風呂場でざっと水洗いしてから、洗濯機にぶち込んで乾燥までセットしてくれた。
やっと、昨日の僕たちに押し付けられた後片付けをなんとかやりきって、二人で急いで送迎車へ向かうべく準備をした。
「おはようございます…?」
「おはようございます。」
「おはようございます…。」
迎えの車の中から、スタッフさんが、なぜ二人でここにいるのか?という不思議そうな顔で挨拶をしてくれた。
「昨日、今日の為に打ち合わせで話し込んでたら、泊まりになっちゃって。」
「ああ、そうなんですね、お疲れ様ですー。」
元貴が、堂々と嘘をつく。僕は、へへ、と訳がわからない愛想笑いだけを浮かべて、後部座席へと向かう。はた、と後ろを見ると、腕組みをしてこちらを見ている若井がいた。元貴は全く意に介さず、おっすー、と言って若井の前に座る。僕は目を泳がせまくって、おはよう、と小さく言った。
若井が、小さく手招きをする。僕はキョロキョロと見回すが、自分しかいないのは明白なので、顔を指さして、僕?と確認した。若井が小さく頷く。そして、自分の隣の席をポンポンと手で叩いて、ここに座れ、と言っているようだ。
「…おはよ。」
「おはよ。」
若井が窓際に移動して、僕が隣に座る。その前には元貴が座っていて、こちらを全く気にする様子もない。
「…仕事の日は、こういうのやめよ。」
若井が、前を向いて、僕だけじゃなく、きっと元貴にも向けて言っているだろう言葉を、小声で発した。僕は、顔を下に向けて、うん、ごめん…、と小さく零した。元貴は何も言わず、前を向いたままだ。
「…涼ちゃん大丈夫?めちゃくちゃされなかった?」
若井が小さな声で、僕に顔を向ける。
「う、ううん、全然全然。もう、ほんと、普通に…。」
「答えなくていいから。」
元貴が少し顔をこちらに向けて、小声で制する。僕も、言ってしまってから、一体何について答えようとしていたのかと気付いて、顔が赤くなる。
若井が、前の座席のヘッドレストに顎を乗せて、元貴に顔を近づける。
「…嫉妬の鬼は消えましたか?」
元貴が、ジロ、と若井を睨む。若井も負けじと見つめ返す。
「…悪かったよ。」
「お、消えてる。」
若井が、ようやく笑顔を見せる。僕もホッとして、顔が綻んだ。
「良かったね、涼ちゃん。」
背もたれに身体を預けて、若井が僕に微笑む。僕も笑顔で、うん、と頷いた。
「…昨日、元貴にちゃんと伝えられたんだ。なんの心配もいらないよって。」
「そっか。…二人とも、成長したんだなぁ。」
うんうん、と若井が頷く。元貴は、はぁ、とため息を吐いていたけど、僕は、若井が僕たちを見守ってくれているようで嬉しかった。
そのまま、東京駅で始発の新幹線に乗り、目的の地方まで無事に辿り着いた。まだ朝の9時台だ。移動時間は、僕達は泥のように眠っていた。
のどかな自然風景の中、楽しく撮影は進んで、全て撮り終わった頃には、ほんの少し陽が傾いていた。
日帰りも出来ないこともないが、流石にFIJORDから連続で働きすぎだとスタッフさん達も気を遣ってくれたのか、今日は、みんなでホテル泊を用意してくれていた。
せっかくだし、という事で、以前僕がソロ仕事で行かせてもらったメガネミュージアムに、みんなで立ち寄った。久しぶりに、3人でオフの時間を楽しめたような気がした。
夜、FJORDとMV撮影の打ち上げも兼ねた、スタッフさん達との食事も終え、それぞれの部屋へ戻ろうかという時に、若井から声が掛かった。
「久しぶりに、3人で飲まない?」
僕が元貴を見ると、元貴は、うん、と応えた。僕も嬉しくなって、お酒とおつまみ買って帰ろ!と提案した。
流石に3人でうろちょろは出来ない、という事で、マネージャーさんが僕たちの頼んだ品を買ってきてくれる事になった。
「「「かんぱーい。」」」
ホテルで若井の部屋に集まって、窓際の丸テーブルに椅子を集めて乾杯をする。
「…はー!なーんか、やっとホッとするな。」
若井が、嬉しそうに言った。
「そうだね、ライブからずっと動きっぱなしだったもんね。」
「俺なんか朝ドラ挟みだぜ。頭おかしいだろ。」
おつかれ、朝ドラ楽しみだね、と若井と僕が声をかけて、元貴を労う。
「…若井。」
元貴が椅子に深くもたれ掛かりながら、手を組んで視線は手に落としたまま、話し掛けた。
「なに?」
「…ごめんな。」
「…んー、何について?」
「…まぁ…主に…嫉妬の八つ当たり?」
「ふっ…いやー、当たってたね、俺に。」
若井が笑いながら、元貴を茶化す。
「…ま、元貴の気持ちも、なんとなく分かるし。俺も、色々、ごめん。」
「…もう、お前は、彼女とずっと仲良くやってくれ。全力で応援するから。」
「ハイハイごめんねすっぱ抜かれて。」
「別れんなよ、ややこしいから。」
「あのね、俺今更涼ちゃんに横恋慕なんか絶対しないからね。」
若井があまりにはっきりと僕に言及したので、僕はドキッとした。
「むしろ、俺がどうこうじゃなくて、お前がちゃんと涼ちゃん大事にしてれば絶対大丈夫だから。俺以外のことだって、これから腐るほどあるぞきっと。ねえ、涼ちゃん。」
「腐るほどあるかは分からないけど…。何度も言った通り、僕はもう本当に元貴だけだし、大丈夫だから。…ていうか、僕らすごい関係値で話してるよね、よく考えたら。」
「確かに、頭おかしくなるわ。」
元貴が薄く笑って、僕たちもフフッと笑った。
「…お前らさぁ、もう一緒に住んだら?離れて暮らす意味ないんじゃない?」
若井が、お酒を煽りながらそう話す。僕と元貴は、顔を見合わせる。
「…確かになぁ…変に夜に部屋に通って、週刊誌に撮られたりしたら一大事だしなぁ。」
「それ俺やないかい!」
僕はついプッと吹き出してしまった。この二人の会話、本当に幼馴染らしくて、面白いなぁ。
「でも、一緒に暮らしてる事がバレたら、それこそ一大事だろ。まだちょっと世間にバレるのは得策じゃない気がするけど。」
元貴が、僕の手をギュッと握って、そう話す。大丈夫、わかってるよ、と笑顔で応える。
「…そっか。まあ、二人が納得するやり方でいいとは思うけど。」
「うん、ありがとう。」
若井の気遣いに感謝して、僕たちは他愛もない事に話題を移して、晩酌を進めた。
若井がベッドに横たわってすっかり酔って寝てしまって、僕たちは簡単にテーブルを片付ける。
「若井お風呂入ってないよね?大丈夫かな?」
「…まあ、ご飯の前には軽くシャワー浴びてるだろうし、いんじゃない?」
「そっか、明日の朝もあるしね。」
そっと部屋を後にして、僕は自分の鍵の部屋番号を確認した。
「じゃあ、おやすみ。」
「…まって。」
元貴が、手を握ってきた。僕はつい、周りをキョロ、と見回すが、スタッフさんも誰も廊下にはいなかった。
「…俺の部屋、来ない?」
「…うん…。」
僕は微笑んで、元貴の後をついていく。
元貴の部屋は、若井の二つ隣、僕の部屋を挟む形で取られていた。
部屋に入ると、すぐに抱きついてきた。
「…ごめんね、嫌な気持ちになってない?」
「なにが?」
「若井の事とか、一緒に暮らせないとか、世間に言わないとか…。」
「大丈夫だよ、ちゃんとわかってるから。」
元貴の頭をそっと撫でる。
「…涼ちゃん、寝るまで一緒にいてくんない?」
「うん、いいよ。」
椅子に座って、元貴が寝る格好に着替えるのを待つ。ホテルのタオルを二つほど使って、自分の気に入る形に枕を作っている様子を、可愛いな、と思いながら見つめていた。
「涼ちゃん、寝よ。」
「はーい。」
ベッドに呼ばれて、僕はいそいそと中へ入る。今日は、元貴が僕の腕の中にすっぽりと収まって、僕は子どもの寝かしつけみたいに、肘をついて頭を支えながら、元貴の背中に手を回す。
「おやすみ、涼ちゃん。」
「おやすみ、元貴。」
元貴の、あどけなさの残る寝顔を見つめながら、幸せだな、と想う。僕は、今のままで充分幸せだ。
まだまだ偏見のある同性の僕たちは、世間に公表できる日なんて来ないのかもしれない。ずっと、隠れるように愛し合うのかもしれない。
だけど、ここに、僕の腕の中に、幸せそうな元貴の寝顔がある限り、僕は間違いなく世界で一番幸せなんだと、そう想えるのだった。
フィヨルドが、時間をかけてゆっくりとその形を造られていくように、僕たちの愛の形も、ゆっくりと僕たちらしい形を造っていけるのなら、それ以上の事なんてきっとないんじゃないかと、僕はそう信じて、元貴の頬に、そっとキスをした。
コメント
12件
完結、ありがとうございました🍏 朝から一気に4話も!嬉しすぎました🫶 焦らされ、待ったかいがめちゃくちゃありました〜🤭💕 そして、2人がちゃんと気持ちを言葉で重ね合わせれて、本当に良かったです〜✨🥹 フィヨルドの意味も🏔️💕 いつも素敵なお話、本当にありがとうございます🫶
完結ありがとうございます(´▽`) 今回も最高でした(,,>᎑<,,) 次の作品も楽しみにしています( ´›ω‹`)
S貴もエロ貴もデレ貴も良かったんですが、個人的にイクのを我慢したところがリアル妄想で出てきて雄を感じで良かったです笑 連載お疲れ様でした!素敵なお話ありがとうございました✨(順番逆) 色んなプレイ堪能させていただきました🫢ありがとうございます! 最後の3人の語らいも傍から見たら複雑ですけど、3人だからいいんですよね✨ 次のお話も楽しみに待ってます💕